第22話 借金増える

「おお、おおぉ!」


 俺は感動していた。茶封筒ちゃぶうとうから取り出したものを見て。


 ラジオの準備などの〇〇放送での仕事にラジオの出演料。合わせて2万円。


 ラジオの出演料をもらうのは気が引けたが、社長が「じゃあ今日は時給5千円の日だったんですよ」という意味の分からない理論で頑なに出演料を渡そうとするので、ありがたく頂戴ちょうだいすることにした。

 本当にありがたい話だ。


 何分いままでバイトということは経験がなく、親の仕送りに頼っていたということもあり自分でお金を稼ぐという経験はなかった。もちろん曲の提供料もなかったし。


 そういうわけで、初めての自分で稼いだお金。諭吉二枚。


「何に使おっかな~。いや、貯金か?」


 おいおい、さすがに大学生にもなって貯金とは枯れているだろう。こう、なにか大事な何かが。


「じゃあなんだ? 気前よく友達と飲み会に行くか……ってそんな友達はいなかった」


 それじゃあ、と一般的な大学生のお金の使い方を考える。


 漫画、ゲーム。なるほどそりゃいい。ちょっと時間がもったいないような気がするが。


 旅行。飲み会と同じ理由で却下。


 いっそのことあか抜けるためにファッションにでも目覚めるか。いや、何のためにだよ。何故俺が垢抜けなければならないんだ。


「まあ、もう少し貯めてギターでもなんでも買ってみるか」


 結局俺は大学生になり切れないらしい。選んだ結論は『貯金』だった。




 その日、曲作りに没頭ぼっとうしていると家のインターホンが鳴らされた。


 ――はあ。


 また美麗とか琴葉だろうか。なに、それとも春下さん?


 だが、ドアを開けるとそこにいたのは男性。と、いうか。


「どーもー、〇〇電気ですー!」


 作業服に身を包んだ、見知らぬ人だった。はあ? ○○電気?


「すみません、何の用でしょうか?」

「ご注文にありましたテレビを届けさせていただきましたー!」

「……はい?」


 ちょっと待て、テレビなんか注文していない。


「すみません、部屋の方を間違えていると思います」

「ええと、ご注文の確認の方をお願いしますっ! 購入者は……春下さん? 春下鈴音さんです!」

「あーすみませんそれ僕のです頼んだの忘れてましたハンコ押すのであとはよろしくおねがいします」


 いやいやあ、まだそこまで仲良くもないのでね、こんな呼び方をするのもどうなんだ、と思いますがね。


 ――はるしたてめぇぇぇぇぇぇええ‼


 お前の仕業しわざか春下さん⁉ いやお前なのか敬称けいしょうつけるのかはっきりしろ俺⁉


「その名前で思い出しましたけど、そういえば最近、同じ名前のすず様が芸能界に復帰されましたよね! ぼく、すっごいファンで~」

「い、いや~偶然ですね~。ボクノカノジョモオナジナマエナンデスヨー」


 あかん、途中から完全に棒読みなってもうた。やばいやばいバレちまうってなんで俺が焦らなきゃいけないんだ全部春下さんが悪いだろ。


 そろり、と重そうなテレビを一人で持ってくる業者さんの顔を覗くと。


「あ、そうなんですね! 世の中偶然って多いもんですよね! 実は僕も今の彼女が元カノのお母さんで~」

「へ、へぇ~?」


 あっぶね、バレてなかった。この人絶対にB型だ。


 というか、なんかすごい発言が聞こえたような気がするけど、まあいいか。


「場所はここでいいですか~?」

「あ、大丈夫です。まだテレビ台も来てないので適当なとこに置いてもらえれば」


 さもテレビ台を注文していたような口ぶりで話す俺。やれやれ、嘘が達者たっしゃになってしまうのは悲しいものだ。


「コンセントはここの余ってるやつで大丈夫ですか?」

「はい、お願いします」


 業者さんが配線をいじっている横で、俺の携帯に通知が来ているのが見えた。


 なんとなく予感がして、確かめてみると。


『そろそろテレビ届きましたか?』


 などという能天気で他人事のようなラインに思わず携帯をフルスイングして吹っ飛ばしそうになった。あぶねえあぶねえ。


 冷静になって、返信。


「テレビを送り付けてきたということは喧嘩を売っているんですねそういうことなんですねよーくわかりました今度戦争しましょう」


 んー、全然冷静じゃなかったみたいだ、5秒前の俺。


『テレビもないとのことでしたので、私から。こう見えて、この1か月少しでかなりお金をもらったので、分配させていただきます』


 前の携帯電話のことですっかり味を占めたようだ。お金さえ渡さなきゃいいとかいうアレである。


 ちゃんと出世払いするんだから、俺の借金がどんどん増えるだけであるが。


 ――というか俺の話は無視かよ!


『このテレビで私たちの番組、見てくださいね』


「私たち」とは誰のことなのか、想像できそうだったがあえてやめておいて返信をする。


『今度しっかり話をさせてもらいますからね』


 とりあえず貯金する予定だったお金の使い方は決まったな。


 ――テレビ台を買わなければ。

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