第17話 家の中でもとうとう……

 凄絶せいぜつ悲惨ひさんな収録テープが凛の下に送られてきた丁度次の日。


 琴葉からラインが送られてきた。


『今日、家行くから。ちゃんと開けておいてね♡』


 あの収録現場を見た後の俺である。とりあえず万が一の時の逃走経路の確認と、琴葉をなだめるようにお酒を買っておくことにする。


 どうせ琴葉がお酒を飲むときは少し(少しというのは俺がお酒に詳しくないからだが)お高そうなお酒を持ってくるので不必要かもしれないが、足りないとその時点でアウトなので置いておくに越したことはない。


「絶対に不機嫌だもんなぁ」


 もうこの文面から分かる。明らかにお怒りの様子だ。しかもその原因は確実にあの女性4人でのひと悶着もんちゃくである。


 テレビの前で言えなかったこと、と言ってもあれだけ言っておいてまだ言えないことというのは相当過激なことだが、それを当事者っぽい俺にぶちまけるに決まっている。


 そもそもこういったことは前にもあったことで、数々の愚痴ぐちを聞いてきた。プロデューサーが触ってくるだの、仕事に手を抜いている役者がいるだの。


 彼女の愚痴には彼女なりの情熱をもったものが多いのだが……今回はどうにもそうではなさそうだ。


 来たるべき彼女の来訪に頭を悩ませていると、どうやら不幸は続くようでもう一件、今度は俺の携帯に電話がかかってきた。


『せんぱいっ! 今日の夜会えませんか~? いつものとこで申し訳ないんですが~』


 生田あずさである。いつものとこ、というのはあるスタジオの一室で、彼女がアイドルということでスキャンダルを起こさないための対策である。


 男と二人で会っているというのは外聞がいぶんが良くないからな。


 だが、残念なことに先約がいる。


「すまんが今日は用事がある。また今度でもいいか?」


 さすがに琴葉の用事が気の重くなるようなことだとはいえ、無下むげにすることはよろしくない。


 いつもはあずさもこれで分かってくれるのだが、今日は違った。


『へぇ~そうですか。ちなみにお相手はどなたか聞いてもいいですか?』


 何かを察したのか、それとも単なる興味だろうか、あずさが聞いてくる。


「えーと、まあ友達だな」

『ともだち』


 なんとなくぼやかして答える俺に、さらに不審がる声を上げるあずさ。少し声のトーンが下がるのが怖い。


『それって同性ですか、異性ですか? ……男ですか、女ですか」

「えーと……女性です」

『ほー、私よりも優先する女の子、ですかぁ~』


 ああ、これはまずい。


 そう思った時には手遅れになっていた。


「今日はせんぱいの家に行きますからっ☆」


 ああ、今日は特についていない。




 スキャンダルになるから男の家に来るのはもっといけないのでは、と思った諸君。


 俺もそう言ったさ。もちろん言ったさ。


「女性の方が来るんですよね? それなら友達で通じるので大丈夫ですっ!」


 だそうだ。これから来るのが琴葉という、あずさと同じくらいのスターであるので余計に(本当に余計に)信憑性しんぴょうせいが増してしまうのが悲しい。


 というわけで先に着いたあずさにもてなしでお茶とお菓子を用意している。


「せんぱいの家、綺麗ですね~! ちょっとごちゃごちゃしてるとこもありますけど、不必要なものがないというか」

「頼むからおとなしくしていてくれ……」


 初めてくる家に興奮を隠せないあずさは、あちらこちらに探検して本棚を漁ったり引き出しの下を覗いたりしている。


「むむ~。ないですね~」

「なにが?」

「エロ本です」

「な、な、ないわ!」


 かわいい女の子からそんな単語聞きたくなかった。


「だ、第一、買ったことさえない!」

「え~、せんぱいピュアですね~っ! このこの~」

「や、やめい」


 むにむにと引っ付いてくるあずさ。なんで少し体がくっついているだけなのに、こんなにも柔らかいんだ……っ!


 と、対応に困っているとドアからピンポンの音が鳴った。


 逃げ場を探していた俺は飛びつくように玄関を開ける。


 ……助かったっ!


「は~い、凛くん。こんばんは、だね」


 ドアを開けると現れる美女に一瞬思考が停止する。


 ――忘れてたっ!




「それで、用事ってそこの琴葉せんぱいと会うことだったんですか?」

「私に黙って女に会おうとしてるなんて、反省してないね?」


 既に険悪なムード。ううぅ、琴葉はまだしもあずさは誰とでも仲良くやるタイプなのに……。


「まあ聞くところによると、ここに来るのは初めてって言うじゃない~? 私の方が上? みたいな」

「ち、違いますっ! それは私がアイドルだからせんぱいの家にお邪魔するのは難しかっただけで、他のところではいっぱい会ってましたし?」

「でも、この家のことを知らないってことは凛くんのこと、全然知らないってことでしょ?」

「そ、そんなことないですもん!」


 ムキになるあずさに、じゃあ、と琴葉。


「――凛くんがどこにエロ本を隠してるのか知らないんじゃない?」


 ぎくっ。


「いや、せんぱいは買ってないですよ! ね? せんぱいそうですよね?」


 全力であずさの純粋な目から顔を背ける俺。


 ダラダラ。なんか汗めっちゃかくな。暑いからかな。


「あれ~凛くん、そんな嘘ついちゃったの? かわいいな~」

「う、嘘じゃないやい!」


 あずさが見ている手前、必死に格好つけるが。


 琴葉はちらりと俺の部屋を見回すと、迷うことなくクローゼットの方へ向かう。


 まて、なぜだっっ! なぜそこがぁぁぁぁ!


「はい、はっけーん」


 ぱさっぱさっ、と振ってエロ本の存在を露わにする琴葉。こっちにジト目を向けてくるあずさ。


 これはダメなやつだ。琴葉の笑顔がすべてを物語っている。


「なぜだ! なぜそこがわかった! ちゃんと前から場所を変えたのに!」

「あはは、何回やっても無駄だって。凛くんはわかりやすいからな~」


 バケモンだ、この女。


 最悪だ。今度は金庫にしよう。

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