第3話 第一印象は……
『ありがとうございます。嬉しいです。詳しいお話を聞きたいので会って話せないでしょうか。日時を指定していただけたら予定を空けておきますので』
かなり前向きな返事に見えた。よほどのことがない限り決まりの流れだ。
そう思った途端、急に緊張を覚え始めた。
相手はあのスーパーアイドルなのだ。
当時はそのとてつもない人気に追っかけのファンがたくさんいたことを覚えている。
歳が近いこともあって学校で話題に上がったこともしばしば。
そんな雲の上のような存在に会うのだと思うと、身が引き締まってくる。
「まあ、いまさら、なのかもな」
人気女優の
それでも緊張するのは、別に春下鈴音という女性の人気が彼女たちよりも上ということではなく、彼女がスターの中でも身近だからだな。
ほら、下手に雲の上の存在より、知っている人間の方が実感が否応なくあるから。
「とりあえず、日時を決めなきゃ」
引退したとはいえ、スーパースターである。待たせるのは恐れ多い。
とりあえず、今週末の土曜日を指定した。
未だにダイレクトメッセージの交換になってしまっているのは申し訳ないが、会ったときにメールアドレスの方を伝えればいい。
「はあ」
返事を打ち終わって、妙に気を張っていたのが少し緩和される。気付かぬうちにかなり神経質になっていた。
「それにしても」
どんな人なのだろうか。
一体どうして引退したのか、そしてどうして引退したのにこのタイミングで復活を希望し俺の曲を選んだのだろうか。
そもそも、どこで俺のことを知ってくれたのだろうか。
「まあ細かいことは置いといても、美人であることは間違いないよな」
――引退したスーパースターが自分にだけ会ってくれる。
それだけで心躍るような気分になり、その日は快眠することが出来た。
待ち望んでいた週末は、案外にもすんなり訪れる。
もう6月に入り、じめじめとした暑さが不快感をもたらすが、それ以上に落ち着かないのは、これから彼女に会うからだろう。
腕時計を見ると、時間は10時半を少し過ぎたところだ。予定時間は11時だったので、多少早く着きすぎた感じはあるが、相手が相手だけに待たせることもできない。
「というか、ファミレスで対面とか、良かったかな? せめてもう少しおしゃれな場所に。いやでも変に背伸びしても、背伸びしてるのがバレたら嫌だしなあ」
絶え間なく独り言を言っていると、そのうちに一人の女性が現れた。
醸し出している雰囲気が違う。
ワンピース型の服を着ており、ひざ下からはすらっとした脚が伸びている。
なんというか、その、もう美人だった。おい、語彙力。
というか、緊張がやばい。間近で見るべきものではないともう分かる。
その女性は俺を待ち合わせの相手だと見るや、帽子の前側を少し上げてこちらの顔を見る。
「あなたが
そして俺の顔を確認すると、不安げに質問される。
「まあ、そ、そうですね。たぶん、凪城という苗字でファミレスの前に立っているのは、ぼ、僕くらいかと」
余裕を見せようとしたが一瞬で口がどもる。オタクの限界はこれくらいなんだ、許してほしい。
だが、俺の回答にどこか意外さを覚えたのか、彼女はふふっと笑う。
「中で待っててくださればよかったのに」
「あっ」
これは分かる。
大失敗だ。
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