第117話 変わらない関係

「ごうがーい! 号外ですー! 〇〇さんが、作曲家の凪城凛さんとの結婚を発表しましたー!」


 2年後の冬。凛も大学を卒業してから2年。

 世間は、突然舞い降りてきためでたい話に盛り上がりを見せていた。


『どうですか、○○さんが結婚とのことですが』

『いやあ、大好きな方だったのでショックです……でも、幸せになってくれたら、それで満足です! 凪城さんが不倫したらぶん殴ります!』

『あはは、ありがとうございました~』


 テレビの中では朝からバカ騒ぎ。

 あちらこちらで速報として放送をしていて、一大ニュースになっている。


 ツイッターのトレンド1位にすぐ駆け上り、一瞬にして日本の話題をかっさらった。


「なんてこといわれているけど?」

「不倫なんかするわけないだろうが」

「大丈夫。ファンに刺される前に私が殺すからねっ」

「しないって言ってるだろうがあぁぁぁあああ‼」


 そしてその新婚夫婦は今何をしているのかと言えば、新居に向けて引越しを進めていた。


「でも、そうか。このマンションとも長い付き合いだったけど、もう戻ってこないんだな」

「名残惜しい?」

「名残惜しいって言うのかな。どちらかと言うと、寂しいって感じだ」


 今いるのは男の方のもともとの家だった。

 女性の方の家はすでに二人で整理を済ませて荷物の移動も終わっている。


「まああれだしね。いっぱいえっちした思い出があるもんね」

「ばっ、何言ってんだ‼」


 顔を真っ赤にしている男に対して、女性の方はおかしかったようで大笑いしている。

 それを見て、男はさらにむきになった顔で怒る。


「まあまあ、新居になったらいつでも一緒に居られるからさ。ちゃんとダブルベッド、だし」

「ベッドの話ばっかりすんな‼」


 はあ、と男はため息をついてまた物を段ボールに詰める作業を進める。


「まったく、お前ってやつは」


 それから彼女の姿をもう一度確認して、少し喜びを含ませながら。


「お前っていつまで経っても変わらねえのな、琴葉」

「そっちのほうが嬉しいでしょ、凛くん?」


 そして二人は二年前の夏のことを思い出していた。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――





「凛くん。夫婦になってくれませんか?」


 琴葉が意を決して言った言葉。

 琴葉が珍しく顔を赤らめて、声をしぼめて、それでもはっきりと口にした言葉。


 それを、俺は。


「――夫婦は早いだろうが」


 バッサリ切った。


「……そっか、そうだよね……」


 言われた琴葉は、分かりやすいように落ち込んでいた。

 それだけ琴葉が感情の起伏を見せるのは、やっぱり珍しい。


 いや、でもそりゃそうか。

 失恋したと思って、へこむなんて普通だ。珍しいことではない。


 失恋したの、なら。


「なんか勘違いしてるな、琴葉」

「――へ?」


 俺の言葉の意味を掴めなかったのか、目に水をためて琴葉が俺の方を向いた。


 その瞬間を、俺は思いきり抱き締める。


「ふ、夫婦はまだ早いだろ……。まずは、こ、恋人から、じゃないか?」


 ――だ、ダサい! 絶妙にダサい。


 疑問形なのもダサいし、噛んじゃうところもダサい。

 うわあ、最悪の返しをした……。


「え、えっ、えっと」


 あれ? あれ? と現状が呑み込めていないのは琴葉。


 その彼女の手が、恐る恐る俺の背中に回されるが力は入っていない。


「あれ、俺の思ってた反応と違うんだけど……」

「それはこっちの、セリフって、え?」


 夕焼けが背景としてこれでもかと活躍しているのに、俺たちは締まらない雰囲気のまま。


「私たち、付き合う…………ってこと?」


 ダメだこの空気は、明らかに恋人関係のスタートとしてよくない。


 どうすれば、どうすれば……?


 思いつくことは一つしかなかった。


「――んっ⁉」


 俺から琴葉の唇をふさぐ。

 自分からしたからか、不器用で唇の感触もあまりわからなかった。


 それでも俺は勢いに任せて言う。


「俺は琴葉のことが好きだ! その顔も性格も、めちゃくちゃ好きだ……と思う!」


 自分でも何を言っているのかわからなかったが、それでも今は冷静になる方が怖かった。


「ずっと隣で支えてくれて、いろいろなことを教えてもらって、たくさんの素顔を見せてくれて」


 琴葉と出会ってからの4年間を思い出して、総決算だ。


「からかったときにふっと微笑む琴葉が好きだし、やり返されて顔を赤らめる琴葉も好きだ」


 だから、と俺は息を一回吸ってもう一度。


「俺と、付き合ってくださいッ‼」


 ありったけを出した。ありったけの思いを吐きだし、そして琴葉の返事を待った。


 返事は分かっているはずなのに、何故だかすごく緊張していた。


「はは……あはははははっ‼」


 そして琴葉は俺の言葉を聞いて、噴き出した。


「ちょっ、笑うとこあった?」

「そんな告白ある? 顔も性格も好きだって、まあ言われて悪い気持ちはしないけどさ」

「そ、それはしょうがないだろ!」


 琴葉はひとしきり笑った後、目にたまった涙をふく。


 それから立ち上がって自分のお尻についた砂をぱさぱさと払ってから、俺の方へ手を伸ばしてきた。


「じゃあ、よろしくお願いします、凛くん♪」


 釈然としない、そんな告白の締まり方だった。


 だけど、それも悪くはない。

 始まり方なんて、これから一緒に過ごす長い時間のことを考えたら大したことではないのだから。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――




「あ、テレビに美麗ちゃん出てるよ」


 美麗に言われてテレビの方に向く。

 すると、そこにはちょこんとおとなしく座っている美麗が映っていた。


『巽さん。二人は2年ほど前から付き合っているとの話でしたが、ご存じだったのでしょうか?』

『知ってました。二人はイチャイチャしているのは有名な話だったので』


「あいつ、根も葉もないこと言ってないか?」

「いや、有名だったよ? 私なんて、しょっちゅういじられたし」

「なんで⁉」

「まあ秘密ってすぐにばれちゃうものだからねえ」


 いや、悠長に言ってるけど! それ一歩間違ったらスキャンダルとして暴露されてたんじゃないの⁉


「ほら、包装終わったのなら荷物積んでもらお。早く新居行きたい」

「んあ? ああ」


 ちなみにあのテレビは処分して、新たにもう少し大きいサイズのテレビをすでに用意してある。


 それから、荷物を運び出してもらい、俺たちは引越し業者さんとは別でタクシーで移動する。


「お手頃のマンションがあってよかったね」

「まあそれに関してはあずさがいろいろ探してくれたおかげだが」


 家賃30万円以内、駅から近くで3LDK。

 部屋も3つあって、子供ができた時用、仕事用、寝室とスペースにも問題ない。


「と、そんな噂をすればあずさから電話が」


 着信がうるさいので、電話に出ると元気な声が聞こえてきた。


『まだですかーっ? もうこっちで待ってるんですけどっ』

「なんで家主よりも先に家についているのかは知らんが、手伝ってくれてありがとう」

『大丈夫です! 隠しカメラをつけて、二人の夜の営みを見ていたいので!』

「なんだ、今はそういう話をするのが流行ってんのか? あとそんなんつけたらぶっ飛ばすからな」

『分かってますって。凛先輩の前にはーさんに絞められそうです』


 隣で俺らの話を聞いていた琴葉がにっこり笑っている。

 あながち冗談でもないらしい。


『じゃあ待ってまーすっ』


 ぷつんと一方的に切られる。

 なんとも生きのいいやつだ。死なないといいな。


 間もなくして、俺たちも引越し先のマンションに到着する。

 最低限に抑えた荷物を引越し業者さんと一緒に運びながら、エレベーターで上がる。


 それから大家さんからもらったカギを、俺と琴葉の二人で同時に回す。

 実は、この家に入るのはこれが初めてだった。


 ガチャッと音がして、玄関に入る。すると。


「遅いですよーっ!」

「お疲れ様です」

「お疲れ~」


 あずさ、春下さん、雫さんの三人が出迎えてくれていた。


 3人に迎えられる俺と琴葉。

 この状況が、この2年での関係性の発展を改めて実感させられた。


 ……と思ったのだが。


「水道もガスも通ってたみたいだったので、お風呂借りたよ~」

「……雫さん、ここ俺の家なんですが」

「この前もらった曲、なんか納得がいかないのでもう一度練習しましょう」

「今引っ越しの準備をしているんですが春下さん⁉」

「あ、はーさん今度また服買いに行きましょうっ!」

「いいね。行こうか、ちょうどよく凛くんのクレジットカードも手に入れたことだし」

「渡した覚えはない‼ 自分の金で買え!」


 うん、いつも通りだな。よくも、悪くも。


「そういえば、春日井さんも仕事が終わったら来るって言ってたな」

「美麗ちゃんと一緒にくるみたいね」


 そういえば、春日井さんはあれから放送界に入って今はAD見習いみたいなことをやっているようだ。

 今美麗が出ている番組も、一応春日井さんが関わっているらしい。


 みんな、関係性や仕事は変わったものの、中身は何も変わっていない。


「……まあ、変わってほしかったところもあるけどな」

「何独り言を言ってるんですか、凪城さん。早く来てください」


 変化というのはほんのちょっとでもいいのかもしれない。


 それくらいが、人生のスパイスとしてはちょうどよいのだ。きっと。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――


これで完結となります。後日談のようなものは書こうと思っているのですが、ひとまず本編は終了です。

長い間、ありがとうございました! 読んでくださってありがとうございました1

たくさんの感謝を、読者様に! 


(新しい作品を書いたので、ぜひ読んでくれると嬉しいです……!)


作者より

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