第66話 サウナ②
「え、え、え……⁉」
俺は汗に紛れて大事なものまで体の外に出してしまったかもしれない。
だって、男湯の中にあるサウナで、いるはずもない女性の姿を見てしまっているのだから。
「あ、あれ? 反応ないわね」
女性は体の胸の上あたりから太ももを申し訳程度にタオルで隠している。
金色に輝く髪を一つに縛ってあげており、そこから女性特有の色香が沸き立つように発せられていた。
「おっかしいなあ、美ボディのはずなのに……」
目を閉じて、深呼吸。
どうやら俺はこういったシチュエーションを妄想してしまうほどに女性に飢えているらしい。
煩悩ごと捨て去ってしまわねば。
「うーん、恥ずかしいけど思い切ってタオル取るか……」
「ちょっ、ちょっとッ‼」
あぶねえ‼ この人危うく今、自分のタオルを取ろうとしてたんだけどぉぉおお⁉
慌てて彼女の右腕をがっちりホールドして、上にあげる。
そこでそろそろ、俺はこの目の前で起こっている出来事を認めなければならなかった。
「あ、気付いたね」
女性は安心した様子で、ほっと豊かな胸をなでおろした。
タオルの上から、なんだか見えてはいけない部分が見えそうだったので慌てて目を逸らす。
「いやー、でもまさか”わき”派だったとはね……。ちょっと恥ずかしいわ……」
「えっ……、えェッ‼」
たしかに俺が腕を引き上げその反動で少し体が斜めを向いていて、まあたしかに、彼女の少し汗をかいたまっさらな腋のところがちょうどこっちに見えている状態。
「あ、すみませんっっっっ‼」
目に入ったのが分かった瞬間慌てて逸らしたが、俺のメモリはこういったときだけ優秀なようでその少しえっちな画は脳内に保存されてしまった。
うう……恨むぞ俺の才能……。ありがとうございます。
「いやー、日本の男の子は奥手だって聞いてたけど、意外と積極的なのネ♡」
「そ、そんなんじゃありませんっ‼ というか何故ここに⁉」
慌てて距離を取り、軽い前傾姿勢で部屋の端の方に座る。
だが容赦なく女性の方は俺の隣に座ってきた。
「え、ちょっと、あのッ⁉」
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて。心配しなくても……」
「何をするつもりですか⁉」
命の危険、命の危険なのか⁉ 俺は今日この場で死んでしまうのか⁉ サウナで⁉
「別に取って食おうなんて考えてないわよ?」
「そ、そうなんです……か?」
どうにも信用していい感じじゃない。
というか、まず。
「どうやってここに?」
誓ってここは男湯だ。女性が入ってこられる場所じゃない。
というかそもそも入ってこようと思うはずがないし。
「まーそれは? 企業秘密ってことで」
「一番大事なことが隠されたんだけど!」
「というかあなた、誰なんです?」
「うーん……じゃあそれも内緒で」
何一つ話す気ねえじゃねえか‼ いい加減にしろよ⁉
「ほらほら、もっと質問していいのよ?」
「一つも質問に答えてない口からよくそんなことが言えますね……」
「てへ♡」
「どこでそんな日本語覚えたんだ⁉」
――あれ? というより……。
「日本語、話せるんですね」
「そーなのよ! 練習したからね!」
急に大きな声出したからびっくりして女性の方を見たら、人一倍大きな胸を張っていて得意げな顔をしていた。
どうしても彼女の体に目が行きがちな自分を叩き殺して、目を逸らす。
理性、頑張ってくれよ……。あとちょっとだから。
「じゃ、じゃあすみません。僕は出るので……」
「えー? まさかもうギブアップだとか言うはずないよね?」
席を立とうとすると途端に体を寄せてくる金髪女子。
やばい、素肌の触れ合いは絶対やばい……。そっちの方はもう既にギブギブ! 白旗上げてるの気付いてッ⁉
「すみません、わ、分かりましたから! もう少しここにいますから!」
というと、じゃあまあ許したげる、とか言われて適正距離に戻った。
いや、もうなにが適正かは全く分からないけど……。
「……それで、いったい何しに来たんです?」
そろそろこの謎の女性のことを少しでも知らないといけない、そう思って質問を重ねる。
どうせ教えてくれないだろうなと思って次の質問を用意していたが、意外なことに女性は答える気持ちがあるらしく。
「うーん……。理由かあ」
前傾姿勢になって、顎に手をちょこんと添えて考えていた。
こういった仕草はいちいち芝居がかっているように感じる。雫さんとかと同じタイプだ。
「なんだろう……しいて言うなら、浮気調査?」
「俺はあんたの彼氏か‼」
「未来の?」
「元カノの存在すら許さない彼女がいてたまるか‼」
というか堂々と彼女とか言わないでほしい。
冗談かとは分かっちゃいるが、さすがに心臓に悪すぎる。
「いやーさすがリン。ツッコミもさえてるわね‼」
「グッ、じゃないんだけど! ……え?」
あれ、いま。
「俺の名前……知ってるんですか?」
たしかにファーストネームで呼ばれたような気が。
と、不思議に思って投げかけてみると、彼女はその反応が面白かったらしく盛大に笑っていた。
「フ……フフフっ。え、何その反応? リンの名前知らないなんてこと、あるの? 世界のトップアーティストでも知ってるのに?」
女の人はぷぷぷと笑っているが、ちょっと聞き捨てならない。
「ど、どういうことです?」
「言ったまんまよ。ワタシみたいな……じゃなくて今アメリカでも注目されてるのよ、あなた」
「えっ」
「何そのキョトンとした顔! ホント面白いのね、リンって」
さすがにそれは驚くの一手だろう。
初耳オブ初耳である。
「ちょっと詳しく聞いても良いですか……」
「いいわよ? まずどこから話そうかしら……」
そう悩んでいる彼女はとても楽しそうだった。
それからずっと彼女からアメリカでの凪城凛について語られ、そのあとはアメリカの文化の話とかで盛り上がった。
途中からは俺も彼女が女性であることを忘れて、そしてここが男湯であることも忘れて話に盛り上がった。
ちなみに視線は一度たりとも彼女の顔から下にいくことはなかったけど。
そうしているうちにどんどんと打ち解け合っていって、最後には仲良く二人でサウナを出た。
き、着替えは別々にしたということだけは言っておく。
お風呂から出て受付に戻ってきたら、なにやら店主の人とスーツ姿の外国の女性とで話が盛り上がっていた。
「そうなの、ほんとあの子ったら世話が焼けるのよねー。今日も会いに行くって言ったら聞かなくて」
「じ、自分もさすがにミアさんほどの話ではないですけど、息子が生意気で生意気で……」
「あら、いいじゃない。私はミアのせいで子供を作る時間さえない……」
「お、お疲れ様です……」
どうやら誰かの愚痴で盛り上がっていたようだった。
「お知り合いですか?」
どうにも女性の方が外国の方っぽかったので、さっきまでサウナで語らっていた女性に尋ねてみる。
だが、女性の方はと言えばもう既に隣にはおらず、店主との会話に割り込んでいた。
「チョットッ! 何してんの⁉ そこにリンがいるんだけど⁉」
「ああ、ミア。おかえり。ナギシロには会えたのですか?」
「す、すぐそこにいるじゃない‼ ワタシがミアだってバレたらどうすんのよ!」
「え、まだ言ってなかったのですか? もしかして、あの『作戦』とかいうやつが本当にうまくいくと思ってるんですか?」
「な⁉ オリビアだって『いいんじゃない?』って言ってくれたのに! ……あ、まさかどうでもいいとか思ってたの⁉」
なんだか騒がしくなった。
スーツの女性に、さっきまで話していた金髪女子の方が何だか文句を言っているらしい。
「じゃあすみません、先に失礼しますね」
居場所がもうなさそうだったので、一応先ほどの女性に会釈をしてから立ち去ろうとした。
だが、そのことに気が付いたスーツの女性がなにやら耳元で囁いていた。
「ほら、言っちゃいないよ。ミアですって」
「い、言わないわよ!」
「じゃあ電話番号でも交換したら?」
「た、たしかにっ。そ、それなら……っ!」
意を決したようにこちらに向かってくる。
「あ、あの、連絡先交換しませんか?」
「えっと、その……」
「あ、いやだったら別にいいんだけど……」
「いや、携帯を持ってきてなくて」
「…………」
後ろでスーツの女性が大爆笑している。
なんか非常に申し訳ない。
目の前の女性も徐々に顔が紅潮していく。
そして今まで感情をせき止めていたダムが決壊するかのように、一気にまくしたてた。
「じゃあ、ここに明日連絡ちょうだい! 絶対だからね!」
「あ、えっと」
「返事は!」
「わかりました……」
名刺らしきものを渡して満足したのか、彼女はスーツの人を連れて銭湯を出て行った。
二人の姿が見えなくなった後で、名刺を確認する。
そこには数字の電話番号と、メールアドレスが書いてあった。
電話番号は見慣れないもので、本当に海外の人なんだなあと思った。
そして、名刺の真ん中には英語の筆記体で名前が書かれていて。
『Mia Brooks』
とあった。
「ミア、ブルックス……?」
なんか聞いたことある名前だなと思って、頭の中で色々と変換していく。
ミア、ミア……ブルックス……。
「あっ‼」
それが、俺とミアの出会いだった。
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