第110話 デートの始まり

 お盆休み。

 さしもの芸能人とてお休みになるプチ夏休みに、私は凪城さんの家にお邪魔していた。


「あっつーい! 暑いです、凛せんぱい‼」

「それはお前がひっついてくるからだろうが‼」


 冷蔵庫に飲み物を取りに行った凪城さんの肩を揺さぶる生田さん。

 たしかに、少しくっつきすぎだと……私も思う。


「こらこらあずさちゃん。そんなに凛くんを困らせちゃダメよ?」

「えー困らせてないですよう」

「凛くんが今どれだけ理性と本能が戦ってることか……」

「戦ってねえよ! 普通に暑いからどけって話だわ!」


 からかうように言う白川さんは扇風機の前で涼んでいる。


 ……と見せかけて、スカートからちらちらと凪城さんを誘惑しているようだ。

 ちなみに下着までは見せる勇気がないらしく、わざわざこのために中にいわゆる見せパンを履いているらしい。


 最近分かったことだが、白川さんは余裕がある顔をして意外と恋愛に関しては純情みたいだ。


「とにかく黙って待っててくれ。少しは春下さんを見習ってほしい」

「くーん」


 子犬みたいな鳴き声とともに離れる生田さん。

 意外とあっさり離れたことに意外さを感じたが、なにやらいつもと違う凪城さんの様子を敏感に気づいたらしい。


 ――というよりは、先日の出来事があってから初めて会うことに生田さんも多少心構えがあったのかもしれない。


 そう。


「よし、全員揃ったな」


 この場に居たのは、凪城さんを含め4人しかいなかった。


 巽さんがいないのである。


「これから大事な話をさせてくれ。……冗談抜きで」


 巽さんがいない違和感を抑えながらも、彼の次の言葉に生唾をのむ。


 そして、ゆっくりと凪城さんは次の言葉を口にした。


「あの、俺の勘違いじゃなかったら……なんだが……、その、あれだよな、お前ら、俺のこと、す、好き……だよな……?」


 その言葉に。その顔に。


 思わず私たち3人は目を合わせて。


 そのあと――爆笑した。


「え、ほんと? え、いま凛くんなんて言った? もう一回言って録音するから」

「よくそんなこと言えましたね……」

「それって一番ダサい男の人が言うやつですよーっ!」


 口々にダメ出し。

 いや、だってそんなこと言ってくる人なんて少女漫画とかにいる痛い人しかいないと思ってたから。

 まさか現実で聞けることになろうとは。


 そして、その反応はどうやら凪城さんにとっては予想外だったようだ。


「いや、俺だって言いたかないけど! でもちゃんと聞いておかないと次に進めないっていうか、そもそも俺まじめな話をしてるんだけど⁉」

「真面目な話……」

「いや、言い方からして真面目じゃないと思うけど」

「い、言い方はいいやろがい‼」


 ドン引きしている生田さんと白川さん。そりゃそうだ。私はもっと引いてる。


 でも、同時に。

 ようやく彼も向き合うようになったのだと、その事実を実感した。


 私たちの恋心に、ようやく向き合うようになったのだ。


「俺は真剣に聞いてるんだ。その……教えてくれ」


 恥ずかし半分まじめ半分といった凪城さんの顔にもう一回私たちは顔を見合わせて笑ってしまう。


 そして、そこから白川さんが核心に触れた。


「美麗ちゃんのこと、振ったんでしょ?」

「――へ?」


 予想だにしない白川さんの言葉に、凪城さんは固まる。


「ドウシテソレヲシッテ」

「本人から聞きましたよーっ!」

「なっ、あいつ……」

「それであれですか。調子に乗って、私たちも好意を抱いてるんじゃないかって、そう思ったと」

「ちょ、調子には乗ってない!」


 そういって慌てている凪城さんは、ちょっぴりかわいかった。

 顔を真っ赤にして、本当に恥ずかしそうなのが妙に面白い。


 そして、やっぱりと思った。


 凪城さんがこんな恥ずかしい思いまでして(私たちがさせたのだけど)こんなことを言い出したきっかけは、私たちの気持ちに近づくようになったきっかけを作ったのは巽さんだ。


 それを考えたら、言葉は自然と口をついて出ていた。


「まあ、好き。だね」

「好きです……っ」

「一応……」


 嘘だった。恥ずかしすぎて「好き」という単語を口にできなかった。

 二人は言ったのに……。


「…………っ!」


 そしてもう一人ヘタレがいた。

 目の前で顔をリンゴのように赤くして、うずくまっている男だ。


「やい、凛、美女に囲まれて照れるな」


 そして、そこにチョップを入れた人間がいた。


「え、巽さん?」「美麗ちゃん?」「みれーさん!」

「やあ」

「やあ、って……」


 そこにはなぜか知らないが巽さんがいた。


「みれーさんも呼ばれてたんです……か?」


 ちょっと聞きづらいことに、生田さんが恐る恐る質問をする。


 すると、巽さんは目をこすりながらあっけらかんと答えた。


「いや? 私きのう凛の家に泊まったから」

「へ?」


 それからじーっと3人で凪城さんの方を見る。


「まさかこれが」

「うわさに聞く」

「キープというやつでは」

「違うわ‼」


 凪城さんが声を張り上げて否定するが、振った女を自分の家に泊めておくとか……。


「誤解、誤解です! 普通に家で仕事してただけです!」

「でも夜を一緒に過ごしたのよね?」

「ちゃんと別の部屋で寝たわ! 俺、そこのソファで寝たから!」

「ふーん」


 と、とにかく、と凪城さんは逃げるように言葉を継ぐ。


「俺はみんなのことをもっと知らないといけないと思うんだ! ……ちゃんと結論を出すためにも」


 結論を出す。その言葉に、少なからずこの場に緊張感が走ったのを感じる。

 凪城さんが先延ばしにしていたこと。そして、私たちも同じように先延ばしにしていたこと。

 それに終止符を打つと、凪城さんは言ったのだ。


「だから、そのためにも」


 凪城さんはそれから大きくお辞儀をして。


「お、お、俺と、デートゥしてください!」


 ――あ、噛んだ。


 ―――――――――――――――――――――――――




「噛んだ?」

「噛みましたね」

「せんぱい……」


 嚙んじゃった。いや、もう盛大に嚙んじゃった。


 ――は、恥ずかしすぎるんだが‼


「それで返事のほうは……」

「噛んだのをなかったことにした」

「都合いいですね」

「いやでも、ちゃんと顔は真っ赤ですけどねっ」

「………………」


 何事もなかったかのように話を続けようとしたが、だめだった。

 いや、それくらい見逃してくれても……。


「ていうか、3人同時にデートの申し込みってどうなんでしょう?」

「うっ……」


 さらに、春下さんから痛いところを突かれる。


「しかも3人いる目の前で」

「うっ……」

「悪びれもせず」

「わ、悪いとは思ってるけどさ! 思ってますとも!」


 鋭い春下さんの指摘に、声を振り絞る。

 いや本当によくないとは思ってるけどさ! でもひとりずつってのもなんか違うと思わないですか! 思わないですか……。


「女たらし?」

「おい美麗、それだけは違うからやめてくれ」


 というか、そろそろ本題に戻りたいんですケド……。


「俺だってふざけて言ってるんじゃないってことだけは分かってくれ……。いろいろ考えて、出した結論なんだよ」


 美麗のことを振ってから、たくさん考えた。

 どうするのがいいのか、どうするのが一番美麗に対しても真摯で、ほかの3人に対しても誠実なのか。


 そして、俺がどうしたいのか。


「全員の気持ちにこたえることはもちろんできないけど……。振るにも、ちゃんと相手のことを知ってからじゃないといけないって、そう思ってさ」


 たしかにここにいる人間のことは、美麗も含めてよく知っているつもりだ。つもりだった。

 それでも、先日のライブの準備。その中で俺は知らない美麗の素顔をたくさん見た。


 そもそも、ここにいる人間とは仕事上の関係しかない。

 プライベートのかかわりなど、ほぼゼロと言っても過言ではない。


 だから、もっと知らないと。もっと素のみんなを知らないといけないと感じた。



 そのために俺は真剣にみんなに言った。



「俺に教えてくれないか? 素のお前たちを」


 俺の言葉を聞いた3人は、それから顔を見合わせる。

 それから、伺うように美麗の顔を見た。


「いいんじゃない、行けば」


 視線を目ざとく感じた美麗は、そして眠そうに言った。


「どうせ、内心では行きたくてしょうがないくせに」

「「「――なっ!」」」


 それからすぐさま美麗の口はふさがれた。

 3人の手による、素早い犯行だ。


「な、なにを言ってるんだろうね美麗ちゃんは」

「みれーさんったら、変なこと言うんですねーっ!」

「か、勘違いしてるみたいですね!」

「……………………」


 もーまったく、と言いたげの3人だが、まさかそれで証拠隠滅できたと思っているのだろうか。


 さすがに俺でもわかるレベルで暴露されてたけど……。


 そして3人は顔に汗を浮かべたまま。


「しょ、しょうがないですよね。凪城さんがそこまで言うなら」

「まあ、凛くんの頼みだし? 別に行きたいとかじゃないけど」

「ち、ちょうど予定も空いてますしねっ」


 などと言った。


 いや、あずさ。俺はまだいつ行くとか言ってないが。予定空いてるってなんだ。


「ただし、条件がありますっ!」

「条件?」


 そのあずさが、声を大きくして(動揺を隠すためだろう)、俺の方を指さしてくる。


「はい! デートのプランは私たちが決めること! それでいいですねっ!」

「わ、わかったけど……」


 そういうわけで、大事な大事なデートの申し込みは、なし崩し的に成立したのだった。

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