第34話 水野雫の握手会

 俺は大学に友達という友達がいない。


 まあこれには俺が強面であることはかなり関係してくるわけだが、そんな俺にも一応友達と呼べる人間はいた。


「久しぶりでござるな、凛殿どの

「ああ、その口調はお前も変わらないな、沢村」


 沢村賢二けんじ。俺と同じ大学で、学部は理系の学部。


 高校時代に仲良くなった人間で、実はイケメン。


 高校時代はもっと垢抜けていたのだが、その容姿やら性格が災いして女性関係による人間関係のもつれを経験。それから一気にイメチェンして冴えない大学生に。


「もっとイケメンやればいいのに。その口調だって無理して作ってるんだろ?」

「それは凛殿も一緒でござるよ。本当はお優しい方なのに、そのお顔のせいで凛殿も自ら他人と距離を取ってるではござらぬか」

「いや、寄ってこないだけだと思うぞ?」


 沢村は、高校の時からいかつい顔をしていた俺に声をかけてくれた数少ない人間の一人。

 大事な友達、尊敬している人間でもある。


 そんな、沢村と今回来たのは。


「アキバでござるな~。やっぱりアキバは落ち着くでござる」

「それには同感。ここにいれば自分が多数派でいる気がするからな」


 二人で秋葉原に来ていた。


 俺がオタクなのはもちろん、沢村もなかなかいけるクチである。高校時代で沢村がイメチェンしてからは学校でずっとアニメやら漫画の話をしていた。


 お互いに趣味もよく合う。


「じゃあさっそくいくでござろう。『水野雫みずのしずく』殿の握手会に!」

「おう! 俺も早くいきたいからな、すぐいこう!」


 というわけで、俺たちはアニメショップの最上階に直行した。




「やっぱ、雫さんの曲、いいよな! 俺、出てすぐダウンロードして、最近ずっとこればっか聞いてるわ」

「さすが凛殿。分かっていらっしゃる。今回の曲は作詞にマル先生、作曲に野崎先生とかなり気合を入れておりますからな」


 今日は雫さんが新しいシングルを出した記念として握手会が行われていた。


 作曲は最近ウチに来たこともある野崎先生だった。いや、絶対にそんなことを沢村には言えないけど。羨ましがられて恨まれそう。


 野崎先生と言えば普通にドラマとかの主題歌も書くほどの売れっ子作曲家で、もちろんアニメファンにもかなりの知名度があった。


 そんな人が、水野雫という今人気急沸騰中の声優に提供したということで、相乗効果で発売する前からファンの間ではかなり盛り上がっていた。

 今でも握手会を待つ階段のところでPVがずっと流れている。


 身長はあまり高くないが、細い脚がすらっと伸びていて美人である。


 そしてもちろん特徴的なのは声優ということもあって声。普段はかわいいふわふわした声をしているのだが、演じるキャラによって低くドスの効いた声も出来れば、さらに高くして人間以外の動物もかわいく演じて見せる。


 それによって、今回の曲はクールでシックな曲調なので声を低くして、それがまたかっこいい。

 普段がゆったりした人ということもあって余計にそのギャップにドキリとさせられる。


「もうすぐでござるよ、凛殿!」

「お、おう」


 もう少しPVを見ていきたいが、すぐそこには本人が控えているはずなのだ。


 階段を上って、上から下げられた幕を通ってブースの中に吸い込まれるように入っていく。


「お、おお……!」


 ブース内にも列があってまだ雫さんまでは遠いのだが、この距離からでも彼女の存在は確認できた。


 やべえ、オーラがある。オーラが。


 あれは、そうだな……よそ行きの顔をしている琴葉たちくらいオーラがある。絶対スーパースターになって声優界を背負って立つような存在になる。


「沢村、俺感動してるわ……」

「拙者もでござる。実際もう涙で前が見えないでござる」

「なんとかして、あそこまでたどり着こうな?」


 本当に、ここに来ようと誘ってくれた沢村には感謝しかないな。ありがたすぎる。


 刻一刻と迫ってくる握手までの時間。一体何を話そうか、それに何にサインをしてもらおうか、そればっかり考えていたら、すぐにその時は来た。


「はーい、次の人!」


 沢村が握手をしてデレデレしていくのを見送りながら、俺も緊張と共に雫さんの前に行く。


「お名前はなんて言うんですか~?」

「あ、凪城凛って言います……」

「?」


 やばい、声が小さかったかも。不思議そうな顔をしていらっしゃる。


 だが、そんなことは杞憂だったようで、雫さんはにこやかに笑った後に、手を出してくる。


 あ、握手だ。や、やべえ手汗とかかいてないよな? 大丈夫だよな? ばれないようにズボンで……。


「どうなされたんですか?」

「い、いえ⁉ なんでも?」


 やばい、早くしないと。


 おそるおそる目の前に出された手に、自分の手を重ねる。


 おお、え、小さいんだな。なんかみずみずしくて、すべすべするって変態か俺は。


「凛くんは、いまは何をされてるんです~?」

「は、はい! あ、学生です」

「……。あ、そうなんですか。あ、いやいや、少し大人っぽく見えたから」

「あ、すごい怖いですよね。すんません、こんなやつと握手してもらって」


 というかすごいな。こんな強面でも笑顔で握手してくれるなんて。色々と思うことはあるだろうに、顔に出さないのはほんとすごい。


 雫さんはそんな俺の返答に楽しそうに返してくれる。


「え~、そんなことないですよ~。かなりイケメンな方じゃないですか~?」

「い、イケメンっ⁉ そ、そんなことありませんよ」

「そうですか? もう少し髪を整えたら、かなりのイケメンさんになるよ~」

「あ、ありがとうございます!」


 もうめっちゃ嬉しい。ああ、嬉しい。


 そんな悦に浸っている俺に、雫さんは少し独り言ちて。


「――てっきりあの人かと……」


 聞き取れない声でブツブツと言っていたが、すぐに表情を戻して。


「音楽はやられてたり~?」

「お、音楽⁉」


 なんて聞いてきた。


 な、なぜ⁉ なぜここで音楽が⁉ 


「い、いえ、そ、そんなことないですよ。歌は歌ってませんし」


 あ、でも自分の曲をネットに上げるときに一応歌ってはいるか。一応だけど。


「な、なんで急にそんな話を⁉」

「うんー。別にこれと言って理由もないんだけどね? なんとなく声が似てるなあって」

「声が似てる?」

「うん。そう」


 声が似てるなんて言われたことないなあ。声優さんだからやっぱり声につい気が留まっちゃうんだろうか。


「ちなみにね、その人は」


「――風城冷って言うんだけど」


 ギクッ‼‼‼‼‼‼‼‼





(作者より) すみません、忙しいため隔日投稿ということにさせていただきます。更新頻度が半分に減る分、さらに面白くさせていきたいと思いますので、これからも本作をよろしくお願いします!



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