第99話 あずさの成人

「はい、みんなグラスもって~」


 白川さんの声に、私たちはそれぞれ一緒の飲み物が入っているグラスを手に取る。


「琴葉、酒を前にしてテンションが上がってないか?」

「凛くん~人を飲んだくれみたいに言わないでくれるかな~? 仕方ないじゃない、久しぶりのお酒なんだから」

「しろ、アル中」

「アル中は完全に悪口だと思うんですけど……」


 巽さんの手にも赤ワイン。そして、彼女にツッコミを入れた生田さんの手にも赤ワインが注がれたグラスがあった。


 そして今日の主役である生田さんは、気持ち緊張しているようにも見える。


「ほら、春下さんも早くしてください」


 料理の準備をしていた私に凪城さんが声をかけてくれる。

 他の3人も今か今かと待っているようだったので、急いでエプロンを脱いで畳み同じように席に着く。


 すると、それを見計らって凪城さんが珍しく乾杯の音頭を取った。


「はい、それではみなさんにいきわたったようですので、不肖わたしめが乾杯の音頭を取らせていただきます」

「なんですか先輩。まったく似合わないですよ」

「凛、幹事に向いてない」

「るせえぇえ‼ 早く飯食わないと冷めちまうだろうが‼」


 親しげに会話を交わす凪城さんと生田さん、巽さんを遠くから見守る。

 仲睦まじい3人はこちらから見ても微笑ましい。


 ちなみに白川さんはもうすでにワインのにおいを確かめていた。


「はい、じゃあとりあえず。あずさの成人を祝って、かんぱーい‼」

「「「「かんぱい!」」」」


 収拾がつかなくなりそうだと長年の経験で判断したのだろう。無理やりに凪城さんが乾杯の掛け声を出して、それに続いて私たちもグラスを動かす。

 グラスをこつんと合わせてそれから恐る恐る口に含む。実は私もあまりお酒を飲むことはないので、生田さんほどではなくとも緊張していた。


「あずさ、どうだ? 初めてのお酒は」

「うーん……味が分かんないですぅ……。なんかアルコールの味しかしないですぅ……」

「よし、じゃあもうワインはやめておこう。そこにオレンジジュースとかもっとアルコール度数の低いお酒とかあるから、そっちにしとけ」

「うう……悲しい……」

「大丈夫よあずさちゃん。あなたの分も私が代わりに飲んでおくから」

「お前もちゃんとセーブしろよ? 前科あるの忘れてないよな?」


 冷静に凪城さんがくぎを刺していると、その間に巽さんが料理に手を付けていた。


 パーティー用のお皿に盛りつけられていたローストビーフを一人でいくつも持っていって、遠慮なく食べている。

 口いっぱいにほおばって、無言で次の料理へと目をつけている。


「もぐもぐ……。ボブ、料理の腕だけはたしか」

「だけ、ですか……。ありがとうございます」


 あまり褒められたような気はしなかったが、お礼を言っておいた。

 ちなみに、巽さんのグラスにはもうお酒が残っていなくて、それでも顔色を変えていなかったからそちらのほうもいけるくちらしい。どうやら、お酒も料理のほうも足りないかもしれない。


「ほんと、鈴音ちゃんは料理の腕がいいわよねえ~。どこかで習ったの?」

「習ったっていうか、レシピ通りですよ。ちょっと材料でいいものを選んだら誰でもおいしく作れます」

「だってよ、あずさ」

「むーなんですかっ‼ 私だってそれなりには作れますから!」


 顔を膨らませて怒る生田さん。ああいったしぐさは女性目線でもかわいく映る。

 白川さんもサラダをフォークで突っつきながら優雅に食事を進めていて、綺麗だった。

 巽さんもいっぱい食べていていい意味で素直だ。ああいった子は男性受けがいいんだろうか、なんてどうでもいいことを考える。


「あー、凛先輩トマトだけ避けてます! いーけないんだー!」

「う、うるせえ! 誰にだって好き嫌いのひとつくらいあるだろうが!」

「好き嫌いなんて、凛くんもお子ちゃまだね~」

「凛、ダサい」

「うっ……」


 4人が楽しく会話をしている中で、一人だけ疎外感なのか温度差なのか、とにかくそれに類する何かを感じる。

 自分がここにいていいのだろうかという気持ちや、どうして自分はこのパーティーに参加しているのだろうかという自問か。


 凪城さんとあの3人の絆は今まで一緒に過ごした長い時間を感じさせるもので、私のような部外者には入ることのできない世界だった。


(あー、ほんとなんで来ちゃったんだろう……)


 この誕生日パーティーに来ることになった経緯を思い出してみる。


 たしか、7月に入ったらあずさの誕生日があるんで一緒に祝いましょうって凪城さんから連絡が来て、で了解してしまったんだっけ。

 そして多分このメンバーになるだろうなーってわかってたのに、来てしまっていた。


 水野さんがいたらもう少し疎外感はなかったかもしれないが、水野さんともそこまで仲がいいわけじゃないし彼女は凪城さんに相当な好意を寄せているからあの中に無理やりにでも割って入ろうとしただろう。

 そうしたらやっぱり、一人ぼっちになる。


 ほんと、なんで来たんだろう。


「鈴さん? どうしました?」


 と、そこで自問自答に耽っていると、目ざとく生田さんに発見されてしまった。


「いえ、何でもないですよ」


 適当にごまかして笑ってみるが、彼女や白川さん、それに巽さんは騙されてくれない。

 慎重にこちらを気にする視線を送ってから、3人で顔を見合わせてそして静かに3人で了解していた。3人で何か共有できることがあったらしい。


「な、なんですか……?」

「いやあ、別に~」


 3人で責められているような気がしたので聞いてみたが、白川さんはそう言って明らかに含みを持たせた言い方をした後、ちらっと凪城さんのほうへ視線を送る。

 そこには、もぐもぐとピザのチーズを伸ばしながら歌のリズムを刻んでいる凪城さんがいた。


「まあ~、後で聞こうかね~」


 一応見逃されたらしい。

 それでもなんとなく考えていたことを見抜かれている気がして、ばつが悪くなった私は空になったグラスにワインを注いでゆっくりと嚥下した。

 自分がなぜそんな誤魔化すようなことをしているのか。自分にもわからなかった。


「ん? なんだよ、こっちばっか見て」

「ううん、何でもない」

「凛先輩に言っても意味のないことですねー」

「同意」

「なんか、無茶苦茶馬鹿にされているような気がするんだが……」


 そこで、いったんその話は終わり、それからは他愛もない話が続いた。

 たしか、巽さんが引越しを考えているとか、生田さんのグループに所属している人の話とか。


 私は途中からアルコールが回ってきた影響からかぼーっとしていて、あまり話を聞いていなかったが、確かそんな感じの話をしていたように思う。

 とにかく私たちにとっては大した話ではなくて、それでもそんな話に真剣に話したり笑ったり、楽しい時間だった。


 でも、9時くらいになって用意していた料理も皿に乗っていたものすべてを片付けると、みんなの会話もだんだんなくなった。

 そしてそこから間もなくお開きになって、凪城さん以外の4人は部屋を出て帰路につくことになった……はずだったのだが。




 まず、おかしかったのは生田さんだ。

 たしか凪城さんと同じマンションに住んでいるという話だったのにもかかわらず、私たちと一緒にマンションから外に出ていた。

 だが、そのことに対して大きく疑問に思わず、まあそういうものだろうと思ってタクシーを呼ぼうとしていた、その時。


 決定的な言葉を放ったのは、白川さん。


「――よし、2次会に行きましょう」


 そして間髪入れず同意する二人。


「そうですねっ!」

「行く」

「え?」


 そこに明らかに一人だけ同意していないというか寝耳に水のような反応をしたのが私だったが、ほかの3人にとってはすでに決定事項だったらしい。


「あ、あの」

「言いましたよねっ? 後で話すって」

「それって、また後日という話では……というかまず、覚えて」

「むしろ、途中からそのことしか考えてなかったからね~」

「同じく」


 それからとんとん拍子で話が進んでいく。

 誰の家でやるだとか、何を買っていくだとか。そういった話だったような。

 あまりに突然の出来事にあまり覚えていないけど。


 そして気づいた時には、二次会が私の家で開催されることになっていたのだった。

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