第55話 配信開始

 風城冷のライブ開始2時間前。


 通知が来てから約10分くらいして、既に視聴者数は5千人を超えていた。


「さすが風城冷だね……」


 私もそんな5千人の中の一人。


 時刻はもうそろそろ19時を回る。仕事を終えた人も、配信の存在に気付いて待っているのだろう。


 しかし、これだけ人が集まるのには理由があった。


『風城冷が配信? 初めてだよね⁉ ついに顔出すのかな⁉』

『いやー、ないでしょ。弾き語りとかじゃない?』

『え、じゃあ普通に話してる声とか聞けるのかな!』


 コメント欄はまだ配信が始まってもいないのに盛り上がりを見せる。


 そう、今回は風城冷の記念すべき初の生配信。


 今までは動画を投稿するだけだった風城冷とリアルタイムでつながることが出来る機会なのだ。


 ユーチューブライブと言えば、実際にコメントを配信者が読んでくれたりして、直接配信者に自分たちの声を届かせるチャンスなのだ。

 私も一般のファンを装って絶対にコメントしたろ。


 まあ、そんなおふざけはともかく。


 題名もないこの配信。見に来ている人の層は様々だった。


 作曲家としての風城冷の素の部分を知りに来た人もいれば、歌手としての弾き語りを期待する人もいる。

 あとは新曲を発表するんじゃないかとか、ただなんとなく見に来たって人もいるんだろう。


 これだけ視聴者がそれぞれ別々の理由を持って集まってきているのは、それだけ風城冷という人間が多才だということだ。


 じゃあ私は何のために見に来ているかって?


 それは――何か予感がするからだ。


 私のスキャンダル。そのすぐ後に決まった風城冷の、つまりは凪城凛の生配信。


 何かがある、それも私に関係することで。

 そう思ってしまった。


 いや、これは本当にただの自意識過剰かもしれない。

 もしかしたら今日のことで立ち直ってくれて、私のスキャンダルとは別件で復活する術を模索しているのかもしれない。

 それだとしたら、ちょっと恥ずかしいけど。


 でも、それならそれでいいと思う。


 凪城くんが復活しようと前向きになってくれているなら、それは本当に心の底から嬉しい。


 自分みたいな人間が、風城冷という天才を沼の底の方からから引き上げられたとするなら、それは私の人生が壊れたって余りある功績だ。

 世間的に見たらおつりがくるくらい価値のあるものだ。


 だけど、チョットだけ悔しいな。


 私は凪城くんと同じ世界にいることが出来なさそうだから。

 折角復活しても、同じラインに立てそうにないから。


「いや、もしかしたら凪城くんがコネを使ってくれるかも⁉ なーんちゃって」


 凪城くんが本気で作曲家にでもなったら、コネで起用してもらえそう……なんて馬鹿なことを考えてはすぐに頭から除外した。


 凪城くんが私のためにそんなことをしてくれるとも思えなかったし、そもそも私をそんな気にかけてくれるとも思えなかった。


 ――いや、多分頼んだら私のために色々とやってくれたりするんだろう。


 でもそれは頼まれたからであって、私が大事だからとかじゃない。


 凪城くんにとっては私みたいなのは取るに足らない存在だ。


 雲の上から、わざわざ地に這いつくばっている人を助けようとなんかしないだろう。


「――あーやめやめ! 今日は風城冷の配信だけ楽しむの!」


 せっかく彼が配信をするのだというのだから、それを純粋に楽しまなければもったいない。


 どうせお先真っ暗なんだし、今は楽しいことだけを考えないと。


 というような思考から現実に戻り時計を確認すると、配信時間まで残り1時間というところになっている。


 途中でお風呂に行くとかはさすがに嫌なので、先にシャワーを浴びておく、ついでにお肌のケアも。


 お風呂上がりの血流がいいときに念入りにマッサージをすることで、足がむくんだり疲労が残ることを予防。

 こういった行動は既にルーティーンになっていたので、最初は仕事のために始めたけどもう今更やめるということもない。

 一種の職業病なのだ。


「ふぅ。よしよし」


 お風呂上がりのコーヒー牛乳を片手に、リビングのマットに横になって携帯を自分の見やすい位置にセットする。


 準備万端だ。


「お、のこり1分」


 どきどき、わくわく。


 興奮と同時に、何故か自分のことのように緊張する。


 もし顔出しなんかした時には、気が気じゃないよ。

 みんなはどんな反応をするのか、別に何か心配があるわけじゃないんだけど、ちょっとでも悪口とか言われたら私がへこんじゃう。

 私は凪城くんの保護者かっつーの。


 それから間もなく、配信の予定されていた時間になった。


 でもまだサムネイルは変わらず暗闇のままだし、声も聞こえない。


「くっそう、焦らしてきやがる……!」


 一丁前のオタクみたいに独り言ちて、それと同時に心拍数がどんどん上がっていくのが自分でもわかる。


 落ちつけ~、落ちつけ~。

 こういう時は写経でもしたら落ち着く……らしい。しないけど。


 そしてやがてミュートが解除されたのか、マイクが拾う環境音とギイギイという音が聞こえてくる。


 なになに……? 何をするつもりなの……?


 見ている人たちも私の気持ちといっしょなのか、コメントの方もざわつき始めた。


『そろそろ、そろそろなのかッ⁉』

『音声だけっぽい?』

『なにか声出してください!』


 マイクの音が入り始めただけで、一気に活気づくコメント欄。


 私も調子に乗って、スーパーチャットと言って配信者に投げ銭をする機能を利用しようかと思ったが、どうやらできないように凪城くんが設定をしているらしい。


 むー、ケチ。


 何もできずにただ受け身になるしかない状態にもどかしさを感じつつも、コーヒー牛乳でのどを潤して落ち着く。


 そうして落ち着いてみると、配信の方から足音が近づいてくる音が聞こえてきた。


 そろそろだっ!


 理由もない言うなれば第六感みたいなものが働く。そろそろ始まる気がした。


 そしてそれに呼応するように。


『あー、あー、聞こえますかー。……って言っても分からないか……』


 ――きたッ‼ 凪城くんの声だ‼


 テンションが爆上がりして、スワイプ操作で素早く『聞こえますよ!』とコメントした。

 どうしてか、一番乗りにコメントをしたかった。


 だけど同じようなコメントが山のように流れていき。


『あ、そっか。コメント見れば分かるのか……! みなさん、ありがとうございます……』


 なんて凪城くんもコメントの存在を思い出す。


『天然?』

『馬鹿なの?』

『初めてなんだから仕方ないでしょ』


 ちょっとコメントが荒れ始める。

 馬鹿とはなんだ馬鹿とは。言った人、ちょっと表に出なさい。


『あー、す、すみません……。不慣れなものですから……』


 なんて、自信なさげにいうもんだから、「しょうがないですよ! お茶目なところもかわいいですよ!」とフォローしておいた。

 さすが私、ナイスフォローっ!


 と、そこで凪城くんが視聴者からの質問に反応する。


『今日は何をするんですか? あー、まあ、記者会見みたいなものですね……。まあさすがに記者会見するほどの地位もありませんので、こういった形にさせてもらいましたけど……』


 ――記者会見?


 思いもよらなかった単語が凪城くんの口から出てきたので、私も視聴者も騒然とする。


『記者会見? なんかやらかした?』

『もしかして活動休止とか⁉ やめないで‼』


 色々と憶測が飛び交うコメントを見て、私も一つ一つに不安に駆られてしまう。


 それからしばらくコメント返信が無くなり、私の動揺は加速する。


 答えづらい質問だということなのだろうか。


 嫌なことを次々と妄想してしまう中、突然画面が白色に変わった。


 画角の中には、一人男が見える。


 誰かは一瞬で分かる。大体このチャンネルは凪城くんのチャンネルだし。


 だけど、そんな思考を経由せずとも、彼が彼だと一目で分かってしまった。


 それは、彼が――凪城くんが、今日私の見ていた姿と全く同じだったからだ。


 同じ服、同じ髪型。そして、素顔。


『どうも、風城冷です』


 その挨拶でようやく事実を認識できた私は、あまりの驚きに卒倒しそうになった。









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