番外編5話 初めての努力

「ねえ~まな、あとどれだけ歌えば気が済むの~……?」


 カラオケの個室にて諦めたような声でまなに言うのは、彼女の友達の柏原静香である。


 彼女はカラオケ店の店員でありながら、こうして毎日のように来ているまなの練習を手伝う仲になっていた。

 ……本来の彼女は気弱な性格なので、本当はサボりなどしたくはないのだけど。


「まなの歌、相当うまいじゃん……。何が不満なの?」

「昔のわたしみたいなことを言うな!」

「なんという理不尽な怒られ方……」


 それでもまなのやる気は鬼気迫るものがある。

 それだけ必死なのだろうと思うと、静香もそれ以上文句を言うこともなかった。


 彼女も彼女で無為に大学生活を送っているため、夢をもって頑張っているまなのことがまぶしく見えたのかもしれない。


「いい? とにかく静香はわたしの歌に感動したら教えて」

「そしてこの傲慢な命令」

「いいから!」


 そうは言われても、と静香は思う。


 なぜなら、まなの歌は本当に綺麗で聞き心地が良く、それでいて毎日のように上手くなっているからだった。

 毎日歌っていれば声も枯れるだろうに……というか自分だったら3時間とか歌ったらもうぐったりしちゃう。なのに、まなの歌はどんどん上手くなっていくのだ。


 一体、どこで打ち止めをすればいいのだろう。このまま永遠に上手くなっていくであろう未来の歌手に、「もう上手いから十分だよ」といつ言えばいいのだろうか。


「つーか、ほんとあんたって辛口よね。いつまで経ってもいいって言ってくれないし」

「ずっと何時間も拘束してくる鬼がなんか言ってますな~」

「どうせあんたも暇だからいいでしょ?」

「うっ……」


 そう言われると、やはり静香も言い返すことはできなかった。


 こうして、結局今日も10時間以上カラオケをすることになった。






「ねえ、まな~。一個きいていい?」

「なによ」

「なんでそんなに頑張れるの?」


 一度ご飯を頼んで休憩にした二人は、つかの間の雑談をしていた。


「うーん、なんで、かあ」


 まなは静香の疑問を聞いて、うーんと頭をぐるぐると回した。

 そういう仕草は年相応というか、もうちょっと幼いように見えるなあと静香は思った。


「見返したいやつがいるんだよね」

「見返したいやつ?」


 考えた末に出したまなの結論に、静香は深掘りをするような質問を返した。


「うん。偉そうに説教垂れてきて、わたしのことを素人扱いしたやつ」

「じっさい素人だったんじゃあ……」

「あ?」

「なんでもないです」


 藪蛇になるようなことは口にしない。

 危うく殺されるところだった。


「それで、見返したい人っていうのは、まなになんて言ったの?」

「うん。『表現力がない』ってさ」

「表現力、かあ」


 静香には歌についての表現力というのがいまいちわからなかったが、この数日でまなが一番成長したところはそれだろうなとなんとなく思った。


「ただ歌が上手いだけはいらないって、そんなこと言ってきたのよ」

「またすごいこと言う人なんだね」

「ムカつくでしょ? だから、こうやっていっぱい練習してるわけ」


 まなはそれで話は終わりだと言わんばかりにマイクを握り直して立ち上がった。


「でも練習してるってことは、結局その人の言うとおりにしてるってことじゃ……」


 だが、そのタイミングで静香が疑問に思ったことを口にした。つい、うっかり、というやつである。


 言った後「あ、やべ」とまた思ったのだが、しかしまなから返ってきたのは思ってもいない反応だった。


「…………まあ、一理あるとは、思った……から」


(あれ?)


 恥ずかしそうにそう言うまなの顔は、完全にメスの顔をしていた。

 顔を真っ赤にして、唇を震わせながら、そしてそんな顔をマイクを持った顔で隠しながら。


「ねえ、まな

「な、なによいきなり」

「もしかして、そのムカつくやつって……男?」


 そうやって聞くと、まなは静香の方を振り返ってあからさまに態度を変えた。


「そ、そんなこと関係ないでしょ‼」


 あ、これ当たりだ、と静香は直感で理解した。

 途端、なんだかさっきまで尻に敷かれていた自分と敷いていたまなの立場が逆転したような気がした。


「見返したいって、まあ要はその男の人に認めてもらいたいんだね」

「ち、違う‼ なに言ってんの、静香⁉」

「頑張りなよ。私も応援したくなってきたわ」

「今まではどういう気持ちだったの⁉」


 静香は顔を真っ赤にして怒るまなを見ながら、そのたわわな胸元に手を突っ込みたいとかいうオッサン臭いことを考えていた。

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