第115話 デート(鈴音)①

「本当にここで合ってんのか……?」


 携帯に送られてきた位置情報と自分のいる場所を照らし合わせる。

 たしかに、この場所で合っているようだ、が。


「ここ、普通の住宅街だよな……?」


 山手線沿いの駅から大通りを二つほど外れたところ。


 有名駅のそばだから立っている建物も高かったり最新のデザインのものが多い。

 だからこそ、そこにある住宅街も20階は超えるであろうタワーマンションばかりだった。


「本当にここで合ってんのか……?」


 もう一度同じ言葉を口にする。

 こんなところでデートなんて、春下さんの気が知れたものではない。


 ――まあ春下さんはねじが飛んでいるところがあるので、間違ってないのかもしれないと思ってしまう自分もいるけど。


「というか、早く着きすぎたな」


 予定どおり30分早く着いたことには間違いないが、ここでは待っているだけで不審者扱いになってしまう。


 どうしたものか、と思ってできるだけ自然に携帯を見ていたが、そこで杞憂であることに気がつく。


「みゃ、みゃ~」


 必死に猫に懐かれようとするもののそっぽを向かれている人影が見えたからだ。


「あの……春下さん?」


 声をかけると、びくぅっと音が出そうなほどに飛び上がる春下さん。


「えと……あのぅ……。…………おはようございます」

「何事もなかったかのようにした」


 顔を真っ赤にして一度伺うような視線を送ってきたと思ったら、開き直って真顔で向き合ってきた。

 多分春下さんの脳内ではすごく前向きな解釈が行われたんだろうなあと察する。


「行きましょうか」

「ツッコまないでという確たる意思が見える」

「行きましょう」

「……はい」


 相当恥ずかしかったに違いない。

 俺は黙って春下さんの後ろをついていくことにした。


 ――そういえばどこへ?


「あの……」


 だがその疑問を口にする前に、春下さんからおずおずと話しかけられる。


「どうかしたんですか?」

「その、散らかってるんですけど気にしないでください……ね……」

「散らかってる?」


 春下さんの言っていることが分からなくて聞き返す。


 すると春下さんも同じように疑問符を頭の上に乗せてこちらを見ていた。


「いや、だからその……私の部屋、散らかってると思うんですけど、気にしないでくださいという」

「私の、部屋?」


 そこでようやく、点と点が線となった。


「え! もしかして、春下さんち⁉」

「大声出さないでください……。あと、恥ずかしいので言い直さないでください」

「あぁ、ご、ごめんなさい!」


 なぜだか選択肢の中から排除されていたけど、たしかに普通に考えてその可能性が一番高かった。


 予想だにしなかったデート先に、心構えができない。


「ほら、すぐそこのとこです」


 そして行き先は先ほどまで見ていたタワーマンションの一角。


 す、すげえ……。さすがトップアイドルにして芸能界でもトップを走る春下さん。

 住んでるところが違う……。


 いやまあたしかに春下さんレベルの人がここに住まなかったら誰がこういうところに住むんだっていう話なんだけど、それでもやっぱり自分とは縁がない場所だと思ってたからなんというかかんというか緊張がガガガ。


「お、お邪魔します」

「まだエントランスですけど……」


 まだエントランスですけど、などと春下さんはのたまうが、これだけ角ばった雰囲気のマンションに入るのはだれでも緊張するものだ。


 そこかしこにある見慣れない機械や、自分を見ているとしか思えない監視カメラには、やはり自分が異物であることを実感させられる。


「は、春下さんはこのマンションのどこに住んでいるんですか?」

「25階です」

「に、にじゅうごかい……」


 それってスカイツリーとどっちのほうが高いんだ? って一瞬思った俺をぶん殴りたい。

 ちなみに俺の部屋はマンションの8階である。


 エレベーターに入り、カードキーを差すと階を示すボタンを押せるようになるという仕組み。

 え、なにそれかっこいい。


「ここ、ですね……」


 自分の部屋を指さす春下さん。さすがに彼女といえども緊張をしているようで、鍵を回す手はゆっくりだった。


「どうぞ……」

「し、失礼します……」


 玄関に上がって背筋を伸ばす。靴を足でそろえずしっかり手でそろえて、音を立てないようにフローリングを歩く。


 真っ白な壁を歩いて一回角で折れ曲がる。

 そうすると、そこにはリビングがあった。


「1LDKなんですけどね。一人でも大きすぎるくらいです」


 その言葉の通り、リビングには十分な空間が存在した。

 テレビの前にソファがあり、ダイニングまでそのまま行ける形になっていて食事をするテーブルも見える。


 なんていうのか分からない小さく背の低い丸テーブルがいくつも調度されていて、小ぎれいな空間だった。


「めっちゃ、広いですね!」

「こんなに広い場所にする必要なかったんですけど、事務所近くで防音とセキュリティが整っている場所がここしかなかったもので」

「防音!」


 すげえ! ここ防音も十分なのか。俺なんていつもイヤホンとかヘッドホンに繋いで傍から見たら無音の場所で活動しているのだが!


「家で練習することも多いので……」

「すごい! じゃあ何をしても隣に聞こえないんですね!」


 これはすごい、とテンションを上がっていたら、春下さんが顔を赤らめてこちらを見ていた。


「何をしてもって…………いや、聞こえないけど……でも、でもぅ……」

「?」


 なにか一人でぼそぼそ言っていたが、分からなかった。


 それよりも興味をひくものが。


「もしかしてあれってスイッチですか⁉」


 テレビ台においてあるカラフルなリモコン。

 あれは間違いなく、有名なゲーム会社で発売されているゲーム機だった。


「うえー実在したんだこれ。転売で法外な値段で売ってるのしか見たことないなあ」

「そうなんですか? 友達から譲り受けましたけど」

「芸能界に交友関係があるって、やっぱ強いんだな……」


 芸能人だったら簡単に手に入りそうな気がする。

 なんならゲーム会社の社長さんと友達で、とか言われても驚かないが。


「まあ今日のためにある人に相談したら、これやれって押し付けてきたんですが……」

「おーすごい、マリカにスマブラにポケモンまである!」


 春下さんの話を無視してゲームに夢中になってしまう。

 ずっとやりたくてしょうがなかったゲームがたくさん置いてあった。


「凪城さんはゲームお好きなんですか?」

「そりゃもう、めちゃくちゃ好きですよ! プレイステーションなら家にあるんですけどねえ~」

「水野さんの言ってた通りだ……」


 それじゃあ、と春下さんは言った。


「何かやりたいゲームはありますか?」

「え、やってもいいんですか……?」

「いいですよ。私も少し興味ありますし」


 え、やばい。めちゃくちゃ嬉しい。

 友達とゲームとか全然やったことないし。


「どれがいいとかあります?」


 春下さんも一緒になってテレビ棚からゲームの入ったパッケージを取り出す。


 あ、これなら知ってます、とか、これは難しいって聞きました、とか親身になってゲーム選びを手伝ってくれた。

 それだけでも涙が出そうなほどうれしい。


「じゃあ、これにしましょう!」


 そこで俺は春下さんに一つのゲームを示した。


 そのゲームの名前は。


「もも……てつ……?」


 それは今一番はやりのゲームだった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「それは、人のお金を取るカードです。俺に使ったらキレますよ?」

「あ、ごめんなさい」

「この野郎ォォォォオオオ‼」


 ――いやどうしてこうなった。うん、どうしてこうなった。




 最初は仲良くやっていたはずだった。

 俺が事前に桃鉄のプレイ動画を見たことがあったので、春下さんにルールを説明しながら二人でお金を儲けながらやっていたはずだったのだ。


 桃鉄というのは簡単に言ってしまえば人生ゲームみたいなもので、自分たちがそれぞれ社長となって物件を買って収益を上げ、一番お金を稼いだら優勝という簡単なルールのゲームだ。


 それが一転したのは、残り一人のコンピュータがサミットカードというものを使い始めてからだった。


 桃鉄には疫病神というプレイヤーの邪魔をしてくるキャラがいる。

 それが憑いているプレイヤーは金を疫病神に取られたり、勝手に物件を買われたり、ゲームを進行するうえで優位に進めることのできるカードというものを捨てられたりする。

 つまりプレイヤーたちはこの疫病神を自分から離すことが鍵になってくるのだが。


 サミットカードというものを使われた俺たちは全員が同じ場所に集まった。

 そして疫病神というのは移動の最中に他のプレイヤーの上を通ることでなすりつけることができるもので、疫病神は春下さんのところにやって来たのだった。


 そしてそこから壮絶な疫病神のなすりつけあい。


「ちょっと、こっちくんなって」

「凪城さんこそこっちこないでください! 疫病神は凪城さんが好きって言ってますよ!」

「言ってねえよ! どうしたらそんなことが言えるんだそもそも俺今だって最下位なんだからちょっとは肩代わりしてくれてもいいんじゃないんですかね!」

「あ、特急ずるい!」


 一番平和的な解決はCPUになすりつけることだった。そうすれば二人でまた純粋なお金の稼ぎあいができたはずなのだ。


 だがそれに気が付いた時にはもう遅い。お互いなすりつけあって、人の物件を勝手に買って、カードで相手を集中的に狙って突き落とすというただただ凄惨な戦いをしていた。


「あのですね、春下さん。そのカードは対象の相手のお金を1割ずつ吸うことのできるカードです」

「はい」

「ということは、一番お金を持っているCPUに使うべきなんですよ」

「はいはい」

「……わかりましたか?」

「はい」

「俺に使ってるじゃねえかよぉぉぉおおお‼」


 そういうわけで、このぎすぎすした環境が生まれたというわけだ。

 ちなみに途中から春下さんの運がよく抜け出されてしまったので、俺は疫病神とかれこれ2年は生活を共にしていた。


 なので俺もトップ狙いはやめる。


「凪城さん? そこは一度ゴールせずに保留にしておくことで、疫病神を今トップのCPUにつけることができます」

「はい」

「分かりますか? 今ゴールしても私につくだけ、何の意味もない争いじゃないですか」

「はいはい」

「分かりますよね?」

「はい」

「ちょっとなんで今ゴールしたんですか! 馬鹿なんですかそうなんですねこの!」


 壮絶な罵倒のしあいだった。もはや最初の遠慮とかはどこへ行ったのやら。

 もはや見る影もなく、デートというものからどんどん遠ざかっていることだけは事実だろう。


 それでも、ただそれでも。


 ――春下さんだけには負けられねえぇッ‼


《5年が経ちました。最終結果発表です》


「――あ、あれ?」


《1位 しゃちく 社長さん》

《2位 すずね 社長さん》


「あれ?」


《そして最下位は、ざーんねん りん 社長さん でしたー!》


「――あれ?」


 見ると目の前の春下さんがどや顔をしながら小さくガッツポーズをしてこちらを見ていた。


「あれ、うそ、まさか、そんなはずは」

「ふふ、私の勝ちですね!」


 春下さんもCPUに負けて2位のはずなのに、ヒトはこんなに喜べるのだろうかと思うほどご満悦な顔をしていた。


「ああそうか、悪い夢を見ているのか」

「夢に逃げた」

「……ぐすん」

「でもダメだったみたいですね」


 よし、二度と桃鉄はしない。


 ――次やる時までに死ぬほど勉強しておいてやる!

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