第30話 引っ越し
さてさて、あずさの件が解決して平和な日常が訪れたと思ったのだが、やはり平和というのは長続きしないものである。
ピンポーン。家のインターホンが鳴らされる。
はて、何か通販で買ったっけ? 俺は基本的に通販なんて使わないから、そしたら重要な郵便だろうか。
というかこのパターン、前にもあったような……。
「はーい」
「こんにちはー。○○運輸ですー! ご注文にありました加湿器をお届けに参りましたー!」
「かしつ、き……?」
思いもよらぬ単語が宅配の人から発せられて、戸惑ってしまう。
もちろんそんなものを購入した記憶は一ミリもない。絶対に買ってない。
だが、不思議なことに俺には心当たりがあるのだ。不思議だろう? 俺の中に一人、容疑者と思われる人物の名前が浮かんでいる。
「あのー、すみません。購入者の方を聞いても……?」
「購入者は分からないですが、発送元は『春下鈴音』様になっておりますー!」
あんにゃろぉぉぉぉ! 一度ならず二度までもぉぉぉ! というか携帯の件を含めたら三回目だし!
いやまて、落ち着け俺。春下さんに対して失礼な態度になっているぞ。あの野郎とかいっちゃだめだぞ。
せっかく加湿器を送ってくださったというなら、またお金を払えばいいじゃないか。幸い、今回はインターンのおかげで少しだけ手持ちがある。
と、そんなことを思っていると、前回と同じように狙ったタイミングでラインが入る。
百発百中で春下さんだ。ラインの中身を確認する。
『そろそろ送った加湿器が届いたと思いますが、今回は私が買って一度だけ使用した加湿器です。お古ですからお代は結構です』
「あのやろぉおおおおおおお! 変に賢くなりやがってぇぇぇ!」
「あ、あの、お客さん⁉」
「――すみません」
「え、ええ。では、失礼いたします!」
ふぅ、ふぅ、うっかり見せられない所を宅配の人に見せてしまったぜ。
とりあえず後でアマゾンで調べてちゃんと新品分の値段を返しておくか。
ひとまず春下さんに返信をするために落ち着く――つもりだったのだが。
ピンポーン。
もう一度家のインターホンが鳴らされる。なんだろう、宅配の人が忘れ物でもしたのだろうか。
「はーい」
「せんぱいっ!」
……ん? 何か聞き覚えのあるような声が。
いやいや、そんなはずはない。宅配員の知り合いなんて俺にはいない。
「せんぱい?」
よし、いったん現実を確認するために深呼吸して、玄関の扉を閉めて。
「ふううううう、はああああ」
よし、心の準備が出来た。もう一度玄関を開けてみよう。
「はーい」
「……せんぱい、何やってるんですか」
「うわぁっ!」
目の前に俺のよく知った顔があった。
家の目の前にあずさがいた。さすがに驚きを隠せない。
「なななななんでお前がここに⁉」
というか! このマンションに入るのにもインターホンを鳴らさなきゃいけないんだが⁉
俺の部屋の番号を知っているのは100歩譲って分かるけど、マンションにさらっと入って俺の部屋の目の前にいるのは意味が分からない!
「あ、あれだな⁉ さては琴葉か美麗に頼んでスペアを!」
「え、違いますけど」
「違う方が怖い! 違わなくても怖いけど違うのは怖すぎる!」
とうとう俺の部屋の鍵、そこらじゅうにバラまかれてしまっていたり⁉
「せんぱい、そうじゃないですよ。……ほら、はいっ!」
「ん、なんだこれ?」
紙袋を渡された。中には三重の名物である赤福が。
「えーと、どういうことだ?」
「ほらほら、あれですよ。ふつつかものですが、ってやつです!」
「それは結婚するときに言うやつ」
なぜに未成年の女の子に結婚を申し込まれなきゃいけないのだろう。
「あ、違った」
「おう」
「つまらないものですが、ですね」
「いや、すぐにその言葉が出てこない時点で社交辞令としか思ってないだろ。あと、『ふつつかものですが』と同じカテゴリーに入れるな」
『ふつつかものですが』と同じカテゴリーに入るのは『どこの馬の骨とも知らん奴に娘はやらん!』だと思う。
「で、結局何しに来たんだよ」
「ああ、そうでした、忘れてました」
俺は改めて来訪の意図を聞く。
すると彼女は満開の笑みで、ドカーンといまにも効果音が出そうなほどの爆弾発言をするのだった。
「ご近所あいさつ、というやつです!」
ご近所、あいさつ……? どうしてあずさが俺にご近所あいさつを? 近くのマンションに引っ越してきた、とか?
なんて遠回りに考えて答えが出ないようにしていたが、既にある一つの結論に達していた。
マンションの入り口をあっさりと抜けられた理由。そして、ご近所付き合いという言葉。
そう。
「今日からこの部屋の真上の504号室に引っ越してきました! 生田あずさです!」
おい、冗談は勘弁してくれよ。よしてくれって。
「じゃーん。鍵です!」
「冗談って言ってくれよな⁉」
あかん、冗談じゃないやつや。
というわけで、スーパーアイドルの生田あずささんが俺の上の階に引っ越してきました。うん、突然だね。素敵だね。
この後、マネージャーの人から説明を受けたが、どれも納得せざるを得ないものだった。
『前の件から、同じマンションに知り合いがいた方がよいかと思いまして』
『彼女もまだ一応は未成年ということで、あまり高価なマンションにするのもどうかと』
『それに彼女からの希望ということもあって、どうぞよろしくお願いします』
ああ、これは断れんやつや。
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