第26話 それでもあずさは
さすがに救急車に乗せてもらえる、ということはなかったので一度俺は家に帰ってから病院に
幸いに
都内の病院だったので、タクシーで20分ほどで着くことが出来て、すぐに俺は受付に向かった。
「すみません、あずささんが、
「え、えーと……」
「お願いします‼ あずささんは、その……仕事仲間なんです!」
だがそう言っても受付の看護師の人は簡単に首を縦に振ってはくれない。
そりゃそうだ。芸能界という仕事が仕事だけに簡単に通せないのだろう。あずさはその中でもトップレベルにいる人間だ。
俺があずさの入院を聞きつけた
どうやってお見舞いに行こうかと思案していると、思わぬ助け船があった。
「その人は私のマネージャーです。大丈夫ですから、通してあげてください」
それは本当に思わぬ助け船だった。だって俺をこのタイミングで助けてくれたのは……。
「春下……さん?」
「はい、春下鈴音です」
あまりに意外な人の来訪に、言葉に詰まる。
「えっと、どうして」
「生田さんが病院に搬送されたと聞きましたので」
いや、いやいやいや。
「仕事は?」
「仕事、ですか?」
今日は普通に平日だ。仕事くらいあるはずだ。
「うーん。まあ事情を話して抜けてきましたね」
「まじか!」
そんな自由なのか芸能界。
「まあ、こんなところで油を売ってないで早くあずささんが入院している部屋に行きましょう。――凪城さんもそっちの方がいいでしょう?」
「ああ、そうだな」
ということで世間話をそこそこに切り上げて急いであずさの病床に向かう。
一応命の危険はないということだったが、詳しい状況は分かっていない。
急いでエレベーターに駆け込む俺と春下さん。目的地は6階だ。
「というか、僕はいつの間にか春下さんのマネージャーになっていたんですね」
狭い箱の中に二人きりでいるという複雑な状況、そしてどうにも笑いに変えないと不安が突き抜けてきそうだったのでそんな話題を振った。
「あら、凪城さんは私のマネージャーになってくれるんですか?」
「いやです。自分の家に勝手にものを送り付けてくる人のマネージャーにはなりたくありません。あとテレビのお代はいつか必ず返しますから領収書ください」
「そうですか。じゃあ私専業の作曲家さんでもいいですよ。あと領収書はもらってませんのでお代は結構です」
などとくだらないやり取りをしている間にちーんと素っ頓狂な音を鳴らすエレベーター。目的階に着いたみたいだ。
俺は春下さんを置いてまっすぐあずさのいる部屋に走って向かう。
「あずさ⁉ 大丈夫か⁉」
「あ、凛せんぱい~……と、鈴せんぱい……」
春下さんの存在を確認するとあからさまに落ち込むあずさ。おい、それは失礼だろ。
って。
「元気そうだな、あずさ」
とても元気そうで顔色もとてもよい。病人の顔ではなくいつものアイドルである。
「はい! 元気ですっ! おかげさまでその節はありがとうございましたっ!」
「いや、元気なら何よりなんだが……」
と、そこでもう一歩踏み込んでみる。
「なにか……あったのか?」
どうして変装して秋葉原に居たのか。そして何故俺の姿を確認した瞬間に俺の手を取って走り出したのか。聞きたいことは山ほどあった。
そして聞かれた当人のあずさはと言うと、わかりやすく肩を震わせたあとしゅんと
「話したく、ないです」
そしてこんなことを言うものだから、ますます事態が深刻な気がしていて。
「脅迫、されたと聞きましたが……」
春下さんがこのように補足をしたとき、耳慣れない単語に驚きを隠せなかった。
「きょう……はく?」
あずさに目をやると、その慌てた姿がこの事実を肯定していた。
「脅迫って、どういうことだ?」
いまいち状況が把握できない俺に、あずさはとうとう観念したようで今回のことを洗いざらい全て話してくれた。
――昨日の夜、脅迫メールがうちの事務所に届いて。
――根も葉もない話だったんです。芸能人の〇〇と付き合ってるだろって。
――別れなければ……その、殺すと。
――それで今日は仕事を休みにしてもらったんですが、午前にうちの方にもメールが来て。
――うちはマネージャーが選んでくれたセキュリティの高いマンションだったので、そこに居れば安全なのですが……。
――どうにも怖くなって、凛せんぱいがいるところを探知して、秋葉原で凛せんぱいを探したんです。
と、あずさは昨日の夜からの一連の流れを、時系列に沿って丁寧に教えてくれた。
途中、辛そうなところもあったが、春下さんが背中をさすって楽にさせていた。
「それで、生田さんはどうやって凪城さんの場所を……?」
「あっ。それは凛せんぱいの携帯に仕込んだGPSで!」
「おい、まて買ってまだすぐの携帯に、いつGPSを仕込んだ⁉」
まあ今はあずさも大変な状況だから追及するのは今度にするけど。
「……それで、これからどうするんだ?」
「もちろん活動休止でしょう」
あずさに聞いたつもりだったが、返ってきたのは春下さんの方からだった。
「まあそれもそうか。今の危険な状態で街を出歩くわけにもいかないし。家にこもるしかないだろう」
「警察にも届けを出しているし、1週間やそこらで犯人も捕まると思いますから」
そういうのは春下さんの方が詳しいのだろう。具体的な数字も出てきていて、その通りだな、と思った。
少なくとも俺は。
でもあずさは違ったようで。
「――やります。仕事は――やります。何があっても」
「生田さん⁉」
固い決意の表れだろう、声に力が入っている。
それは彼女の仕事に対する情熱で、アイドルというものに対する誇りにも見えた。
ただそれでも。
「やめておけ、あずさ。落ち着いたらまた仕事が出来るんだ。今やる必要はないだろ」
今はリスクが高すぎる。そしてそのリスクも少しの間我慢をすれば排除されるのだからいまする必要はない。
「――待ってる人がいるんです」
ただ、それでも頷かないのが、生田あずさという女だった。
「待ってくれている人がいるんです。待ってくれるファンのみんながいるんです。……1週間もやめるなんて、むりです」
そう言って彼女はベッドから起き上がる。
「「……」」
そんな彼女を止められることは、少なくとも俺や春下さんには無理だった。
――でもこれは間違いだった。間違いなく、間違いだった。
その次の日だっただろうか。
『生田あずさ、ファンにナイフを向けられ病院へ』
こんなニュースが流れたのは。
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