彼の曲に惚れ込んでいた彼女たちは、いつの間にか彼に惚れていた
横糸圭
第1話 新曲をアップ
「ふふんふふん、ふふ~ん。ってやばいな、これは傍から見ても相当気持ち悪いやつだ」
ヘッドフォンを外して、顔を洗う。
ふと窓を見ると、もう太陽が上がりかけていて一日の始まりを思わせる。
「ふあ~、またやっちまったか。まあ、幸い今日の授業は午後からだし、曲をアップロードしたら一旦寝るか」
この朝日は見慣れているが、何回見ても、何回体に浴びても不快な思いしかしない。
別に仕事でもないのに、こんなに徹夜してしまうのは自分でも情けないと思う。勉強という学生の本分から大きく
「まあ、勉強もしっかりやればいいもんな」
この大学生という期間は、大人になる前の遊びを許された最後の猶予期間だと思っている。
別に勉強も手を抜いているわけじゃないし。
「つーか、ねむ……い……」
パソコンの充電ケーブルに足を引っかけられたことにも無頓着にベッドに倒れ込む。
エンコードを済ませたその場で、意識が抜けていった。
正午まであと1時間というあたりまで太陽が昇ったところで俺は目を覚ました。
パソコンが付けっぱなしで足元に置かれていたため、起き上がったタイミングで蹴飛ばしてしまう。
「やれやれ、我ながら
パソコンを拾い上げる中でその画面を認識すると、一気に寝ぼけていた意識が覚醒する。
コメント、高評価の数が現在進行形で増えていっているのだ。目にわかるくらいの勢いで。
「こりゃ前のやつよりある……か?」
以前、動画投稿サイトに上げたときの曲もそれなりの評価を得たとは思うが、今回はその時の倍くらいのスピードで増えて行っているように感じた。
正午の前ということもあって見られやすい時間帯なのかもしれないが、それでも目覚ましく伸びるコメント数に興奮する。
「やっぱツイッターの方にもかなり来てるな」
ツイッターのアカウントの方にも、動画を上げたというツイートに対してかなりのリプライが飛んできている。
もちろん中には批判的なコメントも多いが、それを上回るほどの賞賛のコメントがあるように見えた。中には批判的なコメントに批判するものさえ。
もちろん「感動しました」のようなコメントも嬉しいが、何よりこれだけの人が見て、何かしらを感じてくれたということがたまらなく嬉しい。
そんな欲のないところはオタク気質なのかもしれないが。
そして。
「あー、今回も結構来てるな」
ツイッターのダイレクトメッセージには数々の申請が。
つまり、「今回の曲をうちの〇〇に歌わせてくれませんか」というオファーだ。
以前にもこういったことがあり、何人かの人にはすでに提供したことがある。
「自分なんかが、いいのかなあ」
プロに比べればまだまだ拙く、比べることさえおこがましいほどの出来だと思っている。
今までにバズったのも、歌い手の人が素晴らしくてうまく自分の書いた曲を歌いあげてくれたからだし。
「それでもこうして認めてくれるのは嬉しいよな」
10件ほどのオファーを見ながら、どの人にこの曲を渡すべきだろうかと考える。
本当なら以前に楽曲提供したアーティストに渡すのが
そういうわけで今回新しくもらったオファーを見ていたのだが。
「おい、あずさ。ちゃっかりお前も頼んでんじゃねえ。つーか
ほぼ同時に来たメールの通知を見て呆れる。
『
『凛せんぱーい! あの曲は私のために書いてくれたんですよね! 私、歌います!』
『凛くん、あれを歌えるのは私しかいないでしょ? 歌詞と音源くださいね♡』
あいつらはいかんせん自由で困る……。この便乗具合よ。
しかも3人そろって自分が歌うことを疑いもしない。とんでもないやつらだ。
「ったく、あいつらは。ってもう一人いるやんけ……」
ダイレクトメッセージで直接送ってきた猛者がもう一人いた。
「名前は……
アカウント名は全く別の名前だったが、内容にはこう書いてあった。
「春下鈴音と言います。今回挙げられた曲、『悲しみのランデヴー』にとても感動しました。もしよろしかったら、歌わせていただけるとありがたいです」
春下鈴音、という名前に引っかかりを覚えて検索をかける。
すると五万件にもおよぶ検索結果が出てきた。だが、一番上に出てきた画像だけで思い出すことができた。
「春下鈴音って……あの春下鈴音か⁉ めっちゃ売れてたのに、たしか引退したはずじゃ……」
ネットの記事を見るとたしかに「2年前に18歳の若さで引退」となっている。というか同い年だったんだ。
あの人の歌声か……。
あまり鮮明に思い出すことはできなかったのでユーチューブで、昔にアイドルをやっていた時の歌っている動画を引っ張り出して聞いてみた。
その動画では、彼女のたぐいまれなるルックスに焦点が行ってしまったので、イヤホンを差して耳だけに集中する。
甘い声の地声と、高音域でのその鈴の鳴るような音色。
特に意識はしなくてもすっと心地よく入ってくるその声音。
そこから3分ほどの短い動画のあと、俺は一つの結論に至っていた。
「この人しかいない。この人にお願いしよう」
これが、春下鈴音と
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