第4話 初対面

 ファミレスに入った俺たちは、ひとまず早いがお昼を頼むことにした。


 自分は朝何も食べていなかったのでハンバーグセット、春下さんはミラノ風のドリアを頼む。


 彼女は常ににこやかにこっちを見ていて、その笑顔が最初の失敗を引き継いでいるものだと分かっていた俺はどうしてもいたたまれない。


 作詞、作曲者の尊厳 そんげんゼロである。


「あ、あの! ファミレスなんかで良かったですかね。ファミレスなんかとか言っちゃうのもあれですけど……」

「いえいえ。私もこういうところ、たまに来るんですよ」

「えっ、そうなんですか! 意外です」


 こういう人でも、こういうところに来るんだな、と少し親近感がわいた。


 あちらはそういう反応に慣れているのか、それとも子供のように反応する俺を幼稚だと思ってか、苦笑いをしていた。


 それで、こんなことを言ってしまう。


「あの……、最初のやつは忘れてください。あ、そうだ! 『いま来たばかり』だったんですよ」


 そう俺が思い出したように言うと、とうとう彼女は堪えきれなくなって「ふふ……ふふっ……」と声が漏れてくる。


 おかしい、たしかデートで待ち合わせをするときはこれを言えって、あずさに言われたんだがなあ。


 不思議がる俺を見て、春下さんは目の涙を拭きながら教えてくれる。


「そのセリフは言い訳するための言葉じゃないですよ。女の子を安心させるためのものです」


 むっ、少し意味が分からなかった。ただここでそれを言うのもなんなので後で調べよう。


「それに、『あっ』って言いましたし」

「それは、その、あそうそう。どんなことを言われてもあっ、って言うつもりでしたから」

「へえ、それはほんとですか?」

「試してみますか?」

「昨日私のプリン食べたでしょ」

「あっ」


 腹を抱えて笑う春下さん。思ったよりも笑いのノリがいいみたいだ。


「ほんと、凪城さんは面白いですね」

「やっぱり馬鹿にしてますよね」

「いえいえ、そんなことないですから」


 とぼけられたので追及しようとしたが、その前に料理が運ばれてきてしまったので保留になってしまった。


 春下さんの方は笑いが止まらないようで、しばらく食べることが出来ていなかったが。





 2人ともご飯を食べ終わった段階で、春下さんから話を始める。今回の本題だ。


「あの、楽曲を提供してくださると頂きましたが」

「はい」


 そこで、ああまずは、と名刺を渡す。


 名刺と言っても住所とメールアドレスを書いてあるだけの代物だが。


「あの……携帯番号の方は」

「あ、すみません。携帯の方は持ってなくて」

「え、珍しいですね。このご時世に持っていないなんて」

「べ、別に、僕には必要のない代物だっただけですよ」


 ハマっているアニメのアプリゲームをやりたいと思ったことは何回かあるが、親が厳しく入れさせてもらえなかったので必要なかったのだ。


 特にやり取りをするような友達もいないことだし。


「そういうわけで何かあったらそこに書いてあるメールアドレスに連絡入れてください。別に角ばった形式は必要ないですから、必要なことだけ」

「は、はい」

「あと、会う機会もあんまり増やさないほうがいいと思います。こんな顔立ちなんで、襲われているとか脅迫されているとかで話題にならないほうがいいと思いますから」


 立て板に水の速さで、勢いのまま説明を早口で済ます。もう慣れた説明であり、あまり長々としたくない説明でもある


 ただこういう前置きを曲を提供するときに話したのにも関わらず、頻繁に会いに来る物好きも中にはいるが……。


「今回会ったのも、お互いに人となりだけは知っておくべきだと思ったからです。ネットだけの付き合いはまずいと思いまして。本当は会わないほうがいいんでしょうが」


 ほら、と春下さんに周りを見るように促す。


「えっ……」


 周りにはこちらのテーブルを見て奇異な目や心配する声がちらほらと聞こえる。


「あの二人、どういう関係なの」

「ナンパ? あるいは……」

「あの女の子、大丈夫かしら」


 俺はこういう雰囲気に慣れているが、春下さんにはあまり慣れないものだろう。そして、愉快なものでもないはずだ。


「何かメールだけでは手間がかかる用件なら、メールでその旨を伝えてください。スカイプ、あるいは無理だったら我が家の電話からかけると思います。一応この番号から電話がきたらお願いします」


 ささっと名刺の裏に今住んでいるマンションの電話番号を書いておく。一応大家さんに頼めば電話できることは既に知っている。


 そして、そろそろ周りの目も険しくなってきた頃である。


「ではそろそろ失礼しますね」


 会計を持ってその場を立ち去ろうとする俺。


「ちょ、ちょっと!」


 そこを慌てて春下さんに引き留められる。いきなり席を立ったのでこちらも動揺して振り向く。


「あ、あの、ギャラの方は……!」


 そこでお金の話をしていなかったことに気が付き、慌てて席に戻る。


 退席しようとした手前、格好がつかないがお金の話を大声でされても困るからだ。


 そして不安げな表情で言いだし始める彼女。


「その、とても言いにくいことなんですが……。じつは、あんまりお金が無くて、あの、本当に申し訳ないんですが、今すぐに払えるお金がなくて……」


 言葉通りとても申し訳なさそうに伏し目がちに言う春下さん。


 だが俺はというと、意外感を覚えていた。


 引退したとはいえ、元はかなり売れたアイドルだからお金に不自由のない生活を送っていたと思ったのだが……。当時はまだ未成年ということもあり、お金は親が管理していたのかもしれない。


 とはいえ、そんなこともどうでもいいことだった。


「別にギャラの方はもらっていないので安心してください」

「え……っ?」


 言ったことが信じられない様子で、目を丸くしてこちらを見てくる。


 だから俺は自分の言った内容に説明を続ける。


「あまりお金とかはもらわないようにしてるんですよ。恥ずかしい話、お金目当てになると上手く作れないような気がして……。それにまだアマチュアの分際でお金とかもらうわけにもいかないですし」

「アマチュアなんてとんでもないですよ! あんなに売れてるのに……」

「それでもアマチュアです。お金をもらわないのは自分への逃げもあると思うんですよ。お金をもらわないから、責任もない、みたいな」


 こちらが言い終わると彼女は神妙な顔をして――少し寂しそうな顔でもあったが――しばらくしたのちに、頷いた。


「分かりました。それではお金一切もらわない、わたさないという方針で行きましょう」

「は、はい」


 急に何かを思いついたのか意気揚々と結論付ける春下さん。


 気のせいかな、「お金は」の「は」にアクセントがあったような……。

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