第12話 携帯電話

「いやーそれにしてもいい曲だな~。あの人の声も全然衰えてないし……最高だね」

「まさかここまでいい曲になるとは、自分でも思ってなかった。すごい」

「いやいや、凛くんもさすがだよ。私もあの曲歌いたいな~」

「また今度書くから勘弁してくれ……」


 どうせ琴葉に歌ってもらう曲を今度書こうと思っていたところだ。今回はお引き取り頂こう。


 とそこへ、ポロン、という耳慣れない音が鳴った。


「今の……着信音?」

「ん? 琴葉のじゃないのか?」

「いや、私はこんな着信音にしてないよ?」

「と、いうことは……」


 俺のか。俺の携帯か。


「――ふむ。俺の携帯だな」

「『ふむ、俺の携帯だな』だって? 私、凛くんが携帯を買ったなんて報告受けてないんだけど?」


 真面目な反応を見せれば琴葉もスルーするかと思ったが、さすがにそうはいかなかった。


 でもあのラインは間違いなく春下さんからのだ。見られたら終わる。さっきのようにまたフルボッコにされる。


「うむ。実はそこら辺の道端に落ちていたのを拾ってだな」

「じゃあ中身くらい見せてくれてもいいよね?」


 ……やばい、見られたらやばい。もう既に琴葉も何か怪しいと思っていそうだが、認めるのと認めないのでは、決定的に違う。


「……その人のプライベートな問題になるからやめた方がいい」

「もしかしてそれは自白かな?」

「違う、のプライバシーに関わるからだ。断じて俺の、ではない」

「じゃあ別に通知だけでいいよ? いま通知が来てるはずだよね? それを見て、連絡してきた人に頼めば、分かるんじゃないかな?」


 それはアカン。連絡してきた人、俺に携帯を買わせた張本人だからアカン。


「故障しているみたいで、どうやら電源がつかないんだ」

「さっき着信音鳴ってたよ?」

「あの音は俺の腹から出てるんだ。空腹の合図だ、ご飯を食べねば」

「ほっぺに生クリームついてるよ?」


 ダメだァァァァァ!


 ――こうなったら。


「逃げろっ!」

「待ちなさい」


 腕を掴まれる。そうか、ここまで読まれていたか……。というか琴葉、イタイ。


 俺は、さながら投了とうりょうを決意した将棋棋士のごとく、息を一つ吐く。


 ここまで来たら、もうやれることは一つしかない。


「俺とラインを交換してください!」

「はい、よろこんで」


 どうやら正解だったようだ。結局、ボコボコにされたけど。




 こうして琴葉の連絡先も無事に(?)ゲットすることが出来た俺は、琴葉が帰った後でその機能についてあれこれと調べていた。


 ツイッターやらラインやら、アプリをそこそこ入れてみたものの、今となってはパソコンの方が使い勝手も良いので、結局使う機会はないのかもしれない。


 ラインもこれを機にパソコンに入れたため、携帯を見ることはあまりなかった。


「というか、どうせなら電話番号を訊いときゃよかったな。もう電話以外に使うこともなさそうだ」


 携帯を春下さんに勝ってもらった手前申し訳ない部分もあるが、しばらくスリープモードにしておくことになりそうだ。


 そしてついでに美麗やあずさにもラインを入れたことを報告しておく。メールにQRコードを乗せることで遠隔でも友達登録できるらしい。


 すると、すぐにあずさから返信が来た。


『凛せんぱい、とうとうライン入れたんですか! もしかして携帯を買ったり……?」


 どうやらラインを入れたことで携帯を買ったことまで想像したらしい。みかけによらず、頭いいなこいつ。


 携帯を買ったことを認めると、続けてこういうメールが届いた。


『ともだち登録しておきました! せんぱい、今から電話しましょう!」


 電話? と不思議がっているとすぐに携帯からバイブレーションの音が鳴った。


 携帯の画面を見てみると「『あずさ』から着信中」と書いてあり、その下に通話ボタンがあった。


「もしもし?」

『あー! 凛せんぱいだー! こんばんはー!』


 耳に当てるとそこから活発な声が飛んできた。


「いまも仕事中じゃないのか?」

『ちょうど休憩中です! 凛せんぱいが携帯を買ったとあれば黙っているわけにはいきませんから!』

「なんだその理屈」


 生田いくたあずさ。大人気アイドルグループ「しゃんぽにか!」で一番人気を誇る、超売れっ子アイドルだ。


 その人気によって、アイドルグループに所属しながら異例のソロアルバムを展開し、それまた空前絶後の大ブレイク。アーティストとしての一面を見せ人気沸騰中である。


 そのシングル一枚目に選ばれたのが俺の提供した楽曲で、彼女のハツラツとした声をのせたリズミカルなメロディーで、アイドルファンだけでなく一般のファンも捕まえた。


 そんな超売れっ子のアイドルが。


『これから毎日電話できますね! 楽しみです!」


 などと言ってくるのだから、俺も勘違いしそうになる。やつめ、脇が甘すぎて困るぜ……。


「毎日電話はうっとうしいからやめてくれ。また何か大事なことがあったら電話でたのむ」

『むー、仕方ないですねー。今度またデートに誘ってくださいね!』

「お前はアイドルだから無理」


 ただ幸運なことに(?)、彼女はアイドルということもあってスキャンダルには人一倍気を付けている。だから、勝手に家を出入りする琴葉や美麗と違ってウチに来るようなことにはならない。


「じゃあ切るぞー」

『あ、せんぱい! 明日も夜の8時からテレビに出るので見てくださいね!』

「ほーい。じゃあがんばれよー」

『了解です!』


 ぷつっと言って切れる電話。


 ……仕方ない、とりあえず録画予約しとくか。あとで見てなかったって言ったら怒りそうだし。

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