第27話 安らかに

 何が悪かったんだろう。


 病院から家に帰ってきてから、そればっかり考えていた。


 私は何を間違ったんだろう。


『あんな奴に恋しやがって‼ アイドルのくせに恋愛しやがってェ‼ 俺たちを騙しやがってェェ‼‼』


 思い出すだけで震えが、寒気が治まらない。


 一体私がなにをしたっていうんだろう。


 アイドルは恋愛をしちゃいけないっていうのは、正直に言えば反対なんだけどそれでも恋愛なんてしてこなかった。事務所からもダメって言われていたから。


 それに、私はまだ恋なんてしたことがない。


 恋ってなんだろう、とかまだ私はそんなレベルなのだ。女として、まだ未熟なのだ。


 何のいわれがあって、私は恋をしたってことになって傷つけられなきゃいけないんだろう。


「――――――」


 それともこんな無責任な態度がいけないんだろうか。


 こんなことになってしまったのは私のせいだと、全て自分に責任があるのだと、自分を責めるような人間にならないといけないんだろうか。


 ――そうだとしたら、多分この世は生きづらいんだな。私には向いてないんだ。


 そう思うと、どこか責任逃れが出来たようで気持ちが楽になった。


 家のキッチンから包丁を一本持ってきてみる。


 あまり使っていないから、よく切れるやつだと思う。


 不思議だなあ。同じように刃物を向けられてあんなに怖がっていたはずなのに、今はあまり恐怖を感じない。なんでだろう。


「自分でやるの、こわいなあ。誰か代わりにやってくれないかなあ」


 自分にこれが刺さるのを想像して、そんなことをつぶやいていた。さすがに自分で自分を痛めつけるのは怖い。


 そこでふと、とてもこの場には調子はずれで的外れなことについて考え始める。


 ――殺されるなら、誰に殺されるのが一番いいかなあ、と。


 やっぱり親だろうか。それとも……妹。


 ああ、でも妹にお姉ちゃんを殺すようなそんな可哀想なことはさせられないな。きっとあの子は泣きながらやっちゃう。それはこっちも悲しい。


 それじゃあ、と自分と血のつながりをある人を外して考えてみる。


 最初に思い付いたのは、何故か――本当に何故か――凛せんぱいだった。


「凛せんぱい、か」


 あの人の顔を思い浮かべてみる。


 ――ふふっ。私が『私を殺してくれ』なんて頼んだら、絶対怒ってくれるな。もう怒ってる顔が想像できちゃうもん。


 と、凛せんぱいのことを考えていたら、死ぬことが少しばかり名残惜しくなってきた。変な話だ。


「凛せんぱいと言えば」


 携帯のラインを確認する。自殺する人が死ぬ前に取るような行動とは思えない。


 それでも確認する。たしか午前中に何回もラインが来てて着信も来てたはずだ。


 せんぱいとのトーク画面に行くと、やっぱりたくさん来ていたので指でスクロールして上の方から見ていく。


「ふふっ、すごい心配してくれてる。嬉しいなあ」


 他の人からもラインがたくさん来ていたが、凛せんぱいのものが一番うれしかった。たぶん一番私の命を心配してくれている気がするからだ。

 なんとなく他の人は、その裏にある下心みたいなのを感じてしまう。


 だけど、そうやって着信がひっきりなしに来ていたのも、1時間くらいしたらなくなっていた。そこから一つも連絡がない。


 なんか悲しい気持ちになった。凛せんぱいも私に愛想をつかしたのだろうか。私のことなんてどうでもよくなっちゃったのだろうか。


「なんて、私ってすごく自分勝手だなあ」


 こういう性格が今回の事件を起こしてしまったんだろう。普段からいつも自分のことばっか考えてるから、天罰が下ったんだ。


 天に見放されて、ファンに見放されて、凛せんぱいにも見放された。


 もうこの世に未練なんてないよね。


 携帯から包丁に持ち替えて、そろそろ覚悟を決めようと思ったちょうどそのとき。


 一通のラインが来た。


『おい、今から電話するから絶対に出ろ。絶対に、だ』


 凛せんぱいだった。そしてすぐに電話がかかってきた。


 少し逡巡しゅんじゅんした後、私は結局出ることにした。なんとなく勝手に期待していたからだった。


「もしもし」

『あ、出たな! ちょっと待ってろ!』


 電話して、絶対出ろと言っておいてなんか待たされた。意味不明だ。


 先輩の困る声が聞きたくて電話を切ろうとしたが、本当に愛想がつかされちゃうのが怖かったので切ることはできなかった。


 他に音もない部屋にいる私は、凛せんぱいの電話から流れる音を注意して聞く。


 どうやら近くに誰かがいるようで、『おい、これでいいのか』とか、『ちょっと静かにしててくれよ、3分くらい』と言っていた。


 私がこんな大変な状況なのに、人と一緒に居るとは何事か。苛立ってきて私は凛せんぱいに尋ねる。


「ちょっとせんぱい、何もないなら切りますよ」


 すると、せんぱいはこう言った。


「おっけ、準備できた」


 そして続けてこうも。


「下手だけど、静かに聞いててくれ」


 それは私の聞いたことのないような男らしい声で、私は息をのんだ。


 そこから一拍。電話口から聞こえてきたのは。


「ギター……?」


 じゃらじゃらという音。


 変だ。たしか凛せんぱいはギターを弾くなんて特技はおろか、ギターを持ってすらいなかったはずだ。


 でもそのたどたどしい弾き方は、ぜったいにプロのものじゃない。凛せんぱいに違いない。


 今日一日で弾けるようになった⁉ す、すごい……。


 しかし、驚きはそれだけではなかった。


『〰〰♪』


 歌が聞こえてきた。凛せんぱいの歌だった。


 きれいな声。上手いというよりは、気持ちを全部のせるような歌い方。


 ――もっとも、歌い方。


 あたたかい音色。あたたかいメロディー。あたたかい演奏。


 なんだか聴いていると心の内側がぽかぽかする。芯の方から暖かい気体がもやもや、と生まれてきて、私のぜんぶを満たしていく。


 冷え切っていたからだが、こころがゆらゆら溶かされていく。


 ベッドに倒れ、携帯を耳もとに近づけて聞く。自然と指でリズムを刻んでしまう。


 そして、よくよく歌詞を聴いてみれば、これはラブソングじゃなかった。せんぱいはラブソングしか作らないはずなのに。もう頭が追いつかないや。


 頭は追いつかなくても、心は穏やかで思考はのろのろと動いて、曲の歌詞がしみわたっていく。


 頑張れ、頑張れ! ではなく、ずっと一緒にいる、だから一緒に成長しよう、だから一緒に休もう。そんな歌詞。


 いつの間にか私は曲の中にいた。現実から抜け出して。


 3分くらい、だっただろうか。幸せな気持ちに包まれていたのは。


「うぇっ、ぐすっ、うぇえええん‼‼」


 せんぱいが最後に、じゃら〰んとギターを弾き終えたとき、もう涙が止まらなかった。

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