第41話 大学の講堂にて

「ねえねえ、あの人だよ」

「え? あの人? あの人相の悪い?」

「そうそう、すごく綺麗な人に逆ナンパされていたっていう」


 逆ってなんだ逆って。ナンパは男から女にするのが王道のナンパなのか。


 というか大学ではナンパされていたということになっていたんだな。


 というのも、雫さんが大学に来た日以来、周りの生徒から奇異の目で見られることが多くなっていた。


 多くの場合は不思議という感じの視線だったが、中には値踏みをするような視線も入っていたのでちょっと気持ち悪かったが、ふむ、たしかに。

 あれだけの美少女がナンパするともなれば、どんなものかと気になるのだろう。


 どうも、こんなのです。ご期待に沿えなくてごめんなさい。


 まあ正確にはナンパではないだろうし、雫さんが何のために俺に関わろうとしているのかは、俺が知りたいくらいである。


 そういうわけで周りの視線を気にしつつもガンガンと突き進んで教室へ向かう。


「おー、遅かったな凪城。少し手伝ってくれ」


 遅かったと言いつつもまだ開始5分前である。そして大森教授もまだ来たばかりで講義の準備をしていた。


「そこのプロジェクターのスイッチ押してくれ」


 先生がパソコンの立ち上げをしながら指示をする。

 俺は荷物を適当な席に置くと同時に指示に従う。


「そういえば凪城、なんだか美少女にナンパされたとか」

「……いえ、それはデマですよ」

「本当か⁉ じゃあまだ彼女はいないんだな⁉」

「なんで喜んでるんですか先生頼みますから生徒を恋愛対象にしないでください」


 10人もいないとはいえ、この教室には他にも人がいるのにそういった態度を見せるのは明らかに良くないと思うんだが……。まあ比較的小さい声だったのでもしかしたら聞こえてないかも。


「彼女いないんだって……」「え、あれ彼女じゃないんだ」「さすがに彼女じゃないっしょ」


 聞こえていた。俺のグループの女子3人が喋っている。

 どうやらどうでもいいところに注目しているようで助かったが。


 大森先生は態度を改め、何事もなかったかのような顔をしている。


「あ、そういえば、授業後お前の班は残れよ。わかったか?」

「はい? わかりました」


 そう返事しながら俺は自分の席に着いた。




「お前ら、グループ別れろ」


 授業後、集められた俺たちを前に大森教授はドスの効いた声でそう言い放った。


「おい、凪城、春日井。お前らしかレポート書いてないだろ」

「えっと、その……」


 春日井は教授に睨まれて震えている。


「あと、山城、榊、田上。お前らは単位落とすからな」

「そんな!」「ひどいです!」「なぜ!」


 3人は口々に抗議の声を上げるが、教授は一蹴する。


「は? レポートもろくに書けないような奴に単位なんかやらないって。大学3年生にもなってレポートも書けないのに卒業してもらってたまるか」


 たしかに最近はもう3人がレポート書くことはなく、丸々一つを自分と春日井さんの二人で作成していた。

 大森教授はなんとそれについて見抜いていたという。


「お前らみたいなへぼが書いたレポートなんてすぐにわかる。へぼの書いたレポートはへぼなんだよ」

「あの、それは言いすぎだと思うんですが」


 そこで、山城と名前を呼ばれた3人の中でもリーダー格の女生徒が、教授に真っ向から反応する。


「私たちだってこの学校に来るくらいは頭いいんですけど」

「はっ」


 だが、彼女の抗議を教授は鼻で笑う。


「とうとうこの大学もここまで落ちたのか」

「……どういう意味ですか?」


 訝しげに問いかける山城に、教授はため息を一つ吐いたのちに答える。


「頭のいいっていう意味をはき違えているという意味だ。勉強ができるのが頭いいということと同じなわけないだろう」


 大森教授は違う、と断言する。


「そりゃたしかに頭のいい人間の多くは勉強もできるさ。でも逆は違う。勉強できる人間は頭がいいわけじゃない」

「意味が分からないです」

「まあそうだろうな。変に学歴に固執するようなやつには受け入れがたい事実だからな」


 嘲笑を受ける山城は顔をしかめるが、気にすることなく教授は続く。


「例えば凪城なんかは毎回レポートをきちんと仕上げてくる。おい凪城、このレポートを作るのに何時間かかった」

「え、俺ですか? えーと、春日井さんに手伝ってもらって3時間くらいです」


 唐突に聞かれたのでびっくりしてしまったが、教授の剣呑な空気に必要なことだけ答える。


「3時間。2人で3時間なら5人に分ければ単純計算で1人当たり72分か? まあそんなもんだろう。で、凪城レベルにきちんと出してまとめて72分なら、あいつがお前くらい適当にやったら30分くらいで終わるさ」

「て、てきとう……っ⁉」


 山城は自分のレポートが適当と言われて憤慨しそうになったが、どうやら強く言い返すこともできないようで不発に終わっている。


「だからお前は30分でかかるような課題すらもやれないんだよ。それはお前が頭が悪くてもっと時間がかかるってこともあるし、30分という見積もりすらできないほど頭が悪いってことだ」


 厳しい口調で説明する。厳しいくせに妙に分かりやすいから彼女たちも反論できないみたいだ。


「だからお前たちは単位を落とす。どうしても欲しいなら、今週から3人でレポートまとめてこい。ちゃんとできることを証明しろ」


 最後に大森教授がそう告げると、僕たちは解散することになった。




「ねえ、凪城って言うんだっけ。私たちの分のレポートも書いてよ」


 終わった直後、気まずいながらも一緒に教育棟をでた俺たち5人は、その後も棟の前で話していた。


 それはこの山城の提案からだった。


「あなた、ちゃんとレポート書くっていうじゃない。そりゃ私たちもちゃんとやればできるけど、めんどくさいから」


 どうやら大森教授の話がまったく心に届いていなかったらしい。

 教授も不憫だなと思いつつ、それでもあたふたしている春日井さんをそばに強く言い返せていない自分がいた。


「え、でも」

「じゃあいいよ。あなたの書いたレポートを送ってちょうだい。文の形とかは変えておくから」


 譲歩したような姿勢を見せているが、特に何も変わっていない。

 たしかレポートの盗作は大学から禁止されていたようだが、どうせバレないだろうという発想だろう。


(俺とこの人たちのレポートの違いすら分かるんだから、盗作くらいすぐにばれるだろ)


 なんてことを春日井さんも思って反論しようとしていることが分かる。

 これで巻き込まれてしまったら、俺たちも最悪のばあい退学ということになりかねない。


「さ、さすがにそれは厳しいと思うんだけど……」

「は? なに、文句あるの?」

「だって、どうせ気付かれちゃうって……」

「じゃああんたが一から書けばいいじゃない。気づかれたくないんなら」


 なぜ盗まれる側の俺たちがそっちに配慮をしなければならないんだと思っていても、山城の有無を言わせない雰囲気に狼狽してしまう。


 どうしよう、本当に自分が彼女たちの分も書くしかないだろうか。

 さすがに春日井さんに手伝わせるわけにもいかないから、そうすると一人で全部か。


 そんな、ある程度諦めが頭によぎっていた時に、彼女はやって来た。


「話は聞いてしまったよ、凪城くん?」


 飄々とどこからともなく現れたのは、水野雫さんであった。


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