第35話 ようやく交わる

「へ、へぇ。そ、そんな人が、い、いらっしゃるんですねぇ」


 アカン、どもりすぎや。


「こ、今度その人の曲を聴いてみますね」


 そろそろ手汗の量でバレそうだ。撤退せねば。てったいてったい。


「ちょっと待って?」


 ガシッ‼ 捕まえられた。あれ?


「風城先生?」

「イエ、ボクはナギシロですヨ?」

「片言だ、すごい分かりやすいくらい片言だ」

「僕はいつも片言なんですよ」

「その発言はとても流暢りゅうちょうですね」


 なんか最近思うのだけど、俺って実はごまかすのが下手なんじゃないか?


 いやでも証拠はないはず。これはバレない。さっさとずらかれば問題ないはずだ。


「それでは今日は本当にありがとうございました。雫さんと握手できて感激です。応援してます頑張ってください!」

「あっ!」


 握手を振り切るとかいうファン失格のことをしてしまった。


 今度、CDをもう2つくらい買って、雫さんに課金しよう。




 その後俺は逃げるように秋葉原にあるレストランに入った。


 サイゼである。


 やっぱりお金がない限界大学生に優しいのはサイゼなのだ。


「――っていってもたしか沢村はそこそこ大手の会社に既に内定をもらってるんだっけ」

「まあ、そうでござるな。拙者のパソコン好きが功を奏したでござる」


 沢村はかなりパソコンが好きで、高校の時からプログラミングを会得していた。


 まあそうはいっても競技プログラミングのような何か経歴を示すようなものもなく、本人はただゲーム作りなど趣味でやっていただけだったのだが、大手の会社に拾ってもらえたらしい。


「大学3年生で内定決まってるって、かなり気楽じゃないか?」

「たしかに就職活動のしがらみから抜け出せるのは嬉しいでござるが、それよりもインターンで給料がもらえることの方がありがたいでござる」


 まあたしかに今のこいつの見た目はただの根暗オタクだからな。バイトとかも難しそうだから、沢村がちゃんと働ける環境があるのは良いことだ。


「オタクはお金の使いどころが無限でござるからな」

「そっちかよ」

「お金はいくらあっても足りないでござるよ」


 俺はオタクではあるものの、アニメを軽ーくみたりするくらいなので、オタクともいえないくらいかもしれない。

 本物のオタクというものがあるのだとするならば、それは経済に貢献するタイプのオタクだろう。


「それより最近凛殿はどうでござるか?」

「なんだその漠然とした質問は」

「例えば大学生活とかはどうでござるか?」


 うーん、大学生活か。特に可もなく不可もないと言ったところだろうか。


「そういえば、後期からゼミが始まるんだよ」

「ゼミというとあれでござるか? 10人ほどの集まりでやる授業という」

「そうそう、それそれ」

「大変そうでござるな」


 他人事ひとごとかよ。他人事か。まあ、他人事だよなあ。


「少人数ってきついんだよな。2年のときもゼミがあったけど、案の定独りぼっちだったよ」

「凛殿は人づきあいが苦手でござるからな」

「そうなんだよなあ。今回は親しい教授のゼミに行くからまだいいとは思うけど」

「大森教授でござるか? あの方はうちの大学では有名になりつつありますからな」

「え、なんで?」


 なんだろう、アラサー独身の美女として有名なんだろうか。いや、そのことは置いといてもあの若さで教授ということで有名なんだろうな。


「ヤンキーを手なずけてるとか」

「俺じゃねえか‼」


 誰が手なずけられてるだってッ⁉ どちらかと言えば世話を焼かれてるのはあっちの方なんだが!


「つーか、そんな噂本当に流れてるのかよ。お前だけじゃねえのか?」

「いや、この前新入生が話してるのを聞いたから間違いないでござる」

「入学半年で聞くようなネタじゃないと思うんだけど」


 どこの誰とも知らない教授が、どこの誰とも知らないヤンキーを手なずけてるって噂、はたして面白いだろうか?


「しかもどうやら噂を流しているのは経済学部の人だとか」

「……敵は身内にいたか」


 はたして経済学部の人を全員身内と言えるかどうかだが。


「凛殿も本当はいい人間なのでござるけどね」

「本当は、ね」


 顔が悪いというのは、どうも人間の中では欠陥的なことらしいな。





「ぜったい風城冷だ~っ‼‼」


 水野雫は寝る前に、今日のことを思い出してベッドの上で興奮していた。


「あの声、歌と一緒だし! あの話し方、ラジオと一緒だし‼」


 彼女は熱狂的な風城冷のファンだった。


 最初に好きになったのは声。やはり声優を生業としている彼女は。初めに声に惚れた。


 でも、それよりも歌い方が好きだった。


 最近の歌手で多いのは自分の歌唱力を披露せんがためにテクニックをメインにして歌うタイプだ。少なくとも彼女はそう考えていた。


 そしておくさず言うならば……彼女はそういうタイプが嫌いだった。


 何のために歌詞が付いているのか。――それは歌を媒介にして届けたい思いがあるからだ。


 ラブソングだったら恋する切なく幸せな思い、応援ソングなら励ましや慰めのエール。そういったものを伝えたり吐き出したりするものが歌だと雫は思っていた。


 だから、彼女が声優を始めて以来、そういった現代の歌手の歌い方に疑問を感じていたため、自分がアーティストデビューをすることをためらっていた。

 どうやって歌えばいいのかという指針が彼女にはなかった、


 その時に現れたのが風城冷だったのだ。


 歌い方、というのもおこがましい。まるで気持ちを叫ぶのに後から歌が付いてきているみたい。


 そんな歌い方に彼女は感銘を受けて、初めて聞いた時は泣いてしまったくらいだ。


 そこから、雫は彼の歌から歌い方について勉強をした。彼の曲は何百回も聞いたし、なんなら彼女の音楽プレイヤーは風城冷が歌っている曲しか入っていない。


 風城冷の本職が作詞や作曲であることは後から知った。もとから詞の方も好きだったから、その事実がさらに彼のことを好きにさせた。


 顔も分からないのに、最近はずっと彼のことばかり考えていたし、次の曲がいつアップロードされるのか気にしていた。


 ラジオに出るなんて聞いた時は跳ねるように喜んだし、彼が巽美麗と親しげな会話をしていたら腹が立った。


「――私の方が好きなんだもん」


 彼女は純粋に風城冷のことが好きだった。曲も歌い方も好きだったが、何より彼自身のことが気になってしょうがなかった。


(目標は、一緒に歌を歌って、一緒に人生を……ってもう!)


 最近の彼女の思考の大半はコレである。俗に言う恋である。


 ただ、ずっとこれは彼がどんな人物であるかが分からないため、届かぬ片思いに過ぎなかった。昨日までは。


 しかし今日、風城冷と思わしき人物に出会うことができた。


「凪城凛……か」


 言われてみたら名前の字面が似てる、なんてこじつけにも近い理由が、彼が風城冷であることを彼女に確信させていた。


「マネージャーさんに探してもらおっと!」


 凛の大学がバレるまで、そう遠くない。

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