第100話 全面戦争

「あずさちゃん、ちゃんとお酒買った?」

「ばっちりですっ!」


 こんなメンバーでコンビニに入ってくるなんて、誰も思っていないだろう。

 私も思わなかった。


「というか、生田さんお酒飲めないんじゃなかったですっけ……?」

「何を言ってるんですか鈴さん? このお酒、全部鈴さん用ですよ?」

「もしかしてこれが大学の飲みサークルのノリ……」


 そういえば大学のそういうサークルでは飲めない人間に無理やり飲ませるという話があったような気がする。

 まさかこの人たちまでそういうノリの人たちだとは思っていなかった。


「大丈夫よ鈴音ちゃん。ちゃんと話してくれれば、飲ませたりしないから」

「どういうことです……?」

「尋問よ、尋問。あるいは拷問とも呼ぶ」

「呼んじゃうんですね……」


 今から拷問をしますっていう人がいるのか。というかもう帰りたい。

 でも、ここから始まる二次会、私の家なんだよね……。もしかしたら、帰宅する言い訳を使わせないために私の家になったのか。


「ほら、ボブ。もうすぐあんたの家なんだから、シャキっとする」

「入る気満々ですね……」

「私の家、散らかってる」

「聞いてないし、そこまであけすけに言っちゃうんですね……」


 できれば知りたくなかったような気がする。

 大人気のシンガーの家が散らかっているとか、自分がファンだったらいやすぎる。


 そんな馬鹿話をしながら歩いてくると、やがて私の住んでいるマンションが見えてきた。

 まあ駅から徒歩10分くらいのところだから、すぐに見つかるのだけど。


「あら~やっぱりいいところ住んでるのね」

「駅の間近というわけではないですけど、その分セキュリティのほうは安心なところにって思いまして」

「そのセキュリティも、私の前では無力」

「泥棒のたぐいなら帰っていただきますけど……」

「さーいきましょーっ」


 ひとしきりマンションについて感想を述べると、特に臆することもなく3人はマンション内に入っていく。

 私がキーカードをかざすとピッという音が鳴って、私よりも先に3人がずんずんとエントランスに我が物顔で通った。


 凪城さんといた時よりむしろ機嫌がよさそうな3人に不安を感じたが、だからと言ってここから「帰ってください」ということもできないのでおとなしく家へ招く。


「おじゃましまーすっ!」

「おー意外と小さなところに住んでるのね~」

「綺麗」


 3人が口々に感想を言っているのを耳に入れながら、3人分のスリッパを用意する。


「ねえ鈴音ちゃん。お布団ある?」

「布団ですか? たしかあったような気が……ってなんでですか」

「もちろん、泊まるために」


 サムズアップしてくる白川さん。いや、そんなとびきりの笑顔をされても……。

 まあ、もう今更なの、かな?


「……この時間にお三方をお返しするのは恐縮ですから……今回だけ特別ですよ?」

「やったー! 鈴さん、大好きー!」

「だ、抱き着かないでください!」

「ちびの距離の詰め方、謎すぎる」


 そんなこんなで、自分で逃げ場をどんどんなくしていく。これで「もう帰りますから」と「もう帰ってください」が使えなくなったことになる。

 私って実はバカなんだろうか。


「まあまあ、そんなことはともかく。不安もなくなったことだし、さっそく本題に入りましょう」


 そこで、すっかり主導権を握っている白川さんが四角机の短辺のところをぽんぽんと叩く。ここに座れということなのだろうか。


「し、失礼します……」

「おし、それじゃあ、尋問だね」

「ボブ、がんばれ」

「は、はぁ……」


 尋問官に励まされたのは私が人類で初めてじゃないだろうか。


「じゃあ、まず質問なんだけど」


 そしてどうやら尋問官のリーダーは白川さんらしい、ということだけは分かった。

 ここから何を質問されるか、は別の話で。


 ただ、なんとなく彼のことを聞かれるのだろうなと予想が立つので、適当に応答を考えておく。


 ……考えておいた、のだが。


「鈴音さん。あなたは、凪城凛くんのことを好きですね?」

「――え?」


 白川さんの質問は質問ではなかった。質問ではなくただの確認になっている。


 好きですね? 誰が、私が?


「ちょっちょっちょっと待ってください」

「あーこの慌て具合は図星ですねーっ!」

「いえいえいえ、あの、あの」

「なんか戸惑い方が凛くんに似てて面白い」

「そういう話じゃなくてですね」



 いったん自分で自分を落ち着かせる。動揺したら彼女たちを喜ばせてしまうだけみたいだ。


「まず、なぜそう決めつけるのですか」

「いやあ、まあ」

「見てたら」

「わかる」


 なぜか仲良く返答してくれる3人。

 だが、それは私が求めているものじゃなくて。


「だから、ですね! どうして私が、凪城さんに、その、こ、好意を寄せてると思っているのか聞いてるんです!」


 少し言葉の勢いが強くなってしまう私だったが、彼女たちはそんなことに取り合わずたんたんと返してくる。


「いや、だから」

「見てたら」

「わかる」

「それしか言わないんですか⁉」


 うんうん、ってうなずいてるけど! まったくこっちは分からないんですが!


「というか、むしろ隠そうとしてるの? え、あれで?」

「まさか」

「そりゃないですよ鈴さんー」

「隠すとか隠さないとかその以前の話です!」


 一体どうして私が凪城さんのことを好きだということになっているのだろう。

 どうしてそれは前提だよね、みたいな形で話が進んでいるのだろう。


「え、じゃあ逆に聞くけど好きじゃないの? 凛くんのこと」

「当たり前です!」


 きっぱりと私が言い返すと、3人は顔をもう一度見合わせる。


 そして。


「――いや、やっぱ隠そうとしてるのね」

「往生際が悪いですよ、鈴さん!」

「もうお前は包囲されている」


 どうやらだめらしい。あと、巽さんは私のことを殺人犯みたいに言わないでほしい。どちらかと言えば銀行強盗か。


 ――じゃなくて。


「本当に、好きじゃないですよ……」


 ため息をつくように言うと、3人は驚愕したような表情を見せる。


「もしかして……気づいてないんですか⁉」


 それから何か共通して納得するものがあったのか、3人は私に恐る恐る質問してくる。


「もしかしてボブ、自分の気持ちに気づいてない……?」

「この人、もしかして馬鹿なのでは……っ?」

「これは、重症かもね……」


 すごく深刻そうな目でこちらを見てくるが、何を言っているのかわからなかった。


 頭にクエスチョンマークをあげている私に気が付いたのか、試すように白川さんが質問をしてくる。


「じゃあたとえば、の話よ」

「はい」

「私が凛くんとイチャイチャしてたとする。そしたら、どう思う?」

「どう思うって、別にどうも思いませんけど……」

「『琴葉、俺にはお前だけだよ』」


 淡々と返していると、声を低くして白川さんが凪城さんの真似をする。


 そしてその妙に完成度の高い演技に、私の胸に一瞬もやがかかる。


 それが表情に出ていたのだろうか。


「やっぱり、ね」


 白川さんが納得気にうなずいて見せる。

 そのことに、私はむっとした気持ちで言い返していた。


「なにがやっぱり、なんですか」


 そんな私を見て、白川さんは不機嫌に思うこともなく真剣なまなざしでこちらを見返してきた。


「いい? よく聞いて」


 それから白川さんは唇をゆっくり動かした。


「あなた、凛くんのこと好きなのよ。異性として、恋してるの」


 その言葉に、私の心は大きく揺さぶられた。


 ――私が、凪城さんに、恋をしてる?


 心の中で繰り返し唱えてみても、ふざけた冗談にしか聞こえなかった。


「まさか、そんなはずは」

「それじゃあ、ただの友達にさっきみたいな嫉妬をするの?」


 さっきのもやの正体を、白川さんは嫉妬だと言い切った。


「というか、さっき先輩の家にいるときも、無意識で嫉妬してましたけどねー」


 そして追い打ちとばかりに生田さんがそう言った。

 それに対して返す言葉が見つからない。


 自分のもやもやが嫉妬だといわれて。ずばり心の内を言い当てられているような気持になってしまったからだ。


 そしてそれこそが、まぎれもなく私がほかの女性に嫉妬している証拠だった。


「私が、凪城さんに?」


 そこでどうしてか思い出したのは、先日のあの事件だった。

 凪城さんが床に倒れているのを見て感じた、あの激情。


 あれが恋に由来するものだと言われたら、確かに納得できる話だった。


『ただの仕事仲間で済む話じゃないよね?』


 それから北条さんに言われた言葉。

 そうだ、ただの仕事仲間だったとしても、あれほど理性がはじけ飛んだ感情にはならなかっただろう。


『だからこそ、凪くんがあなたにとってどういう存在なのか、自分で自覚しておいたほうが良い』


 ――たしかに。彼女のアドバイスは間違っていなかった。

 こんなの知らないまま抱えていたら、それこそ爆弾抱えているようなものだ。


 私は、春下鈴音は、凪城凛という男に恋をしているんだ。


「……そして知っちゃったあなたには、二つ選択肢がある」


 そこで、白川さんの言葉で回想から引き戻される。


「選択肢?」

「そ、選択肢」


 選択肢という奇妙な言葉に興味を惹かれる。

 今の自分は、心がむき出しになった無防備の人間だ。だからか、いつもより素直でいられた。


「一つは気持ちのままに行動を起こすか」


 つまり、彼と結ばれようと努力するということだろうか。


「かなり苦難の道だと思う。ただでさえ芸能人の恋愛は苦労するものなのに、あなたにはアイドルという肩書まである。そのことは分かってるわね」


 そこで思わず生田さんのことを見てしまった。

 恋愛をしているのではないかと勘違いされて、挙句の果てに刃傷沙汰にまでなってしまった彼女。それが、どうしようもなくアイドルの恋愛の難しさを表していた。


「ま、そうなったら私たちは敵同士ですけどねっ!」


 その生田さんが、さわやかすぎる笑顔でそんなことを言った。

 敵同士、というのは恋敵というやつなのだろうか。


「そしてもう一つは、このまま彼のことを忘れちゃうこと。諦めて、彼はビジネスパートナーだと割り切る」


 今度は、巽さんがお酒の缶を爪先ではじく。カーンという音が妙に響きよく鳴った。

 つまり、お酒の力に任せて一夜で発散させようというのだろうか。なるほど、お酒をあれだけ大量に買ってきたのは、何もいたずら目的ではなかったらしい。


「さて、二つに一つだけど、どうする?」


 白川さんは優しい目でこちらを見ていた。

 どちらを強要しようということではなく、あくまで中立の立場で私に選択肢を示していた。


 恋心を優先するか、諦めて仕事を優先するか。


 正直に言えば、まだ恋心と言われてもピンと来ていないところもある。

 だって別に彼相手に性欲もわかないし、付き合いたいなんて気持ちもない。


 だけど、彼が例えばだれかほかのだれかと付き合うとか、誰かとえ、えっちするとか、そういうことは想像しようとするだけで嫌な霧が心の部分にかかる。

 それが多分、恋をしているということなんだろう。


「ふー……」


 頭の中では、仕事を優先して彼とは普通の仕事関係でいろと言ってくる。

 どうせうまくいかないだろうし、何より彼以外にも素敵な男はいるかもしれない。だから論理的に考えてやめておけと、脳が命令してくる。


「……でも、そうだよね」


 わざわざ芸能界に復帰したのは、幸せになるためだ。もう一度人生に彩りが欲しかったからだ。

 そんな自分が、仕事を優先しすぎるのは間違っている。第一、諦めるべき理由なんて、一つもない。諦めたほうが良い理由が一つもない。


 それに、どこかの自分勝手な人が、『私に幸せになれ』っていうんだもん。しょうがないよね。


「――ふん。ここで恋のライバルを落としておこうなんて、卑怯な考え方をするんですね」


 そこで、目いっぱいに挑戦的な言葉を白川さん、そして生田さんと巽さんに投げかけた。


 そしてそれを聞いた白川さんをはじめ3人は。


「……は、別にこんな子供一人参加したところで、どうってことないわね」

「鈴さん、そんな口悪い女性は先輩の好みじゃないですよー!」

「ボブ、生意気。踏みつぶす」


 口の端を釣り上げて、同じように喧嘩を吹っかけてきた。


「――全面戦争ですね」

「戦闘力が違いすぎるから戦争になりえない」

「一番若いわたしが有利すぎますねっ!」

「すでに凛くんは私のこと好きだからなあ」


 そこからはあまり覚えてない。

 ひたすらにお酒を飲みかわしながら、女性には似つかわしくない罵りあい。

 あーだこーだとわんさか言い合って、気づいた時には4人とも机に頭を乗せて寝息を立てていた。

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