第101話 二日酔いして決意

「ん……? もう朝か……」


 朝、太陽がやんわりと顔をのぞかせるときに琴葉はぼんやりと目を覚ました。


 見慣れない部屋に普段とは違うにおい。


「あ、そういえば昨日泊まったんだった……」


 目をこすりながらあたりを確認すると、隣で寝息をすーすーと立てながら机に頭を乗せている鈴音の姿があった。

 普段は鎧をまとっている彼女が、こうして無防備な姿で寝ていることはとても新鮮で、正直に言ってしまえば琴葉の琴線に触れるくらいかわいかった。


「あ、はーさん起きたんですか~?」


 とそんなことを考えていると、香ばしいにおいとともに鈴のような声が聞こえる。


 そこに立っていたのはエプロンを身にまとったあずさだった。


「おはようございますっ!」

「朝から元気ね~。おはよ~」


 寝起きの琴葉とは対照的に、あずさはすでに活動時間へと入っていたようだ。


「まあ~私ははーさんたちほどお酒も飲んでないですからね~。あと、朝ご飯は自分が作ると決めていたので!」

「朝ご飯?」


 そこでにおいのもとをもう一度鼻で確認すると、温かみのある味噌のにおいが鼻腔をくすぐった。


 おなかを刺激するようなおいしそうなにおいに、二日酔いでけだるげな体を引き起こしてキッチンのほうへと向かう。

 するとそこには、みそ汁が煮えた鍋だけでなく、色鮮やかに輝いた卵焼きとフライパンいっぱいに広がったスクランブルエッグがつやつやと存在感を示していた。


「なぜに卵料理が2品……?」

「得意料理がこれだからですっ!」


 おずおずと尋ねてみたが、胸を張って返されてしまった。

 どうやらこの問答はもう慣れたものらしい。誰と繰り広げたのかは、容易に想像がつくが。


「でも、本当に美味しそう。やるじゃん」

「ありがとうございますっ! 凛先輩のもとで修業したかいがありました!」


 あえて口にしなかった名前をあずさは堂々と口にする。

 それくらい、本人の中では楽しい思い出であるとともに、凛との思い出ということが大事なのだろう。


「あずさちゃんも、努力してるん、だね」


 料理もだが、凛との距離を縮める努力をちゃんとあずさはしていた。

 その事実がうまく受け止めきれなくて、なんだか上から目線で言ってしまった。


「そうですよ! ちゃんと料理ができるようになって、先輩に喜んでもらいたいですからっ!」


 まぶしくて目が痛くなるほど純粋だ。

 思わずこの子と戦えるのだろうか、戦っていいのだろうかという気持ちになってしまうほどには。


「ふん、私は歌で凛を満足させるから」


 だが、そんなナイーブな気持ちになりかけていたところに、新たな闖入者がやってくる。

 耳にイヤホンをさしているのは、それまで曲のチェックをしていたからだろう。


「おはよう、美麗ちゃん」

「ん、おはよう、しろ」

「まだ私のこと『しろ』って呼んでるんだ……」


 そう茶化しながら、彼女のストイックさにも思わずたじろいでしまう。

 昨日は琴葉以上に飲んでいたはずなのに、きちんと朝早くに起きて仕事のことを考えている。

 こっちはこっちで純粋でまっすぐだ。


「みれーさんもおはようございますっ!」

「ちびは朝からうるさい」

「ひどくないですか⁉」


 一人たじろいている自分に対し、二人は対等にかかわりあっている。

 いや、本当は私も同じ立場でかかわっているはずなのに、自分で自分を落としてしまっているのだ。


「とにかく、早くご飯作って」

「作ってもらう側の人間が言うセリフですか!」


 仲良くじゃれあっている二人。そのように琴葉には見えた。

 だが、怒って抗議しているあずさに対し、美麗は意外にも淡白に返した。


「あんたたちに負けてられないから。早く仕事に戻らなくちゃ」


 真っ向からのライバル宣言。その声音は真剣そのもので、一度に穏やかな雰囲気に緊張感が走った。

 というのも、彼女のその発言は昨日の夜のことを考慮したものだった。


『――全面戦争ですね』


 昨日の鈴音の発言。超強力なライバルが増えたことを知らせる狼煙。

 その言葉を聞いた昨夜の美麗は、いや美麗だけでなくあずさや琴葉も感化されたのだった。


 そしてそのことを、美麗の発言から思い出したのが琴葉。

 昨日は半ば勢いで言い争っていた彼女だったが、朝で現実に戻されてもなおその気持ちは消えてはいなかった。


「……そうだよね。卑屈になってる場合じゃ、ないね」


 自分に言い聞かせるように言った言葉は、琴葉に昨日の夜に争いあった熱量を思い出させるには十分だった。

 むしろさっきまでしゅんとしていた自分は、まだ寝ぼけていたのではないかと思うほど。


 そしてその様子を見ていたあずさが、からかうように言う。


「まあ、どう考えても今一番リードしてる人が、こんなにぐっすりなわけなんですが」


 3人はいまだにすやすやと幸せそうな顔をして寝ている鈴音を見ながら、納得する。

 いつもは美麗あたりがその言葉に反応しそうだったが、美麗も恋のせいで盲目になっている、ということはないらしい。


 凛との関係が長い彼女たちの目から見ても、やはり凛との距離が一番近くにあるのは鈴音だという共通認識があった。


 その受け入れがたい事実をきちんと確認した3人は、だけど。


「よし、がんばりましょうか」


 まったく負けるつもりもなく、もちろん譲ってやるつもりも全くなく。琴葉の声には熱量がこもっていた。

 ある種の団結感と、そしてもちろんのことながら闘争心を持ち合わせた琴葉の言葉に、ほかの2人も大きくうなずいた。


 鈴音の決意に刺激されて、確実にこの3人も決意を固めていた。

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