第23話 目が覚めたら

 この惑星に住んでいる人類のうち、およそ経験のある人はいないであろう経験をしてしまった。


 というか、日本でこんな経験をしたことがある人が居たら、すぐさま俺のところに連れてきてほしい。


 絶対に、嘘か、幻覚を見た人か、それに類する何か大きな病の持ち主だから。


 では、そんな普通の人なら絶対に経験しないこととは何か。


 目が覚めたら見知らぬだった、という経験だ。浜辺。ビーチ。


 うーん、意味が分からない。端的に言いすぎたか?


 よし、多くのことを端折はしょってしまったので、もう一度説明させていただこう。


 ――ことの発端ほったん、というべきなのかもわからないが、とりあえずの発端は昨日の夜だ。


 俺は確実に自分の部屋のベッドの上で夜に寝た。

 正確には眠りに入った瞬間のことは記憶にないが、ある時間からベッドの上での記憶がぷつりと切れているので間違いなく睡眠状態に入ったと思われる。


 そして、目が覚めたらそこはカモメが鳴くようなビーチだった。


「へ?」


 寝ていたのはパラソルの中。多少の遮光材があったからか、もう太陽は真上まで来ている。


 昨日は寝不足だったからそんな時間まで寝ちゃってたのかもな~……って。


「なんじゃあここはぁぁぁ‼」


 起きたら潮の香りがしてました。よく見たら自分が水着に着替えていて見知らぬパーカーを着てました。そして今に至りました。


 いやいや、細かいことはどうでもいいんだよ。


「ここはどこだぁぁぁ!」


 混乱、錯乱、困惑、恐怖。


 一体ここはどこで、自分の身に何が起きたのか。


 そもそもこれは現実なのだろうか。そうだ、夢に違いない。ちょっとリアルな気がしないでもないが、これは夢だ。


 たしかに昨日は作詞をしていて妄想にふけっていた。その延長戦だ。


「あら、おはよう凛くん。目が覚めたのね」

「ああ、おはよう琴葉」


 そうか、琴葉まで出てくるのか。これが俗に言う悪夢というやつなんだなそうなんだな。


「ってそんなわけあるかぁぁぁァ! 琴葉、てめえなんでここにいる⁉」

「え、だって凛くんをここに連れてきたの、私だもん」

「犯人、いた―――――‼‼」


 犯人はのうのうと正体を現した。そしてその琴葉はまるで悪気もなく、てへっと笑う。


 それでいて、露骨ろこつに自分のプロポーションを見せびらかしてくる。


 ふくよかな胸、しなやかに伸びる脚。黒いセパレート型の水着と彼女の白い四肢のコントラストが、絶妙にエロい。寝起きに良くない。


「おい、いったいここはどこなんだ教えてくれ」


 神奈川や静岡当たりの浜辺だろうか、それとも沖縄か。


「ここはねえ、ハワイ♡」

「まさかの海外⁉」


 どおりで暑いと思ったわ! 暑すぎるわ!


「お前、どうして」

「いやあ、私今日ここで撮影があるのよ~」

「お前がどうしてここにいるのかを聞いたのじゃなくて、お前がどうして俺をここに連れてきたのかについて聞いたんだ!」

「いや~それは、ねぇ」


 俺の問いを聞いた琴葉はどうしてか、もったいぶって俺の方に近づいてくる。


 そして次にとった行動と言えば……突然、俺の体を触り始めた。


「ちょっ、おまっ」


 指の先、爪の先が触れるか触れないか、という微妙な間を空けて、なぞるように二の腕から肩、胸、そして下腹部へと流れていき……。


「おい、ちょっと、やめろっ! どこ触ってんだ!」

「ふふ~。か~わいい♡」


 なんだかこそばゆく全身に電気が流れるような感覚に遭い、琴葉が生来持っている色香と合わせて、男の本能を無理やり起こそうとしている気がした。


 どんどんと火照ってくる体。どことは言わないが、なにかが反応しそうになり。


「ちょっ、ほんとやめろっ!」

「きゃっ」


 そこで働いた自己防衛の本能が琴葉を無理やり突き放すと、一緒になって俺も倒れてしまった。


「あの、その……」


 押し倒した後のような体制。ぷるぷると十分に水分を含んだ琴葉の唇が俺の眼前にある。


 恥じらっている琴葉の顔を見て、オスの本能がさらに刺激される。もうこの時、ほとんど頭が働いていなかった。


 目の前にいる女を自分のものにしたい。征服欲せいふくよくみたいなものがあふれ出す。


 あと20センチ、あと10センチ、5センチ。俺の唇と琴葉の唇が近づいていき。


 ――ニヤっ。


「――ッ⁉」


 琴葉の口角が小悪魔的に上がったところで間一髪かんいっぱつ、我に返った。咄嗟とっさに立ち上がって琴葉から距離をとる。


「あーあ、残念。嬉しさを我慢しきれなくなっちゃった」

「お、おれはいま、なにを――ッ!」

「あとちょっとで凛くんのファーストキス、だったのになあ」


 残念がる琴葉の隣で、俺は自分のとった行動を再確認する。


 今おれは、琴葉にキスをしようと……したのか?


「琴葉、俺を殴ってくれ。目いっぱい」

「いやいや凛くん。あとちょっとでこの美人女優のキスを奪えたのよ? もっと悔しがるところだよ」

「俺はそんなポジティブな思考はしていない! あと、お前とキスをした次の日には後ろから刺される!」


 あぶねえ。結構まじでやばかった。美人女優というだけあって、少し蠱惑こわく的な雰囲気を出されれば俺なんてイチコロなんだな、と再確認した。


「むー、あとちょっとで『責任とってよね』コースで結婚だったのになあ。そしたら同棲どうせいできて、いっぱい曲を書いてもらえるはずだったのにな~」

「仕事のために自分の体を悪用すんな! まじでやめろ!」

「まあ、凛くんが色仕掛けに弱いことはわかったし、いっか」

「ふざけんな!」


 俺は怒った。めっちゃ子供みたいに。


 ――つーか!


「ここに連れてこられた理由、聞いてないんだが!」

「またあとで教えるわ~」


 そんな悠長ゆうちょうなことを。


 というか、今の一連の出来事が寝起きから10分以内に行われたという驚愕きょうがくの事実に、卒倒しそうになるわ!

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