第67話 本物との邂逅
さて、思い返してみても意味の分からない出会い方をしたミアさん。
いや、最初からファーストネームは馴れ馴れしいから、ブルックスさん?
とりあえず本人かどうか確かめるために、その日は帰って画像検索をしたがやはりあの銭湯で見た顔に似ている気がする。
気のせいであることを祈ろう。
そして迎えた翌日、俺は美麗から連絡を受けていた。
『作曲家デビューしたんだから、ラジオ出ろ』
謎の命令形だが、多分これは俺のことを気遣ってのことだと思う。
まだ作曲家デビューを決めたことや、名前を変えてデビューすることは公にしていない。
作曲家としてお世話になった人間に言っただけで、まだ曲も出していない今は無名作曲家と一緒だ。
そういったことを気にかけて美麗も今回のことを提案してくれたのだ……と思いたい。
そしてこの申し出は俺にとってもありがたい話だった。
さっきも言った通り必死に俺は知名度を上げなければならない立場だ。
コネというやつなのだが、まああるコネは使わせてもらう。
セーブデータの引継ぎみたいな感じで、風城冷だったころの名残みたいなもんだ。
あとは……仕事でもしていないと、昨日のことを思い出してしまうから。
まだ確定ではないけど、もしかしたらあのミア・ブルックスの裸を見てしまったのかもしれないと思うと、すべてのことが手に付かなかった。
挙句の果てには、テレビに出てきたミアさんを昨日うっかり頭の中に保存してしまったヌード写真で合成してしまうありさま。
さすがに人間としてどうかしている。
ちなみに、昨日の去り際に「じゃあ、ここに明日連絡ちょうだい! 絶対だからね!」と言われてしまったが、もちろん無理である。
ミアさんだったとしたら恐れ多くて電話とかメールとか不可能だし、ミアさんじゃなかったとしたらただの不審者だ。
さすがに連絡なんかできやしない。
――とまあ、それらのことを鑑みて、今日は美麗の誘いに乗っかることにした。
これが作曲家「凪城凛」の初仕事である。
「お、お久しぶりでーす」
というわけで俺は、以前にインターンでお世話になった〇〇放送のあるビルにやってきていた。
まだ美麗はここに来ていないが、俺は挨拶したい人が多かったので正午を少し過ぎたタイミングでやって来たのだった。
「おー、風城先生!」「お久しぶりですー!」「あれ、なんか身長伸びました?」「お前、親戚のおっさんかよ」
オフィスにお邪魔をすると、急に現れたにもかかわらず温かく迎えてくれた。
アットホームな雰囲気は変わっていないみたいだ。
みんなが仕事の手を止めてこちらへやってくる。
が、誰よりも先に走ってこっちに向かってくる影。
「風城せんせーっ‼」
社長。三木さんである。
首からICカード入りのホルダーを付けたストラップを首から下げ、髪は横に流す。
恰幅のいい体格で見るからに人のよさそうな40過ぎのおっさん。
実際に人望は厚いようで、社員さんからはかなり慕われているようだ。
「あの、近いんですが……」
「おっと、失礼っ!」
そのふくよかな体からは想像もできないほど機敏な動き。
無駄なギャップのある設定。
「お久しぶりですね、三木さん」
「ええ、僕もとっても先生に会いたかったですよ!」
そこから少し近況について話された。……主に俺の。
ユーチューブで顔出しとは意外でした、とか、この前の雫さんの曲も聞きました、とか。
自分の話をしてくれるのは嬉しいのだが、恥ずかしいしどうせなら〇〇放送での話の方が聞きたい。というか、恥ずかしい。
「三木さんは最近どうですか?」
「僕ですか? 最近はまた社員が『給料を増やせ』だとか『お前も働け』だとか厳しくてですね……」
あれ、人望あるんだよね? あるからこその、軽口だよね?
後ろで社員全員が頷いてるけど、あれは演技というか笑いに持っていくための芝居だよね?
なんか一人特に殺意の強い人もいるが……。
「た、たのしくやれてるんですね! 良かったです」
あまりこの話は踏み込まないほうが良いらしい。
「それより、かなり早いですがラジオの打ち合わせでもしましょう! 放送作家さんはどこですかね」
全力で社長の下を離れて、それから内容について打ち合わせをしていった。
「はい、それでは本日のゲストは風城冷さん、いえ、凪城凛さんでしたー! では、来週またお会いしましょうー!」
ラジオの放送自体はつつがなく進んでいった。
途中で美麗が「次の曲はいつ?」だとか、「早く書いてよ」とかなんとか答えづらいことばかりを言ってきたが、なんとかアシスタントの鈴木さんにフォローしてもらって切り抜けることが出来た。
まじで、美麗。覚えとけよ……。
だが本人は悪気がなく、正直なだけなのでこれまた憎めないのが面倒くさい。
今も仕事を終えて上機嫌なのか「~♪」と鼻歌を歌っている。
「今日はありがとな、美麗」
「ん」
改めて感謝を伝えると簡単に返事をする美麗。
相変わらず素っ気ない対応だ。
「そういやや美麗。次のライブはいつなんだ?」
「んー」
美麗が無言でマネージャーに目くばせをすると、マネージャーの人は素早くメモ帳の中にあるカレンダーを見せた。
なんか手際が良くて逆に泣けてしまうな。
「次は2月の14。バレンタインライブ」
「へえ。女性アーティストが集まってライブでもすんのか?」
もう一回美麗はマネージャーに目配せ。マネージャーさんが大きく丸を作っている。
どうやら美麗は、自分が歌うこと以外把握していないらしかった。
「あとは、ボブとかちびとか、しろもくる」
「春下さんと、あずさと、琴葉な?」
ボブ、ちびっておい。琴葉に至っては、白川だからしろかよ。酷い。
「あと、あのうるさいやつも」
どうやら雫さんはうるさいやつというイメージになってしまってるらしい。
たしかに元気いいけど、それを言ったらあずさもそうだと思う。
「まあじゃあ、見に行くとするかな」
「来てね。待ってるから」
すると仏頂面だった美麗の顔が少しほころぶ。
美麗が笑顔になるのにはまだ慣れてなくて、不覚にもドキリとしてしまった。
こういう普段笑わない人が笑うのはずるいわ……。
「ん? どうしたの凛」
「な、なんでもない! 2月14日な。予定空けとくわ」
自分の脳内のメモ帳に記録しておく。家に帰ったらパソコンに予定を書いておこう。
そんなふうに呑気なことを考えて〇〇放送を後にした。
もう時刻は20時を回っていたので、電車で最寄りの駅に降りてからコンビニで晩飯を購入。即座に帰宅。
久し振りの達成感からか、すっかり気の抜けていた俺は家に帰ってすぐ絶望に陥ることになった。
「おかえり。遅かったわね」
この寒い冬の中、マンションの前に車を止めて待ち構えていた人物がいたのだった。
暗闇でも輝くほどのブロンドの髪をなびかせる、抜群のプロポーションの女性。
車から降りてこちらに向かって歩いてくる様に妙に目を惹きつけられ、彼女の一挙手一投足に視界を釘づけにされてしまう。
この寒い中でもしなやかな脚を存分に出していて、異様なまでに色気がある。
上にはあまり目立たない色のコートを羽織っていて、でもそれはまるで彼女のために作られたかのようなほどにマッチングしている。
そして何より抜群に均整の取れたその美形。
幼さを残しながらも大人びているという矛盾を、これ以上に無く自然に持ち合わせていて、かわいくもあり美しくもある。
「あ、えと……」
そこで、ようやく彼女が「本物」であることを認識した。
理屈ではなく本能で。
昨日銭湯で会った彼女は紛れもない、ミア・ブルックスだったのだ。
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