第57話 復活
なんであれだけ色めきだっていたコメント欄が、こんな簡単に収まってるの?
不思議に思って考えてみても、答えは出ない。
だって、私の知ってる――今日知ったばかりだけど――ネットの火は、そんな簡単に消えるものじゃないから。
そんな理性的なものなんかじゃないから。
もう頭が回らなくて、そしてそれ以上の安堵感で一気に脱力する。
軟体動物みたいにゆらゆらと溶けていって、ベッドの横にもたれかかる。
「何したっていうんだい……凪城くん……」
なんだかいっそのこと、今日の出来事が全て夢の中での話でした、と言われた方が納得してしまうほどだ。
楽しい出来事があって、そのあとどん底に突き落とされて、そして何事もなかったかのように終わりを告げる。
こういう脈絡のなさそうなストーリーは、なるほどたしかに夢みたいだ。
『すみません、では多分聞きたいことや疑問に思うことがあるでしょうから、それらについて答えていきます。本当にやましいことはないので、なんでも聞いてもらって大丈夫です』
そして凪城くんは緊張しながらも堂々としている。
まあたしかにやましいことは……うーん、なくはない。
私が凪城くんの立場だったら、こんな堂々とはしていられない。
恋愛感情が無いというのは、多分ウソになっちゃう。
ということは裏を返せば、凪城くんは私に恋愛感情を抱いてな……それ以上はやめときますか。
黙って、配信の成り行きを見る。
『どうしてクリスマスイブに二人でいたんですか』
『それはですね、雫さんが多忙でここしか予定が空いていなかったからですね。僕の予定が空いていたことは言うまでもないことですが。クリスマスイブになってしまったのは、偶然です』
これは事実だ。本当は私から誘っているけど、たしかに今日しか空いてなかった。
『この写真の後、どこにいったんですか』
『えっと……お恥ずかしながら、サイゼです……。本当に恥ずかしい話なんですが、貧乏なもので……。あ、でも、もちろん奢ってもらったりとかはしてません! 割り勘です!』
これも事実だ。コメントのツッコミを見てちょっと焦ってる姿がかわいい。
こういう裏表のなさそうな対応が、今回の騒動が魔法のように収まった理由なのかもしれない。
いや、でも『割り勘』を堂々と言うことでもないとは思うんだけどね……。
『雫さんはサイゼで何を食べてましたか?』
『それは……雫さんの事務所の許可を得てからの方が良いような気がしますね……。とてつもないものを食べてたわけじゃないですけど一応……』
なんで私を変なもの好きみたいなキャラにしてるんだこの男は。
私が食べたのは普通のイカ墨パスタだし! それくらい事務所の許可なんか要らんわ!
『雫さんのことをどう思ってますか?』
――と、ここで直接的な質問が飛んできた。
これは純粋な疑問であるのと同時に、まだちょっと疑いの気を残した人がいたのだろう。
答え方を間違えたらまたさっきの火がぶり返してしまう。
そして、それとは別の理由で私は緊張していた。
「凪城くん、私のことどうおもってるんだろ……」
そういえばそういったことについては聞いたことがない。
握手会の時にちょっとはおしゃべりをしたけど、彼が私のことをどう思ってるかは聞いたことないんじゃないかな。
『雫さんについてですか……? そうですね……』
そしてこういうタイミングでは絶対に焦らしてくる凪城くん。
こいつ、絶対にわざとだな……?
『いや、まあもちろん美人な方だなとは思います。めちゃくちゃお綺麗ですし……』
「え、ほんと⁉」
そういった外見については無頓着なタイプだと思ってたから素直に嬉しい。
めちゃくちゃ、ってついたところまで子々孫々語り継いでいこう。
『しかもとてもお優しい方で、すごく気を遣える人でもありますし……』
立て板に水の褒め言葉。
なんか常套句っぽいところは残念だけど、それでも喜んじゃってる私は単純すぎる。
チョロインですか。
『仕事にも誠実に向き合ってらっしゃって、かっこいいと思います』
そして仕事について褒められるのはもっと嬉しい。
実は私って仕事に関して褒められたことはあんまりないんだよね。まだまだだからなんだけど。
でも、ここまで盛り上げに盛り上げてくれたのだから、オチは分かってる。
『でも……恋愛対象にはなりませんね」
このパターンだ。上げて落とす、このパターン。
どうせ、タイプじゃないだの声が合わないだの話が面白くないだの、なんやかんや言われるんだ。
ちくしょーっ!
『あんないい人なんて……僕じゃ釣り合わないですよ』
……え?
『付き合おうという発想に至らないです。不釣り合いの人と付き合っても、すぐに破綻しちゃいます。あ、とは言っても前にラジオでも言った通り僕は彼女が居たこともないので、想像ですけど……』
え、私、そんな風に思われてたの……?
お世辞じゃなく? お世辞じゃない? いやいや。
タカタカとコメントを急いで打つ。
『お世辞乙』
これは「お世辞お疲れ様です」という意味で、皮肉にたいして言うようなネットスラングだ。
つまりは、私自らそれお世辞でしょ? と聞いているようなもので、まあ言ってしまえば自虐だ。
そこに込められた思いは……言うまでもないだろう。
『お、お世辞ッ⁉ お世辞じゃないですほんとです! 本当に雫さんはすごい人なんですよ!』
その思いは届いたのか、私のコメントは凪城くんに拾われた。
もしかしたら他の人も同じようなコメントをしたのかもしれないけど。
――そう、否定してほしかったのだ。お世辞じゃないと言ってほしかった。
それすらもお世辞かもしれないけど、自己満足かもしれないけどっていうか絶対に自己満足だけど。
それでもこの反応を見る限り……。
「ほんとうに、そう思って……くれてるんだぁ……」
泣きたいくらいうれしかった。
あの風城冷に認められたことが、本当に嬉しかった。
彼の曲を最初に聞いてから、ずっと憧れだった。
彼の影響で私も歌を歌い始めたし、彼がいなかったら私はここまでやってこれなかった。
ずっと憧れてずっと大好きだった存在に、こうやって認められたことがうれしくてうれしくて。
『優しくて容姿も綺麗で、それでいて仕事に熱を持って臨んでいて、あれだけハイクオリティのことをしているなんて。本当にすごいと思います』
「ここまで頑張ってきて、よかった……」
心からそう思えた。
凪城くんに対しては、恋愛感情もあるけど何より憧れがあったのだと気付いた。
どっちが強いのかはわかんないけど。
――ううん、どっちでもいいかな。
だって、これらは比べられないんだもの。
「ああー、あはははっ!」
本当の意味で心が軽くなったような気がした。
何か、今日だけじゃない最近ずっと抱えていたものがすっきりしたような、そんな気持ちだ。
こうやって気付いてみると、大した感情は持ってなかったんだなとわかる。
何を悩んでいたのだろうという気さえしてくる。
そして、嬉しいことは続く。
配信の最後に、凪城凛はこう言ったのだ。
『一か月後、そんな雫さんのために、僕が作った曲を披露します。よかったら……聴いてください』
それは、日本中の、いやそれどころか世界中かもしれないけど、とにかくたくさんの人が待ち望んでいた風城冷の復活だった。
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