第29話 飲み会

「おい、グラス持ったか!」

「お~け~です社長~」

「よし、じゃあいくぞ! かんぱ~い!」

「「「かんぱ~い!」」」


 そろそろ9月に入ろうかという頃、俺はインターンでお世話になっていた〇〇放送の飲み会にやってきていた。


 本当にただの飲み会で、別に特別なお祝い事もない。


 俺だってまだ一か月はお世話になるし、他の社員の人が退職したとかいう話でもない。


 単純に社員の皆さんが飲み会が好きなだけだ。


「ほら、風城先生もどうですか!」

「あはは……。僕はこの一杯で遠慮しときますよ」

「そうですか~。さすが先生、こんな庶民が来るような居酒屋には、お口に合う酒はありませんか!」

「いや、ぼくまだ二十歳はたちになったばっかなんですけど……」


 誕生日が10月だからもうすぐ21か。まだ成人して1年も経たない男に酒の味の違いなんてわかるはずもないんですけど……!


 琴葉クラスにいい酒しか飲んでなければ話は別なんだろうが。


 でもこういうワイワイする場は嫌いではない。


「風城先生も、このままウチに就職したらどうっすか~?」


 社員の中でもまだ若い人が、ほろ酔いになってきて軽い感じで提案してきた。


 だがそれに対して、プロデューサー、放送作家、ディレクターが激しく返す。


「ばっかおめえ! 風城先生はそのまま作曲家様になるに決まってるじゃないか!」

「そうだぞ! 今は大学生という身分に甘んじてるが、将来は日本を、いや世界を代表する作曲家様になるんだからな~!」

「こんなしょぼい会社に収まるような器じゃねえんだよぉ!」


 ちょ、ちょっと。


 まず作曲家「様」ってなんだ。そして大学生の身分に甘んじてるってなんじゃい。俺は大学生という身分に追いやられてるのか。


 あと自分たちで自分たちの会社をしょぼいとかいうな!


 それに僕は作曲家になるつもりもない!


 みんなアルコールが回ってきて、白熱してきている。


 まあ、アルコールが入ってなくてもテンションが上がっている人たちもいるが……。


「せんぱい、もっと飲みましょうよ~」

「てめえ未成年だろうが! なんでいるんだよ!」

「凛、ねむい」

「ここでねるなよ⁉」


 両隣にはあずさと美麗。あずさなんて今日ゲストで来ただけなんだが……。というか美麗の方は別にテンションが上がっているなんてことはなかった。


 俺の中では二人は世話の焼ける子供みたいなもので、飲み会で隣がこの二人というのはなかなか大変な状況でもある。


 それにしても。


「――あずさ、仕事の方は大丈夫か?」


 あれから1週間たって、あずさは芸能界に復帰した。


 もっと休んだ方が、と俺や事務所の人も考えていたようだが、あずさは大丈夫と言って復帰を決意した。


『ほんとはもっと早くに復帰してもよかったんですけどっ!』


 なんて無邪気むじゃきに言っていたのだから、あずさの精神力には恐れ入る。


「いやーもう余裕ですねっ! 仕事が楽しくてしょうがないです!」


 心の底から笑うあずさ。屈託くったくのない笑顔がまぶしかった。


「ま、まあそれならいいんだが」


 思わずその笑顔にドギマギしてしまう俺。いや、しっかりしろよ。


「それならいいんだが……その、本当に怖くないか? 今までと同じようにファンと接するのは」


 あまり蒸し返さないほうが良い話題だとは思うが、無理して仕事をしてしまってはいつか限界が来る。


 しっかりと決別できたらいいのだが、と思っていたが、あずさは奇妙な言葉を返してきた。


「……本当に大丈夫ですよ。今は怖いっていう感情より、もっと振り回される感情がありますから……」


 顔を赤らめて言うあずさ。いや、全くわからんが。


 だがその光景を俺の隣で見ていた美麗には何かピンとくるものがあったようで。


「凛。もっとのむ。ほら」


 急にお酒を勧めてきた。


「ほら、記憶がなくなるくらいのむ。はやく」

「や、やめろ! 死ぬわ!」


 ただでさえ飲み会に混ざるためにちょっと無理してビールを飲んだのに。これ以上はよっぱらっちまう。


「いや~風城先生はモテモテですね~」

「こんな美少女二人に……。うらやましいぃぃ‼ 俺も来世は作曲家様になるぞぉぉぉ!」

「いや、見てないで助けてくださいよ!」


 あずさは妙に距離を詰めてくるし! ガシガシしてくるし!


「凛。酔ってなにもわからなくなったら、うちで介抱してあげるからね。そしてそのままきょくを作るまで帰さない」

「凛せんぱい、今度私と一緒に番組に出ましょう! 売れますよ~?」

「風城先生、二次会も来ますか~? 来ますよねぇぇえへへへへ」


 こいつら……どいつもこいつも……。


「いい加減にしろぉぉぉ‼」


 会が終わると同時に、お金を置いてさっさと帰宅した。


 もちろん一人で、である。

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