第64話 誕生日②

「ほい、じゃあ、凪城くんの21歳の誕生日に――っ、かんぱーーいっっっつ‼」

「ちょっと、しずさんが仕切ってるんですか! そこはふつう、私でしょ!」

「はい、凛くん乾杯」

「お、おお」

「あー! はーさんはどうして抜け駆けしてるんですか!」

「凪城さん、おめでとうございます」

「あ、春下さんも……どうも……」

「むきーっ!」

「ちびはだまれ」

「みれーさん、辛辣過ぎないですか⁉」


 というわけでつつがなく(?)準備を進めて、俺たちは食事へと移っていた。


 ちなみにお誕生日の俺はお誕生日席にいるかと言えばそんなことはなく、彼女たちから逃げるように椅子だけ持ってきて食べている。

 こたつは完全に女性陣に占領されているのだ。


「さすがに、あそこに居られる自信はない……っ! すまん、世の男子ども‼」


 さすがに美少女だけに囲まれたあそこでのんびりとご飯が食べられるほど、俺の器量は大きくなかった。

 特に雫さんとかあずさとかはこの寒い中ショートパンツを着ているものだから、こたつからちらとその輝かしい太ももが見えてしまう。目の毒だ。


 まあ女性陣も一見仲が悪そうに見えるがそんなことはなく、こちらから見たらただじゃれ合っているように見えた。


「もーらい」

「あ、みれーさん私のから揚げ取らないでください!」

「鈴音さんって、テレビで見るより細いですね!」

「水野さん? 私を見ながら言わないでくれるかしら? 私も春下さんもそこまで変わらないと思うのだけど?」

「えっと……あの……」


 うん、いたって良好な関係だ。

 ……そういうことにしておこう。


 なんだかぎすぎすした雰囲気になりそうだったのでテレビをつけて番組を変えていく。


 ワイドショーやお笑い番組がやっていたが、あいにくとここにいるメンバーが出ている番組はなかった。

 仕方なくニュース番組をにしてみると、ちょうどさっきやっていた話題がニュースに取り上げられていた。


「あ、ミア・ブルックスだ。日本に来るんだってね」


 口を開いたのは琴葉だった。

 なんだか知っているような口ぶりだったので、聞いてみる。


「なんだ? 琴葉は元から知ってたのか?」


 尋ねてみると、答えを返してきたのはあずさだった。


「え、せんぱいは初耳ですか? もう業界じゃこの話で持ちきりですよ?」

「そうなのか?」


 有名なアーティストだということは知っていたが、来日というのはよくあるワードだと思っていた。


「そんなに話題になることなのか?」

「そりゃそうですよ! だって、あのミアさんですよ⁉」


 当然かのように言っているが、よく分からない。

 そちらの世界では通じる話かもしれないが……。


 すると、隣にいたあずさの隣にいた春下さんが少し頭を抱えながら、説明を足してくれた。


「来日する前から、来日するって報道されるくらい注目されてるっていうのは、普通じゃ考えられないです」

「……なるほど」


 言われてみたら今までのスーパースター来日って言ったら日本に来てからファンの人たちがキャーキャー喜んでいる場面をイメージするな。

 よく考えれば、来日が決まってすぐたくさんの人が騒いでいるというのは、尋常ではないか。


 そういう説明を俺にも分かりやすくできる春下さんは、やっぱり芸能人だけどどこか一般人にも近い感じがする。

 単に頭がいいだけかもしれないが。


『ミアさんは、来週来日されます‼』


 高揚した記者のコメントを眺めながら、来週になったらもう一回テレビを点けようかと考えていた。





 ――始まりは誰だったか。


 お調子者のあずさか、やたらと距離感が近い雫さんかもしれない。

 戦略家の琴葉かもしれないし、妥協を許さない美麗かもしれないし、うっかりしたことに春下さんかもしれない。


 ともかく、戦争に火蓋を切って落としたのは、誰の言葉だったかはもう定かではない。


 今はただ、鎮火することもなくさせようとすることもなく、逃げ回るしかなかった。


「凛。凛の初楽曲は私が歌うんだよね」、と決めつけたかのように言う美麗。


「何を寝ぼけたことを言ってるのかな? 凪城くんの、風城冷としての最後の曲が私だったんだから、凪城凛の初めても私でしょ?」、と悪びれず言うのは雫さん。


「せ、せんぱいのは……わたしですっ!」、と何故だか顔を赤らめて言うあずさ。


 高みの見物をしているのは琴葉と春下さんだったが、目は保護者のような目ではなくむしろ軍師の目をしていた。


 というのが、自分の部屋からこっそりと居間の方を見て分かったことだった。


 そっとドアを閉じた今なお彼女たちの言い合う声が、隣の俺の部屋まで聞こえてくる。


「はぁ……あいつら、ほんと曲のこととなると我を忘れるからな……」


 彼女たちとて好きで争いを起こしているわけではないのだ(と思う)。


 そこにあるのは、ただただ一曲でも多く歌いたいという純粋な気持ちなのだ。


 だからこいつらを責めるつもりもないし、責めることはできないのだった。


「というかだいたい、まだ私は一曲しかもらってないんだから私に下さいよ!」

「そういうの関係ないから」

「でも一番おおくもらってるみれーさんは、辞退するべきだと思いますっ!」


 ――ああ、この人たちの口論を聞いてるとそれぞれの顔が目に浮かんでくる。


 今ごろ雫さんはほっぺを膨らませているだろうし、美麗はさも当然という顔をしているだろう。

 あずさはあずさで元気よく手なんか挙げて自分の意見を言っている。


「ちょっと……いい?」


 と、そこへなにやら涼しい声がした。


「? いいけど」


 扉を開けて入ってきたのは琴葉だった。


「し、失礼するね」


 ひざ丈くらいあるスカートの下から覗かせるすらっと伸びた細い脚と、ブラウスの上からでもわかる豊かな胸。

 いつ見ても特に何も思わなかったはずなのに、どうしてか今は異様に意識してしまっている。


「な、なんだ?」


 動揺を悟られないように用件を尋ねる。


 すると琴葉はスカートのすそを押さえながら、いつもより小声になって答えてきた。


「あ、あのね? ちょっと、話があって」


 なんだか今の琴葉はいじらしい。いじらしくて、かわいかった。


 先ほどの人妻姿で余裕のあるのとは一変、まるで高校生のような初心な動作と言葉遣い。

 まだ男子としては盛りである俺の心臓は、どんどん高鳴っていった。


「あのさ、凛くん……」


 琴葉は恥ずかしがりながらも、俺が座っているベッドの隣に座ってきた。

 肩と肩とが当たりそうな距離で、明らかに琴葉はそういう意識の下で隣に寄ってきた。


「ずっとさ……ずっと言いたかったんだけど……」


 ブラウスの一番上のボタンを外す。

 俺はその細く綺麗な指がなまめかしくボタンをはずしていく動きから目が離せなかった。


 琴葉がもう一つ近くに寄ってきた。

 黒く伸びた髪はもう俺の腕に触れてきて、ちょっとくすぐったい。


「凛くん……っ」

「琴葉……っ!」


 彼女の甘い色香に溶かされていく。

 琴葉の息遣いが近くに感じられ、眼前にはみずみずしい唇があった。


 その唇は何かを求めているようで、俺もそれが何だかが本能的に分かる。


 吸い寄せられ、吸い寄せられ……。


「――何してるんですか、二人とも」


 そこで止まった。


 琴葉はなんでもなかったかのようにすぐにいつもの顔に戻り、あっという間にボタンを閉じていた。


「ちょっと暑かったからこっちに来ただけよ」

「ふーん……そうですか」


 春下さんは半眼で琴葉の方を見て、それから俺の方に視線を移した。


「い、いやっ! ほ、ほんとに、なんでもないから!」

「……そうですか」


 ご飯が冷めるので早く戻ってきてくださいね、とだけ言い残して春下さんは部屋を出ていき、それに追従するように琴葉も部屋を出て行った。


「え、ええ、えええええっぇぇぇええ‼」


 誰もいなくなった部屋で一人、俺はしばらく悶々としていた。

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