第37話 ゼミ

 あれだけ長かった夏休みも、あっさりと何の前触れもなく終わった。


 それに伴ってインターンもなくなり、今までのような日常に戻る。


 変わったことがあるとするなら、大学の授業でゼミというものが始まった。

 簡単に言えば少人数で行う授業のようなもので、文系の学生によくあるものだ。


 中にはゼミのメンバーで旅行に行ったりすることもあるらしいが……俺には遠い話だ。

 というかそもそも、大森教授が担当するゼミでそんな男女のイチャイチャが起こりそうなことは禁止されている。(何故かは本人の名誉のために言わないでおく)


 そんなゼミの第一回の授業が、新年度になり、始まっていた。


「それで授業ごとに各グループにレポートを提出してもらう。私の方で5人グループを二つ作っておいたから、一度席を変えてくれ」


 大森先生の指示に従って、ホワイトボードに張り出されたとおりに席を移動する。


「あっ、凪城くん……!」

「お、春日井さん。同じグループなんだ」

「う、うん……! や、やった……」

「ん? 何か言った?」

「な、なんでもないよっ!」


 どうしてか挙動がたまにおかしくなる彼女は、春日井菫かすがいすみれ。いつも僕が大森先生に質問をしに行くときに一緒についてくる女子だ。


 もちろん、そこまで仲が良いというわけでもないのだが、顔見知りがいるというのはとてもありがたかった。


「これからよろしく」

「う、うん! こ、こちらこそ、です!」


 もしかしたらこれは、友達が少ない俺に対して大森先生が配慮をしてくれたのかもしれない。

 やっぱなんだかんだ言っていい人だと思う。


 ただやはり5人グループということで、全員が全員望む人と一緒の組になるわけではなく。


「うわっ、あいつと一緒だ」

「え。うわ、凪城か……」

「最悪……」


 どうやら、同じグループの他の女子3人は俺と同じことをよく思わなかったらしく、愚痴をこぼしていた。

 まあそりゃそうだ。俺もこんな怖い顔の奴が同じグループとか嫌だわ。


「えー、あっちのグループには早坂くんいるじゃーん。あっちがよかったー」

「あのイケメンの? うわ、じゃあ完全にハズレ引いちゃったねー」

「あはは、えみそれひどーい」


 早坂と言えばあの超イケメンの早坂か。そりゃたしかにハズレだな。


「さ、さすがにい、言いすぎですよね……。わ、わたし、ちゅ、注意してきます……っ!」

「いや、いいよ。てか、そんな緊張してたら注意も何もできないでしょ」


 間違って春日井さんがヘイトを買ってしまってもしょうがないしな。


「はぁ……」


 残念ながら前途多難、という感じだがまあいいだろう。




 その後、一通りの説明が大森先生からあり、その日の課題が言い渡された。


 一応グループでラインのグループが出来て、分担してそれぞれ該当箇所をまとめてレポートにしようという話になった、が。


「明らかに俺のページ分が多いんだが……」


 他の人と比べて3倍以上ある気がする。何故だ……。


 というか俺のことを怖いと思っているくせに、よくそういう嫌がらせをしようと思うよな。俺だったら逆にそいつの分まで課題をやるが。

 あれか、3人いれば怖くないとかいうやつだ。


 まあ自分でやる量が多いのは別に問題ないが、なんとなく骨折り損になりそうな気がする。


「よし、いったん休憩するか」


 たしか前に買っておいた緑茶があったような。

 緑茶が好きってわけでもないんだけど、温かいものを体に入れるとなんだか落ち着く。


「ほえー」


 大漁のレポート課題を前にして少し気が滅入る。ちょっと曲でも作ろうか。


「はい、ピンポーン」

「⁉」


 インターホンが喋ったァ⁉ ……なわけねえだろ!


「インターホンを鳴らすか、もう少しまともな挨拶をするのかどっちかにしてくれ」

「ごめんごめん」


 玄関を開けると琴葉がいた。声で琴葉だとは分かっていたが、夕方に来るというのは多忙な琴葉にしては珍しい。


「なんだ、早いな」

「ちょっと仕事が早く終わったんでね~」

「来るなら連絡の一本も寄越したらどうなんだ」

「驚かせてみたくって」


 いや、別に驚かないが。むしろあの琴葉が連絡してから来る方が驚くが。


「あれ、凛くんは曲作り中だった?」

「ん? ああ、ちょっと気分転換にな。とりあえず上がってくれ」


 こう見えても琴葉は女優。お疲れだろう。


 部屋に上がると、すぐにソファに座る琴葉。ついでに部屋の匂いも確認してくるが、ちゃんと消臭剤を設置したのであずさが来ていることなどはバレていないだろう。

 さすが、俺。成長しているのだ。


「ふーむ。少し変なにおいがするが……まあ気のせいか」


 さらに言えば、今日はあずさに来るなと言ってある。完璧だ。


「なんか食べてくか? 軽いものなら作れるけど」

「やった~。凛くんの手料理だ~」


 あずさの料理を手伝っていたら俺も多少は作れるようになった。女子力アップである。


「じゃあ、ちょっと待っててくれ」


 ちゃちゃっと作ってしまおう。




「それで凛くん。何か疲れているようだけど、どうかした?」

「あ? ちょっと大学の課題がな」


 自分では分からないがどこか疲れた顔をしていたらしい。まあ、大学も始まったばかりだしな。


「見せて~。どんなことやってるの?」

「おいこら」


 食後にパソコンをいじっていると、琴葉が覗いてきた。ちかいちかいちかいちかいやめてやめてやめてやめて。


「え、これ全部やるの?」

「あ? ああ、まあな」

「え、大変じゃない?」


 20ページ以上あるスライドを見て目を丸くする琴葉。台本の方が文字がいっぱいあって大変そうだけど。

 大学生が意外と大変だと知らなかったのかもしれない。


「まあな。ちょっと押し付けられちゃって」

「え、酷くない?」

「よくあることだ。別に気にしてないから大丈夫だ」


 何故かやられた本人でもある俺よりも琴葉が怒って苛立ちを感じている。


「私から文句言っちゃおうかしら」

「急にお前が出てきたらまじでビビると思うからやめてくれ」

「まったく、大学ってしょうもないところね」

「しょうもない言うなし。それに、そういうのは人それぞれだから、一緒くたにするのもよくないぞ」

「そう?」


 課題を押し付けるような人間もいれば、そうでない人間もいるという話だ。


「ならいいんだけど」


 俺のために怒ってくれたであろう琴葉に感謝しながら、その日は夜遅くまでレポートを書いていた。

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