第33話 後夜祭

 ボコボコにされ(誰が誰に、かは本人たちのプライバシーのために黙っておくが)、琴葉が来て仕切り直しにあずさを祝った後、みんな俺の部屋で各々くつろいでいた。


「ねえ、凛くん」

「ふぁい、ふぁんふぇほふ」

「ふざけなくていいから」

「お前がボコボコにしたせいだからな⁉」


 滅多打ちにされた。もうこれから琴葉さんには逆らえない。


 だが、琴葉はもうそのことを気にしていないかのような態度で、別のことを聞いてきた。


「ねえ、あずさちゃんをどうやって立ち直らせたの?」

「……」


 そしてその内容については、あれから2週間たって俺の中でかなりデリケートな話題になっていたものだった。


 い、言えねえ……。いくらあずさに何かしたかったからと言って、あずさのために曲を書いて電話越しに披露したとか、クサすぎて言えねえ……。


 いや、あのときはたしかに全力だったし夢中だったが、後になってみると滅茶苦茶恥ずかしい。

 なんだよ、一人の女の子のために曲を書いて弾き語りするとか、めちゃくちゃイタイやつじゃないかよぉ……。


「あずさちゃんのことは私も気にしてて。でもあずさちゃんに電話しようと思ってもマネージャーから断られるくらいに消沈してるって聞いてたから、凛くんがどんな魔法を使ったのかと」

「ええと、別に特別なことはしてないぞ? うん、してませんまったく」


 少なくとも魔法のようなことをしていないというのは事実であるはずだ。うん、嘘ついてない。


 だが俺が返事をぼやかしていると、今度は琴葉はあずさの方に目を向けた。


「あずさちゃんは教えてくれる?」

「え、えっと……。と、とても情熱的に励ましてもらいました……!」


 おい、そこでなぜ照れる! おい誤解を呼ぶだろ!


「ふーん」

「あの、琴葉さん?」

「よし、吐け」

「琴葉さぁん⁉」




「……ということをしまして……」


 なんで自分の恥ずかしい行動の数々を自分の口から語らないといけないんだ。何の拷問なんだ。


「そんなことをしてたんですね、凪城さん」

「いつの間に春下さんも聞いてたんですか……」

「興味がありましたので」


 春下さんは感心した様子で頷いているんだが、こちらとしてはすごく恥ずかしい。いっそのこと笑ってもらった方が恥ずかしさが和らぐ。


 いや、琴葉は笑ってるかもしれないぞ。年下のガキがイキったとか思って笑うかもしれない。


 そう思って琴葉を見たんだが。


「………………ずるい」

「は?」


 予想に反して膨れた顔をしている琴葉。あれ、私またなにか粗相そそうをしましたか?


「作って」

「はい?」

「――私の為にも作って! しかもまだ凛くんが作ってないジャンル! それで二人きりのときに歌って!」

「はあぁぁぁぁ⁉」


 いやいや、どうしてそうなる⁉ 


「ずるいから。あずさちゃんだけ、しかも凛くんの初めてをあげるなんて」

「あの、あの? あの⁉」


 いや、言い方!


「へへーん。いいでしょー! あの時の凛せんぱい、本当にかっこよくて、歌もすっごく気持ちが入ってて、すごかったんですよ!」

「おい、やめろ、恥ずかしい」

「ずるい。私の為にも歌え」

「命令⁉」


 琴葉がいつになく子供っぽい。琴葉もそういう曲が欲しいんだろうか。


「よし、凛くん。とりあえず今から、あずさちゃんのために作った曲を歌うんだ」

「今⁉ ここで? この人たちの目の前で⁉」


 琴葉の提案に野崎先生と美麗が賛同を示す。


「おー、凪城くんのラブソング以外の曲、聞きたいな~」

「わたしも、もういっかい聴きたい」

「野崎先生⁉ 美麗⁉」


 こんなプロフェッショナルが勢ぞろいした場所で、素人の俺が歌うとか絶対にダメだろ! ボコボコに叩かれて、リンチにされてミンチにされるわ!


「いやだいやだいやだ!」

「こーら、駄々をこねないの、凛くん♡」


「こわいこわいこわいこわい!」

「ほら、凛。ギター」

「ギター渡さないで⁉」


「凛せんぱいっ!」

「なんだよ⁉」


「凪城さん、私からもお願いします」

「断りづらいなそれ⁉」


 そして野崎先生はニコニコしながらじーっと見てくるだけ! もうなんなんだ⁉


「あーもう、歌えばいいんだろ⁉」


 やけくそになって熱唱した。


 思ったよりも評判は良かったようで、野崎先生なんかは「歌手を目指したらどうですか?」なんて言ってくれたが、その親切は俺の心には痛かった。

 お世辞はこのメンツがいる中ではきついっす。


 野崎先生以外の4人は感想もなく、ただ呆けているだけ。「やっぱいいなあ~」なんて琴葉が言ってたけど、そんなに自分のためだけの曲を作ってもらったあずさがうらやましいんだろうか。


 そんなことを考えながら、この日はお開きになった。


 ――後になって思えば、これが後にたくさんの歌手と一緒にギターを弾いて歌った凪城凛の最初のライブだったかもしれない。

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