第56話 弁解
『え、なにこのイケメン』
『まさかのご本人⁉』
『若いな‼ 風城冷ってこんな若かったの⁉』
『なんだ、ただのイケメンか』
カメラがオンになったことにより加速するコメント欄。
突然現れた格好の良い男に対し、湯水のようにコメントが溢れてくる。
『20代?』
『若すぎて草』
『イケメンですね生まれてきてくれてありがとうございます』
あまりにもコメントが流れるのが速すぎてじっくりと一つ一つを読むことはできなかったが、おおむね凪城くんに対して高評価が多い雰囲気だった。
たしかにこうやって正面から見てみると、やっぱりイケメンだったなあと私も思う。
『えと……風城冷です。……すみません、ちょっと恥ずかしいですね』
何を恥ずかしがることがあるんだ⁉ このイケメン‼
イケメンは胸を張れよ、ってどんなヤジだよ。
というか、そうだ。顔出ししちゃって大丈夫なの⁉ 大学とかもあるし、まだ学生という身分で顔出しはリスクが高すぎないか⁉
保護者じゃないくせに親のように心配してしまう。
『そうだ……あ、でも……。ん? あ、うーん……』
そしてカメラの前で凪城くんはあたふたとしている。
あ、なんか慣れてない初心者って小動物みたいだね。可愛い。
じゃなくて‼ もう、私も落ち着きがないな!
と、そこで、私たち(勝手に凪城くんも含める)が初めてのことに戸惑っていると、核心を突いたコメントが流れていくのを目にした。
『え、風城冷って水野雫の彼氏なん?』
心臓を鷲掴みにされたような、さらに冷や水をぶっかけられたと同時に心拍数が上がっていくような。
そんな矛盾した、ごちゃまぜの感覚になる。
そうだ、あの私が炎上してしまうきっかけになったあの写真では、凪城くんは変装を全くしていなかった。
あの時点では彼は顔もバレていなかったし当然なのだけど。
でも今は事情が違う。こうしてみんなの前に顔を出してしまったのだ。
「何やってんの、凪城くん‼」
凪城くんがやらかした盛大なミスに気が付き、すぐに行動に移す。
ミスを取り返すためにとりあえずコメントをする。
「似てるけど人違いじゃ……って服も一緒だからなぁ……」
だが、服装まで一緒となればフォローは難しかった。
顔だけならうり二つの人間とでもいえばよかったんだけど……。
――ほんと、どうしてこのタイミングなのよッ!
あの写真が上がってから1か月とかそれくらい経っていれば、みんなの記憶から私のことも消えて、あの写真の男と風城冷が結びつくこともなかったのに!
心の中で凪城くんを責める。
いくら精神的に前向きになったとしても、これはさすがにマズい。
風城冷の評判さえも落ちてしまう。
たのむっ! たのむからあのコメントはスルーされてくれ‼ 誰も見つけるなっ!
そう祈ることしかできなかったのだが。
『あ、いま、水野雫さんって言葉がありましたね』
「え?」
何故か自らそのコメントをピックアップしてしまう凪城くん。
「ちょっとぉぉぉおおおお‼ 何してんの⁉」
ご近所がいたら迷惑になっていたかもしれないくらい、大きな声で突っ込んでしまう私。
いやでもさすがにこれは意味不明だ。
自ら墓穴を掘りに行くなんて。
『え、もしかして水野雫の彼氏って風城冷なの?』
『たしかに、写真に写ってた男に似てるかも』
『さすがに水野雫みたいに売れてる奴が普通の男を選ぶわけないか』
最初は数人だったかもしれないけど、もうみんなが写真の男と風城冷を結び付けてしまっている。
完全に失敗だ。もうどうすることもできない。
それでもどうにか凪城くんのミスを取り戻せないかとあれこれ考えてみたが、手詰まりになってしまった。
私にはこの状況を変えられる方法が思いつかなかった。
なんで、なんで凪城くんは……‼
私は怒りにも似た何かを感じていた。
せっかく良くなっていたのに、私の人生を使い切ってようやくいい方向に向かっていたのに。
どうして自分の首を自分で絞めるの?
私の頑張りも全部無駄になっちゃうじゃん……‼
あなたはもっと上の方で頑張らなきゃいけないのに!
そんな押しつけがましい怒りを感じて、それからこの世の不条理を嘆く。
――自分の人生すらままならないんだから、他人をどうこうしようなんて無理に決まってるよね。
みたいな達観したことを考えていると。
そこでようやく動画のほうに意識が戻った。
『僕と……じゃなくて、わたくし風城冷と水野雫さんは付き合っておりません』
私の気持ちとは裏腹に力強く宣言する凪城くん。
なぜかその言葉に傷つきそうになったけど、それ以上にいまさら言っても無駄じゃないかな、と思ってしまった。
ネットの世界はそんなに甘くない。事実じゃないと分かっていても拡散されることだってあるのだから、本人が否定しているだけじゃ余計火に油を注ぐだけだ。
――これで私も凪城くんも終わっちゃうのかな。二人して仲良く足を引っ張り合って、どん底かあ。
なんかちょっとだけ嬉しかった。こんなことは不謹慎だってわかってるし醜い感情だってことも分かってるけど、自分だけが終わってしまうより安心できた。
それに同じ境遇どうしでさらに仲良くなれるかもしれない。
なんか、気楽になってきた。
「――って、そんなわけないでしょうがぁぁぁぁッッ‼‼」
違う。そんな感情が出てきてはいても、それはふっと湧いて出た一時的なもの。
そんなのは自分の本心じゃない。
ポロっと出てきた新参者に過ぎない。
違う、私の根底にある感情は……違うッ‼
もっと凪城くんに活躍してほしい!
もっと凪城くんが輝いている姿を見たい!
――そして、もっと笑顔の凪城くんが見たいんだ。
諦めるな私。何か考えろ何か考えろ……‼
嘘をついてでも――それをしたら本当に凪城くんに嫌われちゃうかもしれないけど――どんな手を使ってでも弁解しなくちゃ!
とりあえずはコメント欄の流れを変えなくちゃ……と思って視聴者のコメントを見に行くと、しかし不思議なことが起きていた。
『なんだ、彼氏じゃないのね』
『じゃあまだ雫さまはフリーでござるか⁉』
『やっぱりね。ワイは最初からそうだと思ってた』
「なにが……起きてるの……⁉」
先ほどまであった火種が、きれいさっぱり鎮火しているのだ。
さっきまであった、叩いてやろうという雰囲気が全く残っていない。
なんで? どうして?
答えを求めるように凪城くんの映像の方を見ると、彼は私の疑問に答えるかのように言った。
『風城冷と水野雫は、ビジネスパートナーです。僕が曲を作って、彼女がそれを歌う。それだけの関係です』
私は、彼の言っていることがよく理解できなかった。
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