第61話 久しぶりの集まり
1月3日。
三が日の最終日で、まだ世間には年始の休暇を楽しむようなゆったりとした空気が流れていた。
だがそんな中、新しく引っ越して元のマンションに戻ってきた俺の部屋には、見慣れた顔が5つほど集まっていた。
「凛、段ボール邪魔」
「引っ越してくるのなら、いっそのことわたしの部屋に来ればよかったのに! 同棲、って響きは素敵じゃないですかっ!」
既に耳が痛い。いや、痛いのは頭かもしれない。
来てもらった5人はどれも超有名人のはずで、世間一般から見たら雲の上の存在。
ファンの間では神格化されており、よもやこんな世俗的な会話をしているとは夢にも思わないだろう。
だが……俺からしてみればここに居る人間はどこかねじが外れているというか、要するに恐れるような存在ではないという認識だった。
どちらかといえば、手がかかる人たちといった印象である。
「あ、私が送ったテレビがありますね。ちゃんと使っていただけているようで何よりです」
やたらと家具を送り付けてきては、まったく悪びれないのは春下鈴音。
前までは黒髪のボブだったのだが、最近は髪を伸ばしてきておりセミロングくらいだ。
なんでも、前に出演したドラマの関係らしい。
本職はアイドルだが、アーティストとしての一面もある。まあそれはここに居る人間みんなに言えるのだが。
清楚キャラで売っているようだが、なんとなくそれだけではないというのも半年以上の付き合いで分かったことだ。
「ほんと、こんなところに6人も入らない。ちび、出てけ」
リビングを歩きにくそうに通り抜けて俺の部屋に来ると、そう言ったのは巽美麗。
彼女は本格派のシンガー、歌手であり、ギターを片手にゲリラ的なライブをしている。
テレビ出演はあまり好まないタイプらしいが、一応レギュラーのラジオを持っていたりもする。
髪の毛をあまり整えないずぼらな性格なのだが、それでも毛先は綺麗に揃っている。
ほんと、寝ぐせだけは直してほしい……。
「ちびって言わないでください‼ 第一、そんなに身長変わらないでしょー⁉」
そして美麗にちびと言われた栗色のショートで、垢抜けたイメージを感じさせるのは生田あずさ。
一応まだ18歳で高校生である。
だがその仕事っぷりは高校生の範疇には当然収まることはない。
何故なら彼女は、現役のアイドルなのだ。
現在話題沸騰中、アイドル界の覇権もすぐそこと言われる5人組アイドルグループ『しゃんぽにか!』の不動のセンター。
小動物を彷彿とさせる天然な行動の数々に男性ファンの心をくすぐってきた。
「ほえー、ほんと、そうそうたるメンバーだなぁ」
初めて見る部屋に色んな驚きを感じつつも、マイペースに入ってくるのは水野雫。
直近で俺が一番お世話になった人で、スランプの真っただ中にいて絶望していた俺に救いの手を差し伸べてくれた恩人である。
少しブリーチしたのか色素の薄い髪に、160センチ前後のすらっとした印象の少女。
俺と同じ20歳。お互いにまだ誕生日が来ていないので、学校が同じなら同級生ということになる。
未来の声優界を引っ張っていくような売れっ子声優で、最近はゴールデンタイムの番組のナレーションにも抜擢された。
アーティスト活動と合わせて、声優の中でも認知度が抜群に高い。
「なんか、こういう空気感は久しぶりね……」
最後にゆったりと登場したのは、白川琴葉。
雫さんよりも身長が高く、黒髪を綺麗に流しているのでこの中で一番大人という印象を受ける。
その類まれなるルックスだけでなく、本格派の演技を併せ持つ女優で、今や若者ならだれでも知っている顔になりつつある存在。
必然的に活動の幅も広がっていき、音楽活動に参入した時は一躍話題になった人物である。
「ふぅ、悪かったな、集まってもらって」
「まさか、三が日に予定が入るとは思いませんでしたね」
このメンバーが集まって既にぎすぎすとした雰囲気が流れているのに汗をかきつつ、なんとかまとめていく。
さらっと春下さんに嫌味を言われたような気がするがそこはスルー。
「せんぱい、なんですか? 大事な話があるって聞いたんですけど……」
「まさか……、妊娠⁉」
「え――――‼」
楽しそうなあずさと雫さん。同じくらいの思考なのか、波長が合うらしい。
つーか、俺男なんだけど‼
「できちゃったの……」
琴葉が芝居がかった演技で自分の下腹部をさすっている。
まじで洒落にならんからやめれ。
「まあ、馬鹿どもは置いておいてだな」
ふーっと、息をついてから話をする。
だいぶコミカルな雰囲気になってしまったが、これから話すことは大事なことでありながら俺の一つの決心だった。
「俺……作曲家になろうと思ってるんだ‼」
琴葉には年が明ける前に話していた内容。
今までのような趣味ではなく、歴としたプロフェッショナルという意味での作曲家。
人生の岐路の中では、多分一番山も谷も多い道。
そこを選ぶ決心をした。
そのことを、自分がお世話になっている人たちには井の一番に伝えておきたかった。
――どんな反応をされるだろうか……?
顔を上げて目を開けるとそこには――――とてもつまらそうな顔をした女子が5人いた。
「なに、そんなこと?」
と美麗が言えば、
「今更……な気がしますね」
と春下さんが言う。
「私、知ってたけどね」
「私もなんとなく気付いてました!」
と琴葉と雫さんが元も子もないことを言うと、
「おー応援します‼」
とあずさだけが自分の携帯をいじりながら励ましてくれた。
気に留めるようなことではない、そういった意図を態度で示してくれた。
多分、彼女たちなりの配慮なのだろう。
もしかしたら、琴葉が根回しをしていたのかもしれない。
この人たちは、こう言いたいのだ。
『ようこそ、地獄へ』
つまり、今から俺が行こうとしている世界は甘いものじゃないと。
足を踏み入れただけで満足するような世界ではないのだと、そういうことを伝えてくれているのだ。
「まあ、でも、よかったんじゃないですか?」
春下さんがこんなことを言う。
少し口角を上げながら。
「大体、このメンバーと知り合っている時点でもう既にもっと面倒くさい世界に足を入れているようなものですからね!」
「まあね~。そのうち凛くんもプロデューサーのご機嫌とか気にするようになるのかしら」
あずさと琴葉はろくでもないことを言っている。
おい、そんなに厳しい世界なのか、芸能界は。
「くー、でもとうとう風城冷の音楽界入りかぁ。痺れるなぁ~」
そこで、まだメンバーになじんでいない雫さんが、感慨深そうにそんなことを落ち着ける様に言った。
「あ、でも名前は凪城凛にするんだっけか。まあ、どっちでもいっか!」
彼女は彼女で、俺の知っている「水野雫」にすっかり戻っていた。
あの事件以来、きちんと会って話すことはできなかったが、あの後はスキャンダルも収まってしっかり声優として活躍できているとのこと。
そこは本当にどちらに転ぶのか分からなかったので、とりあえずいい方に進んで良かったと思う。
「よーし、とりあえずそういうことだから、今日は一杯食ってくれ!」
「「「「「おー!」」」」」
「そんでその後、俺の曲作りに協力してくれ!」
「「「「「は?」」」」」」
あれ? ちょっとまだスランプ解消出来てなかったから手伝ってもらおうと思ってたんだけど……?
せっかくいい感じの雰囲気になってたし。
「さすが凛くんね……」
琴葉が漏らしたこのつぶやきが、この場にいる全員の意見を代弁しているような気がした。
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