第93話 先輩とマリカ

「凪くん~、おはよう~」

「せんぱ…………せんぱいッ⁉⁉」


 次の日の朝、普通に起きて朝食のトーストを食べているところで先輩が襲来。

 嘘みたいだろ……これ、朝の8時なんだぜ……。


「ななな、なぜここが」

「うーん? まあ昨日あの後、凛くんの後をついていったからね」

「なんでそんなことを⁉ というか、マンションの部屋番号までわかりますか普通⁉」

「いや、部屋番号のポストを確認してるの見たからねえ」

「もはや犯罪では⁉」


 というか、この状況、一体どうすれば⁉ さすがにこういうシチュエーションは想定してなかったぞ?


「凪くん~開けて~。寒いぃ~」

「もう5月なんですが? 限りなく夏に近い春なんですが?」

「私ぃ、冷え性なのぉ」

「嘘つけ‼」


 と言いながらも、これ以上玄関の前に居られても何をしでかすのかわからないので、おとなしく家に上げることにした。

「ありがと」っていいながら靴下を脱ぐ先輩。


「あの、自分の家みたいに自由なのはなんでですか」

「え? だってここ凪くんの家でしょ?」

「でしょ? じゃないですよ! どういう意味ですか⁉」

「まあまあ細かいことは気にせず」


 全然細かくないことは気にしてもいいんでしょうか。というか、もはや訴えていいでしょうか。

 あと、素足って妙にエロいんでやめてもらっていいでしょうか。まじで、先輩みたいな美少女が家で裸足でいて生活感を出すとか、めちゃくちゃ男にはきついんでやめてもらっていいでしょうか。


 と、そんな馬鹿なことを考えていると、先輩が俺の部屋の中を物色していることに気が付いた。


「凪くん、今日はなにか予定とかあるの?」

「なんですか藪から棒に。まあ、特にないですけど」

「じゃあ凪くん」


 そうやって呼びかけると、有名なニンテンドースイッチのコントローラーを俺に渡してきた。


「ゲームしよ! ゲーム」

「は、はい?」


 状況がつかめていない俺に、先輩は手際よくセットアップをしていく。どうやら先輩が持ち込んだゲーム機を、俺のテレビに接続しているらしかった。


「まさか凪くんがゲームを持ってないとは思ってなかったけど、まあ持ってきといてよかった~。ほら、凪くんも座りな?」

「座りな、っていうか俺の家なんですけど……」


 しかも、先輩がとんとんと叩いてる場所、先輩の真横だし。さすがに、そのポジションにつくのは無理でしょうが。

 ただ、先輩が許してくれる様子もないので、ちょっと離れて横に座る。せめてもの抵抗である。


「……。まあいっか。じゃあとりあえず何する? マリカ? マリカにする?」

「マリカめっちゃやりたいじゃないですか……。まあそれでいいですけど」

「いや、実はうちの事務所内でマリカの大会をやるからさ~。練習したくて」


 そういいながら、さっそくマリカを起動する先輩。


 ちなみに、マリカというのは、大人気シリーズ「マリオ」のレーシングゲームである。

 普通のレーシングゲームと違って途中で様々なアイテムをとることができ、初心者でも多少の差ならひっくり返すことができるゲームである。


 俺もスイッチのマリカは知らないが前の機種でのマリカなら何回もやったことがあって、実は多少なら自信がある。


「先輩が相手だからって、俺、手加減できないですよ?」

「お~いうじゃん。ふふん、かかってきなさい」


 というわけで、男の意地をかけたマリカを、今から開始する‼




「ちょっと凪くん~、そんなにくっついてこないでよ~♪」

「あ、す、すみません‼ あっ、ちょっと先輩甲羅投げないでくださいよ‼」

「ふっふふ~ん」


 ……あれだった。めちゃくちゃ俺がへたくそだった。先輩が先頭からわざと俺のところまで戻ってきてくれるというプレイをしてきたのに、一向に勝てる気がしない。

 これだけ舐めプをされておいても、いつの間にか一周差もつけられているとかいう、もはや勝負にならない世界。


「あ、また落ちた‼」

「いやあ、本当にセンスないねえ。どうしてあんなに自信があったのか教えてほしいくらいだねえ」

「くッ……‼ 何も言い返せない……」

「あと、カートと一緒になって体が動く人、初めて見た」

「それは、沢村にも言われたことがありますね‼」


 そして体が動いた先に先輩がいるというのが、冒頭の話になる。決してゲーム内の話ではない。ゲーム内では先輩に追いつくことすらできないから。


「いや~、じゃあ罰ゲームはどうしようかなあ」

「え、それ初めて聞いた話なんですが⁉」

「凪くんの家の同居券10日分か、うちの家に100日軟禁されるの、どっちがいい?」

「選択肢を用意しているように見せかけて用意してないのやめてください‼」

「よし、じゃあわかった、デートをしましょう」

「ででで、デート⁉」


 先輩の突拍子もない話は、とどまるところを知らない。

 そして、ついでに先輩は独走状態で3週目に突入している。ちなみにルールは、先に三周したほうが勝ちである。

 つまり、罰ゲームはすぐそこにあるということだ。


「デート、いいでしょ? ほら、私となら前みたいにどっかの声優さんと炎上することもないでしょ?」

「何で知ってるんですか⁉ あと、その話は掘り返さないでください!」

「私は顔ばれとかしてないしねえ。あと、スタバで出た新作のパフェが食べたい」

「いや、知らないですから!」


 マイペースな先輩に振り回される俺。なんだか、こうしていると高校時代に戻ったみたいだ。


「あ、それか凪くんとラジオでもいいよ? ほら、前やってたの見たよ? なんか女の子とイチャイチャしてるだけみたいだったけど」

「なんですかその悪意のある言い方……。ラジオなんですから、仲良く話してて当たり前でしょ」

「まあ、私も男性ライバーと仲良くしてるんだけどね!」

「なんの負け惜しみなんですか……」


 サムズアップをして見せる先輩だが、まったくもって意味が分からない。あと、地味にウィンクもできてない。


「あ、ゴールした」

「無感動に一位を取るくらいなら俺に譲ってくれませんかね⁉」


 でも、こうやって先輩と普通に話せているのは、少し安心した。

 自分の中で、昨日のことや高校での告白のこととかが引っかかっていて正直に言えば気まずいかなあと思っていたが、そんなことはなかった。

 もしかしたら、先輩が俺に気を遣って話しやすいようにしてくれているのかもしれないが。


「よし、じゃあ次はお外に行こう。服買うからついてきて~」

「荷物係にすることを隠しもしないんですね!」


 いや、ただ単に先輩が好きなように生活してるだけだな、これ。



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