第68話 冗談上手のミアさん
「え、ミアさん……?」
目の前にいる人間は、昨日銭湯で会った人物とうり二つ。
多少髪型の差はあれど、紛れもなく彼女だった。
「な、なんでここに」
「あー寒い、寒いなあ」
俺の問いかけを軽く受け流しこれ見よがしにアピールをしてくる彼女。
わざわざ車から出てきたから寒いだけなので自業自得だと思うのだが、本人が寒いと言っているとなんだかこちらが待たせたような気になるから不思議なものだ。
なんだか俺、将来詐欺に引っかかりそうだな……。
「えと……じゃあ車の中で話しをしましょうか」
と俺が提案をすると、彼女は車の運転席に座っている女性になにやら目で合図をする。
なんだ? と思った次の瞬間、車がエンジンをかけて前照灯が明るくなる。
それから間もなくして、無情にも車は去ってしまった。
「………………」
「ああ、寒い寒い」
いやなんであの車どっか行っちゃったの⁉ 絶対にあの車の中で話せば暖かかったじゃん!
「じゃあ近くのファミレスで……」
「今日はヒールでたくさん歩いたから、もう動けないなあ」
「………………」
そんなにクタクタなら今日は待ってなくても良かったでしょ⁉ 絶対うそだよね⁉
というツッコミを入れたくてしょうがなかったが、相手があのミアさんだということを考えるとそういうわけにもいかず。
というか、彼女の言いたいことは分かっている。
つまり、「家に入れろ」と言っているわけだ。
だがさすがにそういうわけにはいかない。
なんせ相手はミア・ブルックス。アメリカ、ひいては全世界で活躍をするような超有名人なのだ。
そんな人をおちおちと家に入れるわけには当然いかないし、なんなら日もくれたこんな時間帯に会うことすらまずいはずだ。
……だが、そんなことを考えているのが彼女にも伝わったのか。
「あ、尾けてきたパパラッチたちなら、もう既に処分してあるから安心していいわよ♪」
――処分ってなんだろう。気になるけど怖すぎて聞けねえ……。
一応パパラッチの皆さんに手を合わせておくとしよう。
そして、俺の行く末にも手を合わせておくとしようか。
なんせこれから、とんでもない人間を家にいれることになるのだから。
「えっと、狭いところで申し訳ないですがどうぞ……」
「おー、これがリンの家なのね!」
玄関に上げると既に興奮したご様子のミアさん。
わかる、初めてくる家って多少なりともテンション上がるもんな。
まあ、ミアさんを迎える側でテンションを上げられる人はこの世に数えるほどしかいないと思うけど。
「じゃあひとまずそこのストーブ点けて待っててください。こたつの方が暖かくなるまではその辺でおとなしく……って!」
「へー、意外と本を読むのね~」
ミアさんが目を離したすきにいつの間にか本棚の方に移動していた。
ただでさえ緊張しているのだから予測不可能な動きをされると困る。
「とりあえず! 席に座っててください!」
「なに~? あ、さては、やましいものがあるのね!」
「な、ないですから‼」
今はこの部屋にやましいものなどなない。この前琴葉が来た時に見つかって、美麗に処分されてしまったからだ。
あのときは血の涙を流したが、こうしてミアさんが来るとなった今ではとてもありがたい話だ。
見つかった時の気まずさがけた違い。
ミアさんは渋々だが了解してくれたようで、リビングの方に戻ってきてくれた。
なにやら移動する道中にもあちらこちらを散策していたようだったが。
「飲み物は何が良いですか?」
「じゃあココアで!」
「わかりました」
元気よく手を挙げて返事をしてくれるミアさん。
そういう仕草やココアといったチョイスは年相応というか、まだ二十歳にもなってないんだなということを実感させられる。
なんとなくスーパースターということで委縮してしまうが、彼女もまだ年頃の女の子なんだな。
それからミルクココアを作っている間、俺は彼女がここへ来た目的について考えていた。
一番最初に思い付くのは、連絡をすっぽかした件だ。必ず連絡をするようにと言われたが、さすがに躊躇われたので連絡をしなかった。それに対する怒りだろうか。
でも、じゃあそもそも昨日銭湯で会ったのは偶然だろうか、という話になる。
男湯のサウナで偶然にも邂逅。なんとも現実味のない筋書きだ。さすがにあれは意図的なものに違いない。
それならば、なぜミア・ブルックスという超大物がそうまでして俺に会いに来るのかという話になる。
確か昨日のサウナで、アメリカでも俺の認知度はある程度あるらしいということは聞いた。
もしかしたらその関係でミアさんも俺の曲を知って、意外と気に入ってもらえたのかもしれない。
「それだけでここに来たとしたら……物好きにもほどがあるだろ……」
というかミアさんだったら、来いと言っただけで集められるだろう。
拒否権は実質無いにも等しい。
それでも自分から来るというのは、とても大胆で、ある意味……とても面白い。
それくらいハジけてないとスーパースターにはなれないのかも。
「リン? ピーピー鳴ってるわよ?」
「ん? あ、ほんとうだ」
考え事から現実に引き戻された。レンジの警告音が聞こえていなかったようだ。
「はいどうぞ」
自分のコーヒーと共にホットココアを持っていって、ミアさんの前に置く。
ミアさんはお礼を言うとすぐに口をつけ、「あちちち」と口を離していた。
「ふー、ふー」
「猫舌、なんですね」
「ネコジタ……? ああ、そうね。昔っから熱いのは苦手なの」
ちょっと子供っぽく言うミアさん。
ちょっと微笑ましかった。
「なによー!」
「いえ、なんか、これがあの世界を賑わすスーパースターなんだなと思って」
「悪い? 悪くないよねっ!」
なんだか、琴葉とか美麗、あずさと最初にあった頃を思い出した。
どいつもこいつもテレビの前では猫を被っていたんだなあと思って、あの時は面食らったことをよく覚えている。
それからミアさんのホットココアが半分くらいまでなくなってこたつに移動したところで、直接聞いてみることにした。
「ミアさんはどうして今日ここに来たんです?」
質問を投げかけると、ミアさんは思い出したかのような口調で答えてくれた。
「だって、リンが何にも連絡してこなかったからね! 仕返しよ仕返し! 驚かせてやろうと思ったの」
「そんな理由でここまで来たんですか……わざわざパパラッチを追い払ってまで」
「当たり前よ! ていうか、リンもリンでしょ! ワタシとの約束をすっぽかそうなんて、いい度胸ね!」
「いや、普通あんな形で連絡先を渡されても、こわくて無理ですって」
「言い訳無用!」
こたつの中でがしがしと蹴られる。いたいいたいいたい。
「まああとは、あれね」
「?」
「きょく! いまから作って弾いてみて!」
「……、え⁉」
もう夜の9時を回ってるんですが⁉ いまから⁉ 作る⁉
「それは、ちょっと、さすがに無理なんじゃあ……」
「口答え無用! あ、ワタシ今日泊まってくから」
「あ、え⁉ えええええぇぇぇぇええええ⁉」
いや、さらっと凄いこと言ったな⁉ 軽く富士山が噴火するくらいのことを、さらっと何気なく言ったぞ⁉
「無理です無理ですって! さすがにそれは! マネージャーさんも許さないでしょう⁉」
「『今日はよく眠れる……』って喜んでたわ!」
「こんにゃろおおおぉおぉぉおおおおお‼」
何故だか信用をされているらしかったミアさんだが、俺にとっては最悪も最悪。
まさかいきなり、ミアさんを家に泊めるなんていうリスク100パーセントのイベントが起きたのだから。
「ほら、じゃあ早く作りましょう♪」
「まずはご飯だこんにゃろおおおおお‼」
今日は徹夜覚悟だ。というか一睡もせずに頑張ろう。
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