第43話 デート?

「じゃあ今日のデートはココ」

「今日は、っていうところが気になりますが……」


 雫さんと二人で遊びにやってきたのは、都内のショッピングモールにやってきていた。


 ああ、雫さんのような人の横に並ぶ日が来るとは。もっといい感じの服でいい感じにお洒落してこればよかった。

 そんな能力は俺にはないけど。


「ほら、何してるの、ついてきて!」

「りょ、了解です」


 ――横に並ぶというより、後ろをついていっているだけだった。


 ちなみに雫さんはマスクをしている。

 変装の為であるのと、声優さんということで喉を気遣ってのことらしい。



 まず入ったのは服屋。


 なんでもこれから冬に備えて防寒具を新調したいとのことだった。


「ね? どれがいいと思う?」


 見るのはマフラーらしい。

 片手にピンクとネイビーのボーダーのマフラー、もう片手にはカーキ色と白のシンプルなデザイン。


 そのどちらがいいのか、と聞いているようだった。


「え、ええぇぇ……」


 でた、このパターンである。よくドラマとかアニメでやってるやつ。


 そしてお相手はなんと超美少女の水野雫である。

 選ぶ側のプレッシャーが半端ない。


 どっちどっち? っていう顔で無邪気に見てくるけどそんなに期待されても……。


「う、うぅぅ……」

「ほらほら、どっちだね?」


 これあれだ、雫さんも絶対にわざとやってる。俺の苦しむ顔がそんなに見たいのかー!


 などと嘆いてもしょうがないので、大人しく考えてみる。


 目を閉じて、二つのニットマフラーを頭の中で雫さんに装着させる。


 ピンクと水のマフラーならフレッシュな印象、カーキと白のマフラーなら大人っぽい印象を受けた。

 我ながら脳内での再現度が高いのが少し気持ちの悪いところではあるが。


「うーん……」


 どっちでも似合うんだよなあ。ぶっちゃけどちらか選べと言われても難しい話だ。


 だからつまりどういうことかと言うと、純粋にどちらが俺の好みかということだ。

 そんな自分勝手な理由で選んでしまっていいのだろうか、って本当に優柔不断だな俺。


「はい、5秒前。さーん、にー、いーち」

「えええええ⁉ じゃ、じゃあそのカーキの方で!」

「うん! おっけ! 買ってくるね!」


 そういってぱぱーっと買いに行ってしまった雫さん。


 本当に俺のチョイスで買わせてしまった。


 もうあれだ、とりあえずこれから1週間はこのチョイスが正解だったかどうかで色々と考えるやつだ。



 そしてそれから二人でバイキング形式の店にやって来た。


 二人でバイキングというのもどんなものかと思ったが、どうやらお腹が空いてたくさん食べたいとのことだ。


「んー、おいし!」

「ちょっと雫さん! あんまり目立たないようにって!」


 料理を食べて喜んでいる雫さんを慌てていさめる。


 今はご飯を食べている途中なので、先ほどまでつけていたマスクも当然外されている。

 だから、知っている人が見たらすぐに水野雫だと分かってしまうのだ。


 バレるのはアカン。まじで、アカン。


 いや、俺としてはやましいことがあるわけでもやましい関係があるわけでもないと思っているが、うっかり疑われでもしたらもうだめなのだ。


「いやーやっぱ好きな男と食べる料理は格別だね」

「す、好き⁉ そ、そんな軽々しく言わないでくださいッ!」

「え、好きだよ?」


 なおも真っすぐに、それでいてフランクに言う雫さん。

 目を丸くして首をかしげている。


 ――だが俺は好きという言葉に、琴葉の言葉を思い出していた。


『自分のことが好きな人間』を選べと彼女は言っていた。


 風城冷ではなく、凪城凛のことを好きな人間を。


 では、雫さんはどちらの俺を好きになっているのかと言えば、それは答えを出すのにそこまで苦労はしない。


 風城冷だ。


 なぜって、それは彼女が俺に初めて会った(実際には2回目だが)時から、俺のことを好きだと言っていたことだ。


 そのときの彼女は風城冷のことは知っていたとしても、まだ凪城凛のことは知らなかったはず。


 彼女が好きなのは風城冷という人間で、作曲家で、この世に存在しない人間なのだ。


「そ、そうですか……」


 彼女の好意の言葉で、変に傷ついてしまう俺。なんだか情けないな。


「どうしたの、元気なくして?」

「い、いえ、なんでもないです!」


 食事中に雰囲気を悪くしてしまうのは良くない。

 俺はすぐに姿勢を正す。


 ただ最後に一つだけ聞いて。


「ぼく、いえ、俺は凪城凛だと思いますか? 風城冷だと思いますか?」


 そんなある種哲学的な問いに、雫さんは少し悩む素振りの後にあっけらかんと言ったのだ。


「んー。どっちもでしょ? 君は凪城凛くんであって、風城冷くんだ!」


 胸を張って言う彼女の笑顔に、俺はどこか救われた気分になった。

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