第111話 デート(あずさ)①
待ち合わせは原宿駅。
つい最近まで現役だった木造駅舎のほうはオリンピックが終わると取り壊しになるらしい。
代わりにできた新駅舎が、JR原宿駅という名を冠することになったというわけだ。
「お待たせしちゃいました~っ!」
そのホームから現れたのはあずさ。
「どうも、どうも」
「別に走らんでいいだろうに」
「いえ、先輩の姿を見たら走って来たくなっちゃいましたっ」
いじらしく笑うあずさは、おとなしめの黒と白のスニーカー。
七分くらいのスキニーに、上はゆったりした首元が開いているタイプの服、
頭にはベレー帽としか俺の語彙力では表現できない栗色のひらぺったい帽子に、茶色のまんまるサングラス。そして当然のようにマスク。
頭までが単純な美少女であるのに対し、頭部分があまりにもユニークなのは当然変装のためなのだが……。
「あずさ……隠せてないような気がするが」
「ええ? そうですかね~」
主張が強いし、かといって似合ってないわけでもないということで、奇異というよりは注目されて視線を浴びている。
変装目的なら確実に失敗と言える。
「早くここから離れるか」
「ちょっと待ってください」
ここじゃ目立ちすぎると思って移動を促したが、俺の手をあずさは軽くつまむ。
「まだ服の感想をもらってないのですがっ!」
「そりゃさっき言っただろ……。変装に合ってないというか」
「そういうのじゃないですーっ!」
頬を膨らませたあずさは、だが急に小悪魔のような笑みを浮かべるとサングラスを外し始めた。
「なっ、急に何し始めるんだ!」
「ほらほら、早く言わないとバレちゃいますよ~っ」
「バレて困るのお前だろうが‼」
「はい、まずマスクから~」
「わかったわかった!」
はあ、とため息をついた後、物欲しそうな顔をしているあずさに対し小さく言った。
「いや、まあ、かわいい、けども……」
けどもってなんだけどもって。かわいいけどってなんだ不満なのか凪城凛。違うな? ただ馬鹿なだけだな馬鹿め。
「……さすが恥ずかしがり屋の先輩。……まあ、今日はこれくらいで許してあげますけどっ?」
「なぜにお前まで照れる」
「だって…………ほら、早く行きますよっ‼」
ふん、と言わんばかりの俺の手をひっぱって駅から離れるあずさ。
下手に照れられると、もう一回こっちも恥ずかしくなるんだが。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「んで、どうしてこうなったんだっけ?」
目の前にあるどでかい容器を見て、素朴な疑問を呈する。
どでかい容器、というのはなにかと言えば、1メートルくらいありそうな高さにラーメンのどんぶりと同じくらいの直系のある、タピオカミルクティーの入った容器のことだった。
「しかもストロー一本」
ああ、どうしてこんなことになったのだろうか。
「よしっ、これだけあれば一年分のタピオカを満喫できますね!」
「――この脳みその足りてないアイドルのせいじゃねえかああああぁぁぁぁぁぁああ‼」
「いやあ、タピオカの流行にあまり乗れなかったもので」
「量があればいいってもんじゃねえよな? なあ、そうだよな? 俺が間違ってんのか?」
俺が間違っていてあずさが正しいというのなら、俺はこの世界に生きていられないだろう。
「――実食、実食っ!」
「マジで食うんかこれ……」
しかもストローが1本なのは、店員さんに悪戯をされたからだ。
カップルと勘違いされた挙句、ストロー切らしてまして……とか言われた。そもそもなんでカップルにはストロー1本で十分だと思ってるんだ?
……やっぱりこの世界は何かが間違っている。
「てか、タピオカって噂に聞くとカロリーめちゃくちゃ高いらしいんだけど、大丈夫か?」
「女子になんてこと言うんですかっ‼」
「いや、単純に気を遣っただけなんだが……」
体重と年齢の話を女性にしてはいけないというのは本当らしかった。
「ほら、先に飲んでいいから」
「ありがとうございますーっ!」
そういってあずさは対タピオカ用の2.2㎜口径ほどのストローを相手に一生懸命格闘し始めた。
ぎゅーっと音が出そうなほどに力いっぱいストローを吸うと、黒い球体が赤透明のストローを通過していく様子が見える。
ひとつずつポンポンと吸い上げられていったり、連続でムカデ競争みたいにつながったまま吸い上げられていったり、見ているだけでも意外と楽しい。
「ぷはーっ。やっぱおいしいですねっ!」
「そんなプールから顔を出すみたいな効果音出すな。まあ普通にタピオカって美味いよな」
「はい、どぞーっ!」
今度は先輩の番です、と言わんばかりにどでかい容器を渡される。
そのストローには、無防備なあずさの唇に乗っていた桃色の口紅が少しついていた。
「先輩? どうぞー!」
下手に意識するのもよくないし、かと言ってティッシュで拭くと「汚いと思ってる」と思われ相手に嫌な思いをさせる。
諦めて間接キスを受け入れるしかない……そう思って口をつける。
その瞬間。
「あー先輩! 間接キスですねーっ!」
「ぶふぅうううううっぅぅぅおっっ‼」
そんな無邪気に言うな! 人がせっかく意識しないようにしてたのに!
「ふっ。馬鹿だな。間接キスくらい意識することもなかろうて」
馬鹿は俺だった。勢いに任せて大人ぶった。
まあこれくらいがよかろう。そう思ってちょっとさっきよりも大人しめにスタバでかっこよくタイプしているサラリーマンを意識してタピオカに口を付けた。
「えー先輩とか気にしそうなのに~。あ……もしかしてほかの女の子とキスしたことあるんですか?」
「ぶふうううぅぅぅうぅううううう!」
げほっ、げほっと今度は大きくせき込んでしまい、あずさに心配される。
背中をなでる手がやけに小さくて落ち着くことはできなかった。
「ちょっと本当に大丈夫ですか!」
「ああ、大丈夫だ……。ちょっとな」
「まさか、本当にあったんですか⁉」
「いや、まさかな? まさかだよ」
そう言いながら、美麗にキスされた日のことを思い出す。
桜色に浮かぶ唇、ほどよく水気を含んだ唇、果実の香りがする唇。
忘れられることのできないもので、鮮明に記憶に残っていた。
「先輩、汗すごいですが」
「のどが渇いたから、そこのタピオカを全部もらおうか!」
もうあずさにこのタピオカを返すことはない。
返してやらないからな!
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