第24話 密室殺人

 それから琴葉の案内で一度、俺の荷物が届いているというホテルに行くことになった。


 時間は正午を過ぎていて、時間を確認すると途端におなかが空き始める。人間ってふしぎ。


 ということで、ホテルのレストランでご飯を食べることになった。


「それで、俺をここに連れてきた目的はなんだ。この日本から離れた島に誘拐して何がしたい」


 まずは前提となることを問う。これが分からなければ俺はこの島でどのようにふるまえばいいのかもわからないし、いつになったら帰れるのかもわからない。


「あ~大丈夫よ。明日には日本に帰るから」

「ほんとか⁉」

「嬉しそうだね、凛くん」

「いや実は、もう既にホームシックを起こしかけてる。初めての海外が突然なもんだから、なかなか心が落ち着かないんだ」


 なんならパスポートだってまだ作っていないと思うんだが……もう細かいことは気にしたら負けなのか?


「んで、どうして俺はここに?」

「んー」


 ステーキの肉をナイフで器用に切り分けながら、琴葉は答える。


「今日さー、写真集の撮影があってね」

「ほうほう」


 なんだか関係のないような話を始める琴葉。


「それでハワイに来たの」

「へえ、それで俺は?」

「うん、付き添い」

「まじで関係ねぇじゃねえか!」


 なんだよ付き添いって! 結構ガチで関係ないやつじゃねえかよ!


「いやー、マネージャーさんとかはいるんだけどね。ちょっと寂しいじゃん?」

「じゃん? じゃねえよ! そんな理由で夜中に拉致らちって海外に連れてくんな!」

「ねえねえ、この後撮影だからさ。それ終わったあと一緒に海で遊ぼうよ!」

「話聞いてねぇ‼‼」


 つーか、そんな雑な理由で連れてこられたのか俺。この世に、寂しいからという理由だけで人を一人海外に拉致るやつがいるなんて知らなかったぞ。

 世の中、奇怪なことであふれてるんだなあ。


 まあ、それでも。


「せっかくの海外、楽しまなきゃ損だよな」

「そうそう。その調子♡」

「お前は反省しろ!」


 琴葉がいい機会をくれたと思って、一日南国の地を満喫まんきつするのも悪くないだろう。


 パーッと泳いで、パーッとはじけるか!




 と思っていた時期が私にもありました。


 海外コワイ。英語ワカンナイ。


 そこら中に腹筋バキバキのイケメンやボンバー級の美少女が居て、異国感が半端じゃない。


 少しの間海に出て泳ごうかと思ったが、一人で遊ぶこともできず一時間ほど海に浮かんだらもう海に居たいとも思わなかった。


 肉体的、精神的ともに疲れてしまい夕方のうちにホテルに戻ってベッドに横になってしまった。


「凛くん、入っていい?」

「ん、琴葉か。もう撮影は終わったのか?」

「うん。もうだいぶ暗くなってきちゃったし、もう撮れるだけ撮れたかな」


 シャワーを浴びた後なのか少し髪の毛に湿気しっけが残っていて、タオルを肩にかけたまま部屋に入ってきた。


「あ、いいよ凛くん。横になったままで」


 体を起こそうとする俺を制して、ベッドの端に腰掛ける。


 遊んで疲れてきた俺と働いて疲れてきた琴葉。それなのに気遣いをしてくれる彼女はとても大人っぽくて、自分の知らない一面だった。


 なんだかそのことが恥ずかしくて、俺は適当に話題を出す。


「琴葉はこうやって海外に来ること、結構あるのか?」

「うん、そうだね~。前に行ったのはパリだったかな?」

「お、というとあれか。ベルサイユか、ベルサイユ宮殿に行ったのか。写真見せてくれ」

「なんか凛くんっていつも大人っぽいのにそういうとこ子供っぽいよね」


 ちなみに俺が今一番行きたいのはアメリカだ。ニューヨークかっけえ。


「逆に凛くんは最近、何やってたの?」


 琴葉はベッドの上でなにやらごそごそとしながら聞いてくる。頭でも拭いているのだろう。


「俺は最近働き始めた。俗に言うインターンというやつだ」

「へえ、それはまたどういう心境で?」

「俺だって大学三年生だからな。そろそろ将来に向けて動き出さないと」


 大学三年生と言えば、そろそろ遊ぶ時期でもないのだ。モラトリアムの期限はもう近い。


「またそんなこと言ってる。音楽の道に進めばもう将来なんて約束されたようなものなのに」

「だから何回も言ってるだろ。音楽は趣味で、仕事にはしない。プロには……向いてないよ」

「ふーん」


 何かつまらなそうな声で返事をする琴葉。


 それから一息ついて、核心に迫るようなことを言う。


「やっぱりプロになるのは?」

「……」

「音楽家になって、逃げ道をなくす。俺は素人しろうとだ、っていう言い訳を失うのが、怖いんじゃないの?」


 そう……かもしれない。一度仕事にしてしまえば容赦なく評価が下るし、その評価を受け止めていきながら仕事をしていかなければならない。退路は断たれる。


 大学なんて半端はんぱに通っているのも先延ばしにしているだけなのかもしれない。


 それでも。


「……俺は仕事にしない。自分に自信がもてるほど才能があるわけじゃない」


 音楽の道は、また琴葉がいるような業界は才能がなければ腐るだけ。誰も助けてはくれないし、頼れるのは己の力のみ。


 俺にその資格はないはずなんだ。


「そう」


 自分なりの答えを出すと、琴葉はどこか満足したように頷く。


「まだ答えを出せとは言わないわ。それでもこの世界に来るっていうなら、私は凛くんの味方よ」

「そりゃあれだな、頼もしすぎてコネ入社みたいに感じるな」

「ふふ、いつでも頼ってね」


 異国の地で笑い合う俺と琴葉。なんだかラブロマンスみたいだ。


「さて、ところで凛くん?」

「ん?」


 急にカーテンを閉めて部屋の電気を消す琴葉。なんだ?


 そう思って体を起こそうとしたが……。


「――動けないッ⁉」

「あはは、ようやく気が付いたんだ」


 布団ごと、体が動けないように固定されている。


 それで、さっきまで琴葉が頻繁に動いていたことを思い出す。


「――てめえ⁉」


 口だけ動くので、精いっぱい口で抵抗する。


 だが、俺の声はどうやら聞こえていないらしく。


「『一番好きなアーティストは巽美麗さん』、だっけ?」

「――――ッ!」


 それは、先週美麗とやったラジオの最後に言ったこと。それを今琴葉は口にした。


 ということはつまり。


「あのラジオ、聞いてたのか⁉」

「それはもちろんでしょ~。だって凛くんがラジオに出るって言うから~」


 だんだんと近づいてくる琴葉、手にはロープを持っている。


「おい、お前、そのロープで何をするつもりだっ!」

「いや~あのラジオは『不快』でしかなかったわね~。延々と二人でいちゃいちゃいちゃいちゃ……」

「あ、あれだな⁉ もう少し俺を固定してから話をしようとかいうや――うぇっ!」

「誰が一番か、ちゃんと分からないとだめね?」

「きゃぁぁぁぁぁぁああああああ‼‼‼」


 ちなみにその部屋の出口には琴葉の用意したエージェントがスタンバイしていたらしい。

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