第105話 デミ祭

「「デミ祭??」」


 モノトーンな部屋の中で、俺と美麗の声がハモっていた。


「なんですか、それ?」


 聞いたことのない単語の名前に聞き返すと、あか抜けた印象のある40代ほどの男の人が興奮した様子で答える。


「デラックスミュージック祭り、略してデミ祭。うち、ニホニホ動画が主催する、年に一度の音楽祭です!」


 俺と美麗は顔を見合わせる。聞いたことのない名前と微妙に語感が悪いので、胡散臭い感じがする。


「――いや、あの疑ってますけど、本当に有名ですからね? ほら、去年の動画」


 そう言ってニホニホ動画のディレクターを名乗る男は動画を見せてくる。

 たしかに、そこには大盛り上がりの会場と右から左へ流れるコメントが画面を埋め尽くす様子が映し出されていた。


「え、これもしかして〇〇さんですか?」

「そうですよー! いい加減、認めてくださいよ!」


 ディレクターさんが抗議をしてくる。たしかに、画面に映し出された人は年末の歌番組で見るような人までいた。

 なるほど、怪しいものではないらしい。


「というか、巽さんと凪城さんを呼んで中途半端なイベントをするわけないじゃないですか!」


 目の前の男の人はどうやら印象と違ってつらい役目を引き受けるタイプの人らしい。

 いじられ慣れているというか、いや別にいじったつもりはないんだけど。


「それで、いつやるんですか?」


 どうやらちゃんとしたイベントではあるらしい。


 と、認識を改めなおしたところだったのだが。


「それが……えっとぉ……」


 さっきまでのはきはきとした言葉が一転、ディレクターさんは言い淀む。


 そして、すごく申し訳なさそうに口にした。


「ものすごく申し上げづらいのですが……一週間後、です」

「「一週間後⁉」」


 まさかの予定に、思わず二人して大きな声を出してしまった。


「どうなってるんですか! そんなガバガバなことしてるんですか⁉」

「さすがにこれは怪しい」


 一度信用してしまったが、やっぱり怪しい。

 ニホニホとかいう名前からしてまず怪しかったんだよな。帰ろう。


「ちょ、ちょっと待ってください! こっちにもいろいろと事情が!」

「よし、帰ろう美麗」

「同意」

「ほ、ほんとに待ってぇ~‼」


 すっと席を立ち上がって帰り道に足を向けたところで全力で止められる。

 いい大人の人が泣きながら引き止めに来るので、仕方ないが相手の話を聞くしかない。

 というか、本当に泣かないでほしい。お願いします。


「事情って……なんですか?」

「ああ、それなんですが……。実は、このデミ祭で大トリをお願いしていた歌手の方が突然失踪してしまいまして……」

「「…………」」


 どう考えても作り話だった。


 帰ります。


「ああ、ちょっとまって‼ ほんと、ほんとなんですからぁ~‼」


 その懇願する顔はさながらカイ〇のような鬼気迫るものだった。


「あの……さすがにそれは信じがたいというか……」

「無理」

「バッサリ切るな美麗。やめなさい、本心を明け透けに口にするのは」

「凪城さんも本当は嘘だって確信してるんですね⁉」


 そりゃもちろん嘘だってことくらいは分かっている。

 問題はどうしてそんな嘘をついたかのほうではないのか?


「いや、ほんとなんですよ……。もろもろの確認のメールを送っていたんですが、もう3週間も返事をいただけてなくて」


 だが、その心労に満ち溢れたディレクターさんの顔を見たら、さすがに不憫になった。

 彼は彼で嘘をつく役目を押し付けられているのだ。ディレクターさん本人を責める道理はない。


「はあ……じゃあとりあえずわかりました」

「絶対嘘だって思ってますよね⁉ ほんとなんですからね‼」

「それでいったい何をすればいいんですか?」

「無視ぃ⁉」


 心底疲れた顔でディレクターさんがそのあと説明をしてくれた。


 頼んでいたはずの歌手が行方不明(嘘)。

 そこで白羽の矢が立ったのは、動画サイトで歌って人気を受け始めた美麗だった。

 そして俺は話題性のために呼ばれたのだという。


「まあ、ひとまずは分かりました」


 俺がそう言うと、ひどく安心した様子でほっと胸をなでおろすディレクターさん。

 なんか本当にかわいそうに見えてきたな。


「それで、美麗は何の曲を歌うんですか?」


 細かいことは気にしないといったスタンスの美麗はすでに退屈そうにしていた。というか意識がどこかへ行ってしまっていた。

 そこで、彼女とニホニホ動画との架け橋になるのが、俺である。というか、実はそのために呼ばれたという理由が濃厚そうだ。


「えっと、巽さんにはカバー曲をお願いしようと思っていて……」

「そうなんですか?」

「はい。ニホニホ動画が発祥のボーカロイド曲を巽さんにカバーしていただければ、見ている方も楽しいと思いますし」

「なるほど」


 こういった動画サイトの視聴者は、地上波とは観客層が異なる。

 はやりのJPOPよりは、アニソンやボーカロイドのほうが人気があるというのは本当だろう。

 もしかしたら意外としっかりしているのかもしれない。


「美麗、いけそうか?」


 話をすべて聞いたうえで美麗にそう問いかける。


「うん。練習すれば、たぶん」

「了解」


 美麗もがぜんやる気なっているようだった。

 態度はいつもと大して変わらないが、声に気合いが入っていたように感じる。


「じゃあ、そのイベントに参加しましょう」


 あまりないイベントの機会だったが、少しばかり高揚していた。

 前にあったライブのことが頭にあったからだろう。


「あ、ありがとうございますっ‼ よろしくお願いいたします!」


 まああと、さすがにこのまま断って帰るのも寝覚めが悪いというか……。


 そんなこんなで、俺と美麗はデミ祭に出場することが決まった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――




『お詫びと言っては何ですが、練習場所を用意させていただいたので、よろしくお願いします!』


 と言って連れてこられたのは箱根にある音楽スタジオだった。


「ホテルも7泊分予約してあるって言ってたけど、これマジの缶詰だな……」


 自然広がる箱根の地。

 神奈川県と言えば、繁華街をはじめ東京や大阪に次ぐ都市で有名な横浜や、海が有名でそのさわやかな雰囲気から多くのアニメで舞台になっている湘南などが有名だが、箱根も温泉の地として広く知られている。



 とはいえ、東京からだと少しばかり距離がある。

 そういったところを気遣ってホテルを予約してくれたのだろうが。


「失踪しないでっていうメッセージにも聞こえるのはどうしてだろうか……」


 あのあと、件の歌手の人が失踪しているという話をニュースで見たときはさすがに驚いた。

 絶対にあのディレクターが嘘を言ってると思ってたのに。


「凛、早く行こう」

「ああ、悪い悪い」


 のんびり景色を楽しんでいると、隣にいる美麗が先に歩いていく。


 着替えやらなんやらで膨らんだキャリーバッグと自分で使うためのギターを肩に背負いながら、スタスタと前に行く美麗。


「重いだろ? 持つよ」

「ん。頼んだ」

「うえっ」


 片手を差し出したら、そこにバッグとギターケースの両方を乗せてきやがった。

 一瞬腕がもげるかと思った。てかもげたわ。普通どっちかだろうが。


 それから炎天下を二人で歩くことわずか1分、ホテルのエントランスについた。


 諸々の手続きを簡単に済ませて部屋にチェックイン。

 もちろん部屋は別々である。あと、部屋に温泉が付いてるとかそんな贅沢な状況ではない。


 そしてそのまま音楽スタジオに直行。ホテルからは距離があったが、ホテルの人が車を出してくれた。

 ちょっとお高いホテルみたいで、戦々恐々としているこの頃である。


「んで、お前はどの曲が歌いたいんだ?」


 さっそくスタジオに入るや否や、美麗に聞いてみる。


 俺たちは事前に歌ってほしい曲のリストをもらっていた。その中から1,2曲選別して歌うという形になる。


「バラード」


 素っ気なくそういう彼女だったが、わかっていた回答だったのでいつものことなのだ。


 大体いつも、俺が美麗に曲の要望を聞くとしんみりした曲をリクエストされる。


 そして俺はそれに応える形をいつもはとっていたが、今回ばかりはそうもいかなかった。


「祭りなんだろ? 盛り上がる曲のほうが良いんじゃないか?」


 バラードやそういった類の曲は感動をもたらすものであることが多く、どうしても一度ボルテージを下げてしまわなければならない。

 引き込む力も当然あるだろうが、それまで明るいまま突き抜けていたところを急に落とすと、観客の方も疲れてしまったりただテンションが落ちるだけになりかねない。


「第一、リストの中にもそういった曲は入ってなかったぞ?」


 さらに言えば、そういった曲はそもそも除外されていたようだ。

 ここまでくる間にすべての曲を一度聞いてみたが(といっても有名な曲ばかりで俺はすべて知っていたが)、運営も同じことを思っているのか悲しい曲は候補から外されていた。


「でも、歌いたい」

「いや、でもなあ美麗」

「歌いたい」

「お前は歌いたいbotか」


 頑として美麗は引く気配を見せない。

 いっそそこまでされると清々しいな。


「でもなあ、さすがに勝手な曲をやるわけにもいかんだろ」

「いいでしょ」

「いや、さすがにな……」


 あと、美麗の持ち曲を歌うのも今回ばかりは禁止である。

 下手に一般人気の曲を持ち込んでも、トリにはふさわしくない。ここは紅白歌合戦とは違う。実際、今まで大トリを務めていた某失踪歌手は自分の曲を披露することはなかったみたいだ。


 と、そんな風に頭を悩ませていると、さしもの美麗とて譲歩する気になったらしい。


「じゃあ、一曲はその中にあるやつ歌う」

「おお、急にめちゃくちゃ聞き分けが良くなったな美麗」

「だから、もう一曲のバラードは凛が作って」

「っておいいぃぃぃいいいいッ‼⁉」


 ずいぶん大人になったなあと思ったら急にとんでもないことを抜かし始めた。


「おま、1週間で作曲なんて、おま」

「缶詰されてるから実質2週間」

「そんな暴論あるゥ⁉」


 急に時間が倍になったよ。やったね。やったねじゃねえよ死ぬよ。


「大丈夫。私も手伝う」


 そして美麗はやる気を取り戻しつつある。というか目に輝きが出てきた。


 こいつって難しいことやろうとすると急にやる気出るタイプなんだよなあ。現実見て冷静な判断をする琴葉とか春下さんとは別のすごみがあるんだが……。


「やろう、作ろう。凛」


 そしてそんな顔をされると断れないのが人間というもので。


 はあ、っとわざとらさいくため息をついてから。


「しょうがねえなあ、やってやるか! イッチョ、地獄でも見てみますか‼」


 ノリノリで返事をしていた俺であった。


 ということで、夏休みの最終日みたいな一週間を過ごすことが決定したのである。

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