第32話 あずさ復帰おめでとう祭⁉(後半)

「あー分かりますよ! 長調を書いてる時より短調の曲を書いてる時の方が気持ちが乗ってくることありますよね」

「なんなんでしょうね、あれ。バラードを書いてる時の方が気持ちが上がってくるなんて、よく分からないですよね。そして、まさか風城先生が共感してくださるとは思っても……」

「そんな、凪城でいいですよ! ここはプライベートな場ですからペンネームで呼ばれると……恥ずかしいです」

「そうなんですね。ふふ、面白いひと」


 あずさをひとしきり祝った後、ご飯も食べ終わったところで俺と野崎先生は作曲の話で盛り上がっていた。


 作曲者同士はあまり交流がないのかもしれない。素人の人には伝わらないような話が積もりに積もっていたようで、それを俺を相手に一気に吐き出してくれている。


「じゃあ、凪城くん。で、いいですかね? 見たところ年下みたいだし」

「そうなんですか? あ、まあそりゃあ僕は二十歳ですからそうでしょうけど、野崎先生もとてもお若いように見えますが」

「私、こう見えて30なんですよ」

「ええっ!」


 とんでもない衝撃を受けた。こんなに若々しくてみずみずしいアラサーがこの世にいたとは!


 おいやめろ、大森教授のことを考えるんじゃない。あの人だって美人だけど、アラサーなりの美人なのだ!


「どおりでそんなに落ち着いていらっしゃるんですね」

「年の功というやつですね。あまり胸を張って言いたくはありませんが」

「いやいや、もうすごく頼りになりますよ」


 俺の周りにいる年上と言えば、美麗や琴葉だけど。

 美麗は中身がとても子供っぽいし、琴葉も変なところで怒ったりしてくるからな。


 こんな余裕のある年上の人に出会ったことはなかった。


 美麗、野崎先生を連れてきてくれて本当にありがとう。感謝します。


「そういえば、美麗とはよく仕事で一緒になるんですか?」

「うーん、そうですね。曲の提供はさせてもらってますし、よく打ち合わせとかはしますね。……まあ最近は凪城先生にすっかりご執心のようで、そろそろお仕事がなくなりそうですが」

「あはは、またまたご冗談を。野崎先生の作る曲なんてほんと素晴らしいものばっかで、僕だって曲作りの参考にさせていただいているくらいですよ!」

「ふふ。ありがとうございます」


 俺が手放しに賞賛をすると、野崎先生は大人っぽく苦笑する。実年齢以上の歳の差を感じた。


 というかこれ……なんかいい感じか? いい感じなのか?


 恋か⁉ 歳の差カップル誕生なのか⁉


 あずさのことも解決して、たしかに俺は浮かれていた。浮かれていたんだが。


 そんなうまい話はありませんでした。


「――あの、なにやってるの?」


 ダイニングの入り口から、冷ややかな声が飛んでくる。それとともに、周囲から半眼で睨まれていることにこの瞬間気が付いた。


 急に入ってきた女性は、そのすらっと伸びた長身から俺を見下ろしてくる。いや、見下している?


「ア、アレ、コトハ? ド、ドウシテココニ?」

「仕事終わったから、遅れてやってきたんだけど」

「あ、え、えと、その」

「あずさちゃんのお祝いをしに来たんだけどな~。その前にちょっとやることが出来たな~」


 妙にニコニコして、バッグを静かに下ろす。あれ、両手を空けて何をするつもりなんでしょうか?


「ちょっと美麗ちゃん、手伝ってくれる?」

「ん」

「ちょっ、何をする⁉」


 美麗が黙って俺の脚を押さえる。いたいいたいいたい。がしっと乗るなぁ!


「はーさん、わたしも手伝いますっ!」

「お-、ありがとね~。あとでちゃんと祝わせてもらうから、少しだけ待っててね」

「了解です! ありがとうございます!」

「おい、あずさお前も裏切るのか⁉」


 腕をロックされる。後ろから腕の根元を封じ込められる形になり、あずさのふくよかな胸が背中にやたら当たるわけだが、いまそれに気を取られていると死にかねない。

 というか、なんかこんな状況前にあったような気が。


 いや、まて。あの時とは違う!


「春下さん、助けてくれ!」

「すみません、いま皿を洗っているので」

「くっそおぉぉぉぅうぅうううう‼」


 皿を洗っていただけるのはありがたいけど! 今は皿よりも大事なものが! 俺のいのちっ!


 いやでもまだ……!


「野崎先生! お願いしますこいつらやばいんです!」


 野崎先生はやさしいから絶対に助けてくれるはずだ! はず……だ!


「うーん。美少女3人にモテモテ、か」


 だが、野崎先生はすぐに動いてくれず、なにやら考えている。えと、ちょっと、そんな場合じゃないんですけど!


「こっちはいまだに彼氏いないんだけどな~」


 あれ、何か誤解されてませんか? いま関係ないと思いますが⁉


「うーん」


 そして、もう一回悩んだ素振そぶりを見せたと思うと、最後にこっちににこっと微笑んで。


「ごめんね♡」


 と、野崎先生に見放されたのと同時に、琴葉から刑が執行された。


「ぎゃああああああああああ‼‼」


 この部屋が防音設備のしっかりした部屋でよかった。


 そうじゃなきゃ、今頃殺人現場と勘違いされて警察が来ていたところだったからな。

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