番外編4話 夫婦の戯れ

「ただいま~、ってまだ帰ってないか」


 まなに会ったその日、凛は玄関の扉を開けるとため息をついていた。


「なーに、ため息ついてんの?」

「うわっ⁉︎ いたのか⁉︎」

「ふふふ、たまたま窓からちっこいちっこい凛くんの姿が見えたからね。悪戯しちゃおうと思って」


 突然現れて小悪魔のような笑みを浮かべるのは、凛の妻、凪城琴葉ことは(旧姓:白川)である。

 彼女はここ数年ずっと第一線で活躍を続けている女優で、最近になっては女優一本に絞っていたが結婚する前は歌手としても活躍していた芸能界の宝石である。


 そんなスターも、家に帰ればエプロン姿の健気な人妻になるのだが。


「どうしたの、お疲れなの?」

「いや、まあちょっとな」


 琴葉が下から凛の顔を覗き込む。


「なに、はぐらかそうとしてるの? 怪しいなぁ、さては浮気か」

「なわけねえだろッ! ……ちょっと元気な新人の対応に疲れたんだよ」

「女だな」

「なぜわかった」

「匂い」


 物理的な匂いなのか、それとも女だけに分かる勘のようなものかは凛には分からなかったが、とりあえず自分の結婚した相手は恐ろしい女だということだけは再認識した。


「あれ、でも今日は鈴音ちゃんと仕事って言ってなかったっけ?」

「春下さんにも会ったが、その前にもうすぐデビュー予定の歌手に会ったんだよ。真中まなっていう」

「ああ、聞いたことある」


 それを聞いて凛は素直に驚く。自分はもちろん知っていたのだが、琴葉が知るほど知名度があったとは。


「あれ、でも彼女って高校生じゃなかったっけ……。まさか…………未成年に手を……」

「アホか! 普通に仕事って言ってるだろ!」

「ロリコンの気はあると思ってたけど、まさかそこまでだとは……」

「ひとを勝手にロリコンにすんな‼︎」


 けたたましい声を凛が出すが、生憎と防音はバッチリなので近所迷惑になるということもない。


「で、その女の子を、今度はプロデュースするってこと?」

「まあプロデュースではないが、曲を書くことにはなるかもしれないな」

「かも?」


 琴葉は凛の暗に込めたメッセージに反応する。


「ああ。どっちに転ぶか分からないからな……」

「どっちとは」

「上手くなるか、下手になるか」


 はっきりとした物言いに琴葉は凛の上着を持ったまま振り返る。


「なに? なんかまた言っちゃったの?」

「またとはなんだまたとは。いや、歌唱力が無駄に使われてたから直そうと思ってだな」

「無駄に?」

「もったいない歌い方だったんだ。もっと表現できることがあるはずなのに、ただの歌うま歌手に成り下がってた」

「へえー」


 凛がダイニングテーブルに着くと、琴葉もそれに合わせて隣に座った。


「どうなの、見込みとしては?」

「化けたら美麗とかお前レベルにはなる。化けなかったらその辺の人気歌手くらいだろうな」

「売れないことはないんだ?」

「ビジュアルも声もいいからなあ、商業的にはそれだけでも売れるとは思う」


 厳しい言い方だ。成長を見せられなかった場合、ただ実力以外のところで売れるだけの歌手になると言っているに等しいからだった。


「……でも、期待してる。でしょ」

「――まあ、それは、な」


 そして真剣なまなざしを東京の夜景に向ける凛。

 そんな凛に、琴葉は口を尖らせて。


「えいっ」

「うぉっ、い、いきなりどうした⁉」


 座っている凛に馬乗りになるようにして琴葉は抱き着いた。


「なーんか、前に他の女には手を出さないって言ってたような気がするんだけどな~。私以外の女に夢中になってるように見えるのは気のせいかな~?」

「お、女って、彼女はただの仕事の関係だって」

「でも性別はメスじゃん」

「そういう問題か⁉」


 凛としては危ないし柔らかいところが体の節々に当たっているから早く降りてもらいたいのだが、どけようとすると琴葉はさらに抱く力を強くする。


「凛くん……一緒にお風呂入ろうね♡ 全身洗い流して、くったくたになるまで付き合ってもらうから」

「おれ、あした、しごと」

「だいじょーぶ。私も、だよ♪」

「何が大丈夫なんだッ⁉」


 その夜、二人は熱い時間を過ごしましたとさ。

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