第28話 元気に
『ふう。聴いてくれてありがとう……ってあずさ?』
「ひっぐっ、うぉぉおおん!」
『あ、あずさ? ちょ、ちょっと』
「うぇええええん‼」
涙が止まらなかった。どうしようもなく
何を哀しくて泣いているのか……いや違う。嬉しくて泣いているんだ。
「せんぱいっ、りんせんぱいっっ‼‼」
『わかったわかった。分かったから落ち着いて』
「う、う、うぇぇぇぇんん‼」
『いいから落ち着け⁉』
やっぱだめだ。なんで私の部屋に先輩はいないんだ。いたら抱きついてるのに。
これ以上泣き声を
「せんぱい……いまの」
少し経ってようやく少し落ち着いてきたところでかろうじて出せたのはこれだ。
『ああ? ――ああ、ギターな。美麗に手伝ってもらってさっきまで練習したんだ。割と初めてにしては上手くいっただろ?』
「……いや、そうじゃなくて。いや、それもなんですけど」
『ん? 曲か? これはなあ、前に作ってた曲があったんだけど、どうもラブソングじゃ上手くいかなくて。あずさのために曲を書こうって思ったときに、思い出してな』
『あずさのために曲を書こう』、か。ふふっ、録音してもう一回聴こっと。
「私のために……作ってくれたんですか?」
『そうだな。俺じゃあ普通に言っても上手くあずさを立ち直らせることが出来ないと思ったし、俺にできるのは歌を作ることくらいだからな』
なんてことを言っているが、先輩は多才だと思う。でも、そうやって謙虚に生きるせんぱいは好きだ。
……好き、か。
私はせんぱいのことが好きなんでしょうか。もちろん恋愛感情って意味で。
「せんぱい、人を好きになったことあります?」
『なんだよ、
私が突拍子もないことを尋ねると、電話越しでもわかるくらい
そりゃそうだ、私とせんぱいとの間には存在しないはずの単語なんだから。
「いや、今回の件って私が誰かと恋愛してるって話だったじゃないですか。特に関係ないですがなんとなく」
なぜか説明口調で早口になってしまったが、適当に誤魔化してせんぱいの答えを聞く。
するとせんぱいは恥ずかしそうな口調で。
『……まあ、あるけど』
と言った。
なぜだろう。
それを聞いて、こころがチクリと痛むのは。
「いつですか? いま、いまですか?」
『い、いや、今じゃねえよ⁉ 高校の時の話だから!』
そしてこういう返事を聞くとホッとしている自分がいる。
これが、嫉妬というやつなのだろうか。
「そのとき、どんな気持ちになりました?」
もう既に聞く必要のないことまで聞いてしまっている。うまく制御できない。
『あ? だから、その、あれだよ。その人のことばっか気になって』
お。そんな症状は私には出ていない。恋じゃないな。
『別にその人の彼氏でもないのに、その人が他の男子と話してるとイライラしてきたり不安になったりって、まあそんな感じだ。……って恥ずかしいこと言わせんな!』
凛せんぱいの言葉を聞いて、安心していく。多分、私は恋なんかしていない。
というか別に私はアイドルだから、仕事のことがあるから恋をしてるかどうかに不安があるんじゃない。もちろん、しっかり現実を見ればそういうことで不安にもなるのだろうけど、いまはそれよりもっと原始的なことだ。
恋という、未知の感情に不安があるのだ。
それはたぶんまだ私が子供だからなんだと思う。まだ新しいものを受け入れられるほど精神が成熟していないからだ。
だから、まだ恋なんか知らなくていいや、と感じちゃう。今の私に恋なんかキャパオーバーだ。
しかし。
『ちょっと、美麗。まだ切らないって。は? 泊まってく? 馬鹿言うな、おい、やめろ落ち着け暴れんな頼むから本棚を荒らすな』
「…………」
凛せんぱいが巽せんぱいとじゃれている。その光景がありありと想像できる。
なんだかむかむかしてきた。理由もないが、イライラしてきた。
恋じゃない、恋じゃない。
「恋じゃない恋じゃない恋じゃない恋じゃない恋じゃない恋じゃない恋じゃない恋じゃない恋じゃない」
『あ、あずさ⁉ どうした⁉』
「
『あっ!』
電話を切ってやった。私の心を惑わそうとする凛せんぱいはこうだ。
ふぅ。
……。
あ、あの曲もう一回歌ってもらおう。ぽちぽち。
け、けっして、せんぱいの声がもう一度聞きたくなったわけじゃないんだから。
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