番外編6話 本番
「じゃあ、やろうか」
「う、は、はい」
2人が初めて会ってから2週間後。
もう一度会う機会が訪れていた。
前回と同じスタジオ。だが今回は凛の隙間時間ではなくきちんとまなのために時間をとっている。スタジオもわざわざ確保した。
「曲は前と同じでいいね」
「も、もちろん……です」
前回と同じ色をテーマにした曲。
だが前回と少し違うところは、まなに緊張の色が見えるところか。
「……大丈夫? 一回外の空気吸う?」
そんな彼女を心配して声を掛けた凛だったが。
「いらないわよ! 早く始めるから!」
とすげなく断られてしまった。
「そ、そっか……じゃあ、大丈夫なんだね?」
「ふー……。うん」
「いくよ」
まなが深呼吸をしたところを見て、凛は音楽を流し始める。
(さあ、前よりどれくらい成長してるかな……?)
緊張していたのは凛も同じだった。
自分の手で才能を潰したかもしれないと思うと、どうしても心配になる。
前回のアドバイスは真中まなという才能を潰してしまうことに繋がりかねないと、凛はそう思っていた。
イントロが流れて、それに合わせるように気持ちを静かに整えた。
高揚感と緊張感は、ライブが始まる前そのものだ。
「――甘酸っぱい昼下がりを駆け抜けて――♪」
だが、なにもかもが杞憂に終わったことを、この最初のフレーズを聞いて確信した。
「これは…………想像以上、だな……」
全てを聞き終えた後、凛は椅子の背もたれに体重を預けて息を一つついていた。
プロデューサーの佐藤はもうすでに別の仕事場に行っており、凛が残っているだけとなっている。
ひとりになったところで、凛は改めてさっきのまなの歌を思い出していた。
(声の張り、低温での安定感、息遣い、たしかにどれも改善したけど……。一番はやっぱり……)
前回と比べて一番改善したところは、やはり表現力だった。
歌に感情を乗せる、歌詞に意味を込める。そういったところが、前回と比べてはるかに変わっていた。
見るものに何かを強く訴えるような響きがあった。
「おつ、お疲れさまでした‼」
まなが荷物を抱えて凛のところにやってくる。
達成感にあふれているが、同時に緊張も窺える。
「お疲れ様」
凛は近くの椅子を指示する。まなはぐっと拳を握って、そこに座った。
「まずは……そうだな、何から話そうか……」
凛はふっと考え込む仕草をしたのち、言葉を選んだ。
「そうだね、まずは……謝りたいと思う」
そう言って凛は席を立ちあがって、ゆっくりと頭を下げた。
「え? な、なんで⁉」
「すまなかった。前に会ったときは酷いことをたくさん言ってしまったと思う。申し訳ありませんでした」
「ちょっと、け、敬語とかやめてよっ。別に気にしてないし……」
居心地の悪そうなまなに、凛も顔を上げる。
「本当に悪かった。正直に言って、君には才能があると思った。だけど、それをどぶに捨てているような歌い方に、感情的になってた。ごめん」
「…………ふんっ」
才能があると思っていた、という言葉に一瞬まなも反応を見せたが、プライドが許さなかったらしい。鼻を鳴らすだけにとどまった。
「それで改めて、僕から提案させてほしい」
「な、なにを?」
「君のための曲を、僕に書かせてくれないか。絶対に後悔はさせないから」
じりじりと熱く燃える凛の目。それを見て、まなはふふっと余裕そうに笑った。
「な、なにかおかしいことした?」
「いやあね、恥ずかしい人。奥さんがいるっていうのに、そんなプロポーズみたいなこと言っちゃって」
「ぷぷぷ、プロポーズ⁉ そ、そんなこと言ってないんだが‼」
「まあいいわ」
するとまなも何かを決心したかのように立ち上がり、そして。
――凛の口にキスをした。
「え?」
「乗ってあげる。わたしに最高の曲を書いてちょうだいね」
「いや、あの、いま――」
凛が何かを言いかけたが、まなは何も言わずにそのまま部屋を出ていってしまった。
「な、え。悪い夢でも見てるのか……?」
今頃は悶絶している凛をまなは想像しながら、部屋を後にした。
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