第63話 誕生日①

「へー、ミア・ブルックスが来月に来日するのかー」


 ずっとバタバタしていた1か月が終わり、久し振りに週末をゆっくりと過ごしていた。


 おやつを食べながら、めぼしいニュースがないか探して、だらだらと休みを満喫する。

 おっさんみたいな休日の過ごし方だなと我ながら思ってしまうが、時間を無駄に過ごすのはそこまで嫌いでもなかった。


「ん?」


 ベッドに置いてあった携帯が震えるのが聞こえた。


「はてはて、今日は何か用事があったかな」


 どうにも忘れっぽい性格なので、大事な予定などがある日は事前にアラームが鳴るようになっている。


 でも、今日は特に人と会う用事もなかったと思うが……。


 携帯の画面を点けてみると、どうやらアラームではなくメッセージが届いていたようだ。


『せんぱい! 今日おうちにお邪魔してもいいですか!』


 あずさからだった。


 あずさはファンからの脅迫メールが原因で、このマンションの俺の上の階に住むことになっていた。

 困ったときにすぐに頼れる人が近くにいた方が良いということで、あずさがここに引っ越してきたのだ。


 だから、こうしてゲリラ的に訪れてくることはよくあって、俺がここに戻ってきてからもそれは多々あった。

 今回もどうせそのパターンだろう。


「へいへい、了解っと」


 メッセージを打ち込んで送信ボタンを押し、ベッドに携帯を放り投げる。

 するとすぐに携帯にバイブ音が鳴った。


 返信が早い、さすが若者、と感心して携帯を開いてみると、そこには別の人物からのメッセージ。


『凛。今日、そっち行くから』


 しかも今度は確定事項らしい。

 せめて許可を取るくらいはしような……? お願いだから……。


 と思ってるとさらにメッセージ。


『凛くん~。今日は家にお邪魔するからね~。開けといてね♡」


 さらにさらに。


『今日、お伺いしてもよろしいですか?』

『凪城くん、今日行くぜよ!』


 春下さんと、雫さんから立て続けにラインが来た。


 さすがにこうも続くと、偶然じゃないと気が付く。


「あ、そっか、今日は誕生日か……」


 そういえば、たしかに去年も美麗、あずさ、琴葉からこの時期に祝ってもらった。

 あれからもう一年かと思うと早いような気がしたが、この一年は内容も濃かったのでそんなものかもしれない。


「誕生日を祝われるって……なかなかないことだよな」


 女性同士では頻繁にあるものかもしれないが、男子は誕生日とかそういうものには疎い人間の方が多い。

 ましてや大学生になって他人とのつながりが弱い今、誕生日を祝ってもらえるということは滅多にないことのように感じる。


「案外、幸せ者なのかもな……」


 祝ってくれる相手も相手だけに、本当に幸せ者かもしれない。





「それが、どうしてこうなった……」


 夜になり、その考えは間違っていたかもしれないと思い直すことになってしまった。

 理由は、まあ、あれだ。実際に見た方が早い。


 そういうわけで、おそるおそる台所の方を覗いてみると……。


「どいてください。私が料理をするんです」

「あら~、年下のくせに偉そうじゃない?」

「……年下とか年上とか関係ないですよね?」

「凛くんは年上が好きだけど?」

「………………」


 恐ろしく剣呑な雰囲気で、春下さんと琴葉が台所を取り合っていた。

 お互いに既に食材を買ってきてしまっているからなのか、一歩も引くそぶりを見せない。


 ……というか、ただの口げんかに、関係のない俺の女性のタイプを暴露するんじゃない‼ なんで知ってんだよ、てか。

 春下さんも困ってるし……。そんなこと言われても、は? としかならないだろう……。


 とりあえず見てもいられない雰囲気だったのでさっさと退散を決めると……今度は居間の方でも争いが起きていた。


「ちょっと、みれーさん! そこ私の席なんですけど!」

「違う。凛の隣は私」

「じゃあ逆側もーらいっ!」

「あ! しずさんまで‼」


 食器類を動かしていく中で、あずさと美麗と雫さんがひたすらに場所を取り合っていた。

 自分の携帯を置いたり、好きな飲み物を近くに持ってくることで自分の席だとアピールしているらしい。

 というかもしかして、俺から料理をたかろうとしてる……? 怖いんだけど。やめて、大人しそうな春下さんとかが隣の方が絶対いいわ。


 つーか、あずさ。雫さんのこと、『しずさん』って……。もうちょっとどうにかならないのか、そのネーミングセンス……。


 というわけで、部屋のあちこちで火花が散っていて、家主は居場所もないという事態になっていた。

 もうここではないどこかへ逃げてしまいたい……。


 諦めて現実逃避のためにヘッドフォンをして1時間くらい音楽作りに没頭していると、やがて俺の名前が呼ばれるのが聞こえた。


「凛くん~? ご飯よ~?」


 どことなくお母さんみたいな呼び方をしてくるのは、琴葉だ。台所から声が聞こえてくる。

 語尾がやたら上がるのが、実家の母と似ていて微妙に気味が悪い。


 そしてキッチンの方へ手伝いに行くと、その琴葉の姿に不覚にも少しドキリとしてしまった。


 仕事から直接来たのだろう、まだ外行きの格好に控えめな黄緑色の透明度の高いエプロン。

 髪をお団子に縛っていて、そこからは女性らしさを際立たせているうなじが見えた。


 思わず目を逸らした俺に、琴葉が気が付いたらしく料理を盛りつけながら呼びかけてくる。


「なに、凛くん? もしかして、人妻に見えちゃった?」

「ば、ばかっ‼ そんなことあるはずがない!」

「なんか堅苦しい言葉になっちゃって。図星かな~?」

「ええい、早く料理を持って参れ‼」

「ふふっ、単純でかわいいなあ」

「やかましい!」


 誤魔化すように怒ってるアピールをしたが、本職の琴葉にはすぐに見抜かれていたのだろう。

 ニヤニヤしながらハンバーグの乗った皿を渡してくれた。


「ハンバーグ……? 琴葉にしては、質素な気がするが……」

「まあ、ほんとはステーキとかでもよかったんだけどね。誕生日って言ってそんなに豪華なものにしてたら、面倒でしょ? 凛くんが」

「……まあ、そうだな。いつも通りくらいがちょうどいい」


 誕生日だと畏まるのは恥ずかしい。

 いつも通りに会って、いつも通りに駄弁るくらいが丁度いいというのは、まさにその通りだ。


 そういう俺の性格を分かったうえで、いつもより少し違うかどうかくらいのいい塩梅の料理にしてくれたのだというのだから、頭が本当に上がらない。


「どう、おいしそう?」

「ああ、おなかが空いてきた」

「それは、良かった。の口に合うか、心配だったの」

「〰〰⁉☆〇‼」


 急に人妻口調になった琴葉に、思わず動揺して皿を落としそうになる。

 さすがにその不意打ちは……マズい。


「あー、ほんと凛くんって面白い」

「い、いい加減にしろよ……‼」


 ただでさえ、さっきから体力を削られているというのに、これ以上はどうやっても身が持たない。


 そう思った俺は、反撃の手を、閃いたのだった。


「あ、そうだ、言い忘れてたけど」

「ん、なに、凛くん?」

「お酒禁止だからな」

「え」


 俺は、前にあった惨状を忘れてはいない。

 琴葉にアルコールを入れては、絶対にいけないのだ。


 しっかり釘を刺しておいてから、食事の方に移った。

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