第16話 特別番組(特番) 後編

 番組収録も終盤、ランキングとしては3位から1位が発表されて、一番盛り上がるタイミングだが。


 この番組もプロデューサーの思惑とは別の盛り上がりを見せていた。


「一位は先日発表された春下さんの復活と同時に発表されたニューシングル、『悲しみのランデブー』でしたね」

「いやー何回聴いてもクセになるな~。というか、3位、いやそもそもトップ10全部なんだけど、この曲たちを同じランキングにまとめていいの⁉ なんかもったいないよ⁉」

「これを全部ひとりでっていうのは想像できないです。本当にすごい方ですね」


 VTRを見終わった佐藤とマルが各々感想を漏らす。


 それらを満足そうに聞いている鈴音、美麗、あずさ、琴葉の4人に、遥は曲の余韻よいんに浸っていた。


「どうでしたか、春下さん。見事に一位に輝きましたけど」

「大変恐縮です。これだけの作品が揃っている中で一位にさせてもらったのは、運がよかったですね」

「いえいえ、そんなことは」


 佐藤と春下がやり取りを交わす。確かに新作で知名度も1番ということもあり、票を集めやすかったのは間違いないだろうと佐藤も思う。


「2位には白川さん、3位には巽さん、そして先ほどのランキングでありましたが4位は生田さんの曲がランクインですから。一人の歌手さんに集まらないというのは、やっぱり風城さんの曲が多彩たさいで魅力的だということだと思いますが、どうですか野崎さん?」

「そうですね。もちろん今日このゲストに来ている皆さんの歌唱力や魅力があってこそだと思いますが、それでも風城先生の曲作りがあってのことではないでしょうか」


 ここでさらりとマル、遥が示し合わせたように発言する。これはもちろん『歌い手がすごいだけ』というアンチコメントに対する専門家としての意見だ。


 やんわりと否定することでマルと遥の二人は、世間の風城冷に対する意見をもう少し上方修正してほしいと思ったのだった。だからこれは番組前の打ち合わせで二人で話していたことだった。


 それに乗っかるように琴葉が付け加える。


「まあ、彼にそう言っても『歌い手がすごいだけ』って言いますけどね~」

「そうなんですか? とっても謙虚けんきょなお方なんですね~。ますます好感度が上がっちゃうな~なんて」

「私としては逆に『作り手がすごいだけ』だと思っていますけど」

「それはさすがに言いすぎなんじゃないですか~?」


 マルが琴葉の発言に笑って対応する。だが、これに意外なことに美麗が反応する。


「わかる。歌っているうちにどんどん自分の限界が引き上げられていくようなかんじになる。歌わせてもらってるかんじ」

「そうそう。気持ちよく歌ってるのに、同時に歌ってるのが自分じゃないみたい」

「それはとても興味深いですね」


 同じ作曲家として気になるのか、遥が興味を示す。


「というか、掘れば掘るほど風城先生の魅力について出てきますね」

「彼の魅力は底知れないですから」


 遥が語り切れないという諦めの気持ちを見せると、鈴音がフォローを入れる。


「もう一回こういう番組があったらまたこのメンバーで語り合いたいですね」


 鈴音がそう言うと、皆口々に賛成を示す。


「たしかにっ! もういっそのことレギュラー番組にしてほしいですっ!」

「わたしも参加する。まだまだ言っていないこと、いっぱいある」

「いいね~。その時は私もレギュラーメンバーにしてもらおっと」


 ノリノリの4人にマルが大げさに呆れるポーズをとって。


「ちょっと勘弁してくださいよ~ギャラは誰が払うんですか~! もういっそのこと風城先生に出してもらいたいですよって、あの人ノーギャラか!」


 わははは、と会場が笑いに包まれる。もうマルハツオに関しては作詞家より芸人をやってた方がいいんではなかろうか。


「じゃあまた飲み会でもしましょうか~」

「ちょっと琴葉さん! かわいい女の子から飲み会なんていうおっさんワード聞きたくないですよ! でも……参加させていただきます!」

「私、未成年なんですけどいいですかっ?」

「うーん、ダメね~!」

「ひどいっ!」


 このまま平和なムードで終わると思っていた。誰もがそう思っていた。


「それでは、番組もこのあたりで終わりましょう。最後に一言、春下さんお願いします」


 番組をこの良い雰囲気のまま終わらせようと佐藤が鈴音にコメントを求めると。


「本日はありがとうございました。このそうそうたるメンバーの中で一位を取れたのはとても光栄なことです」


 まずは元から用意されていたような定型文から入り。


「さすがは風城先生……といってもみんな風城先生の作品か」


 とセルフツッコミを入れて笑いを取り。


「また風城先生の曲を歌えるか分かりませんが……。その時は先生の一番のファンとして精いっぱい歌わせていただきますので、よろしくお願いします」


 とおそらく優等生と呼ばれるような回答をしたのだが。


「風城先生の」

「一番の」

「ファン?」


 彼女の発言に食いついた人間が3人いた(ここで3人を明らかにする必要はないだろう)。


「ええ、一番のファンです」

「何をいってるの。私がいちばんのファン。いちばん一緒にいて多くのことを教えてもらった」

「それを言うなら私が一番最初に出会ってるわよ?」

「いえ、せんぱいが一番多くの曲を提供してくれたのは、このわたしっ、生田あずさですっ!」


 鈴音、美麗、琴葉、あずさが各々自分の主張を口にする。


 急に険悪なムードになる会場。客からはざわざわと困惑の声が起こり、スタッフも突然の事態に大慌て。


「大体、一緒にいる時間が長いというなら一番直近ちょっきんで会ったのは私だと思います」

「あなたがあの匂いの女か~! 似てると思ったら」

「それならわたしっ、せんぱいと電話しましたっ! えっへん!」

「電話なんていつでもできる。そんなのでマウントとるな」


 既に収拾しゅうしゅうのつかない事態にマルと佐藤は慌てふためいているが、野崎遥はむしろ風城冷に会ってみたいなどという悠長ゆうちょうなことを考えていた。


「ちょっとみなさん」

「部外者は黙ってて」

「ふぇん」


 マルが止めにかかるが、美麗によって一蹴される。


「そもそも、ぽっと出の新人はファンとかいう権利ない」

「ぽっと出……っ⁉ し、失礼な! 私だってずっと前から彼の上げた動画全部見てましたし!」

「それを言うなら私はまだあまり再生回数が伸びてないときから見てたね」

「ことはせんぱい、古参アピ乙、ですよっ! 古ければいいってことじゃないです!」


 終わりの見えない議論。というかただの口げんか。だれがあの子のことを一番知っているか、というような子供の喧嘩けんかである。


「これは全カットだな……」


 ぼそっと呟いた佐藤の言う通り、番組放映時は不自然な切れ方で最後を締めくくっていた。


 ただ、カメラが止まった後も、彼女たちはずっと口論を続けていたという噂だった。




「なんっじゃこりゃ……」


 後日収録テープ(ノーカット版)が山田プロデューサーから凛の下に送られてきて恐る恐る確認した時の凛のセリフである。


『今度はあなたにも出てもらいますからね!』


 付随していたメッセージを見て、完全に八つ当たりだな、と思った。


 いや、それ以上に彼女たち4人には言いたいことがあるのだけど……。


 送られてきた動画を消して、凛はすぐさま見なかったことにして曲作りを始めた。

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