攻勢

 アニー達がガモフの説教から開放されたのは数時間後だった。

その場でダイアモンド島への物資分配を行う。

日も暮れた19時を廻った頃、ようやくピークス島に帰還した。


 既にとっくに日が暮れた港で出迎えた皆は歓声をあげて迎えてくれた。

しかしアニーを始め、ジョシュ、シュテフィン達はやや憔悴した顔で歓声の間を擦り抜ける。

全員、無言のまま湾岸事務所に入っていった。


 一行は各々事務椅子やおんぼろのソファーに腰掛ける。

そして一斉にぶはぁ~と溜息をつき、背もたれに重心を預けた。


「皆さんお疲れ様でした。さて、反省会をしましょうかね?」


最後に入ってきたウォルコットが事も無げに言い放った。


「マジか……」


ローデスと殴りあったトラビスは、ガモフに人として何十年ぶりにこってり絞られた。

疲れ果て腫れた顔の上に濡れタオルを当てて天を仰ぐ。


「しっかり次に生かさないともう時間はありませんのでね」


確かに残された物資時間はもうほとんど無い。

するとジョシュが手を上げて発言の許可を求めた。


「なんですか? ジョシュ?」

「何だかんだいって、ウォルさんとガモフ先生には次の策は出来ているんでしょう?」

「ええ、まだ腹案ですがね」


ジョシュの推察を涼しい顔でウォルコットがしれっと返す。


「是非お聞かせ願えませんか? 時間が無いのならここでまとめた方が速いですよ?」


急かすようにジョシュが腹案の提示を迫った。

そこではぐらかす様にウォルコットが問い始める。


「まぁ、とりあえず、今回のZの動きを見て皆さん何を感じました?」


皆、口々に音量だとか人間の声とかに反応する事を指摘した。


「そうですか……やはりね……」


 ウォルコットはガモフと目線を合わせた後、考え込む……。


「連中が音に反応するのはわかっていたが、どんな音に反応するかは今日ある程度目星が着いた」


落ち着いてコーヒーを口にしながら椅子に座ったガモフが説明を引継ぐ。


「え? というと?」


訳がわからないアニーは問いかける。


「色々と調査した結果、Zは人の声と低音に反応する傾向がある。人が居る方向を察知する本能か能力があるのかもしれん」


ガモフは調査の結果の上での推論としてそう答えた。


「奴らが人の声でを向かってきて人を襲うのは判るけど、感音性難聴じゃあるまいし、何故に低音に?」


 その分析にシュテフィンが疑問を口にする。

するとガモフが代わって答えた。


「えーと、どこだったかな……人間は胎児期に母親の心音や話し声を聴いて居るので、低音を聴き取る脳の領域が極早い段階で発達すると大学の研究報告があったな。それ由来だと思う」


ガモフが推論についての根拠を示すとシュテフィンは納得した。


「なるほど、故に今回の実験ですか……」

「そういう事です。これである程度の確証が得られました」


ウォルコットが考え事を一旦、止めて顔を上げて言った。


「それでどうするんです? 確証を得た策は?」


黙って聴いていたオルトンがせっつく。

仕方なさげに頭を掻き、ウォルコットが腹案を出してきた。


「仕方ありませんね。それでは切り札の作戦提案です」


 ウォルコットの腹案とはこう言う内容だった。

まず全避難民をグレートダイアモンド島の北東部本土側に集結させておく。

そこで騒音と大声を出して貰い本土と橋で隣接した島、マックワース島にZを誘導させる。

マックワース島にエリア全域に居るZを大半おびき寄せておく。

その後、集めた後に橋を爆破か封鎖して奴らZを島に隔離する作戦だ。


「おい、ウォル、俺達には爆薬なんざ無いぞ?」


 話を聞いていたトラビスが冷静に突っ込む。

それは想定済みらしくウォルコットが即座に答える。


「封鎖でもそこはいいですよ。複数台のトラックで完全に封鎖できればね。要はZを島から出さなければよいのです」

「その後は? 隔離して終わりでは無いでしょう?」


封鎖後にやる事になる任務が気になったオルトンが質問してくる。


「勿論! 後は市街地の商店街、病院、薬局、ガススタンド等の主要な地点で物資を掻き集めて貰います」

「危険性は?」

「危険は最後のトラックでの封鎖と回収は危険な作業になるやも知れませんが……」

「やれやれ、矢面貧乏くじは今回もうちらか……」


やっぱりそうきたかとトラビスが慣れた口調でぼやく。


「なら、明日からローデスに太鼓腹叩いて誘導して貰わないとね♪」


アニーがローデスをネタにジョークを飛ばす。


「それが良い、アイツは最終日ダイアモンド島誘導班に混ざって貰おう。もうドジは勘弁してくれ」


トラビスは腫れた頬をアニーから変えて貰った濡れたタオルで冷やした。

そしてうんざりした顔で愚痴を零す。


「それでは明日からの行動ですが……」


 その場でウォルコットからの指令が下った。

明日から自衛団は2~3人のチームでボートに乗り込む。

そして本土海岸線に行き、マックワース島まで楽器を鳴らしながら廻って帰る任務が追加された。

ジョシュとシュテフィンは当分、ボート漕ぎは勘弁と思っていた。

そこに直で指令を貰い、愕然としてその場にへたり込んだ。


――――――――――――――


 翌日、ピークス島の避難民キャンプ湾岸事務所本部は忙しそうだった。

各方面への根回しや準備に事務員達の出入が激しい。

昨日の検証が成功と自衛団に判断された。

全員による物資補給作戦にある程度の目処が立ったからだ。

事務所の中では市内の地理に詳しいオルトン達が議論を始める。

回収すべき物資と優先度のリストアップとルートを精査、安全性を考察していた。


 その頃、ジョシュ達はボートで湾内を周回していた。

早朝からボートに楽器や道具を積み、ピークス島を出発する。

前線基地になった手前の小島に立ち寄り、定時連絡と補給の水と食料を渡していた。


「ほい、補給完了」


補給物資と言う弁当の受け渡しを終えてシュテフィンが答える。


「あいよ、お疲れ様」


 前線基地担当のダンが弁当を受け取り、それを労う。

ローデスは前回の件で島のパトロール担当になった。

勿論、トラビス達がおだててローデスを持ち上げたのは言うまでもない。

そしてお目付け役から開放されたダンが小島の責任者になった。

班のメンバーと共に休暇代わりの島流しになったのだ。


 そのダン本人は合間にキャンプと釣りを楽しんでいた。

五月蝿いオヤジ共トラビス達が居ないのでスゲー楽とウキウキで答えていた。


「俺らも小うるさい豆軍曹アニーと離れたいんですけど……」


釣りを楽しむダン達を羨ましそうに見ながらジョシュがぼやく。

宥める様にダンが竿をしゃくりながら笑う。


「ご愁傷様、状況がこんなんじゃなければスゲー良い娘なんだけどなぁ」

「状況が悪いんじゃないっす、状況が本性を暴くんです!」


船に乗って楽器がわりのポリタンクを弄ってたシュテフィンがぼやく。


「ほーん、じゃ、夕方帰ったら伝えとくわ!」

『このまま家出させて頂きます!』


ダンの茶化しに2人は揃って返した。

そしてゆっくりボートで小島を離れていった。


 2人を載せたボートは港を横切り、先行のボートと交差しながら挨拶を交わす。

そして起点のキャスコベイブリッチに着いた。

休憩と準備でシュテフインはペットボトルの水飲み干す。

そしてジョシュとオール漕ぎを代わる。


「さて、ジュシュさんや、いっちょ景気良くよろしく」

「あいよ、ほなドドーンってかぁ」


ジョシュは楽器代わりの空のポリタンクを木槌で叩きながら音を立てる。


 ………………その後、沈黙の後にジョシュが呟く。


「なぁ、ステ、空しくない?」

「ぜーんぜん」


ジョシュが白けた顔で問いかける。

だがシュテフィンがあっけらかんと答える。

すでにコンビとして3日、お互いにある程度慣れてきた。

元々、ともにクセの強い性格である。

そして目の上のたんこぶアニーが同じという点もあった。


「マジか?!」

「多少は効果あるでしょーよ」

「どんなだよ!」


 飄々と答えられたジョシュが自棄でドンドコ叩きながら聞く。


「そーれは! 音がそれな~りに響いてるから、徐々にZが寄ってきてる」

「ガチで?」


音をやめて本土の通りに目を凝らす。

一応、誘導方向にZの移動は流れてはいる。

検証は見ていたがこんなに頻回にやらなくても……と言うのが本音だ。


「しゃーねぇなぁ……ってどんだけ居るんだ?」


無駄な抵抗は諦めて音を立てるジョシュは交差点を見て絶句した。

見ていた通りから合流する大通りには結構な密度でZが誘導音に導かれ流れていた。


「オルトンさん曰く、ポートランド自体の人口は6万程度だけど近郊とかの都市圏まで入れると60万近くなる。これはメイン州の人口全体の4割だそうな……」


シュテフィンはオルトンから聞いた薀蓄うんちくをジョシュに傾けながら疑問を抱いた。

Zは今のこの状況で最大何処まで聞こえるのだろうか? と…………。


 人間や動物の可聴距離はその音の量と質で決まらない。

建物の配置、生物の行動で発生するノイズ生活音、風や空気の質などの環境条件で大幅に差が出る。

ましてや対象はZである。

動く死人に常識は通用しない。


「とりあえず任務をこなしてとっとと帰ろうぜ?」


音を出す事に飽きてきたジョシュが同意を求める。

シュテフィンは考えるのを止めて同意する。


「あいよ、行くか……」


 暫くボートを漕いで港と海岸沿いに音を鳴らして行く。

すると前方から後続のボートを引っ張った中型船が来た。

目を凝らすと船の上には操舵するトラビスを始め、オルトン、ウォルコットの首脳陣がやって来た。


「「トラビスさん、何してンすか」」


 ジョシュがポリタンクを鳴らしながら大きな声で怒鳴る。


「「あー? 封鎖用と輸送のトラック、タンクローリーと重機の下調べだ」」


音に負けまいとトラビスが操舵室の窓から怒鳴り返す。


「「あのうちらが乗ってきたバスよりでかい奴を数台にしないと押し退けられますよー!」」


オールに慣れてスムーズに漕ぐシュテフィンが叫んで教えた。


「「了解だ。ステ、ついでに向こう側にあるバック入り江の周囲で使えそうな大型車とZの流れを見といてくれ。そこらで休んでていいから!」」


真面目にやってる2人にオルトンが感心する。

そこで手に持ったハンドスピーカーで追加オーダーと休憩許可を出す。


「「了解です!」」


 大声でシュテフィンが返しながらボートを先に進めていく。

それを見送りながら船のエンジンを切りトラビスがウォルコットに聞いた。


「なぁ、ウォル、あいつ等の疑惑はどうなんだ? オレは無問題だとは思うんだが……」

「私も一応無問題ですね。条件付ですが……」


そう同意してオルトンは双眼鏡片手に周囲の確認する。


「相変わらず要監視ではありますが、結論は無問題ですね」


双眼鏡を使い、街並みを無表情で観察するウォルコットが答える。


「おいおい、それでまだ要監視って……」


 トラビスの弁護を同意した筈のオルトンが打ち消した。


「それですよ。条件っていうのはあの能力の高さの説明と証拠が無い限りはね。……例えばジョシュは脱走兵なら装備が少し変だ。腰に挿しているのはいつものグロックですが、脇のホルスターにあれはS&WのM945かな? 少し前に流行った銃だけど高価で手の掛かる高性能銃ですよ」

「そういえば後生大事に肌身離さずに持っているし、メンテも毎日しているな……」


指摘を受けトラビスがここ数日のジョシュの行動を思い出していた。


「うちの同僚が同型のカスタムを所持していましたが、稀にしか職場の射撃場シュートレンジに持って来ませんでしたよ。メンテが大変だし、腕のいい銃鍛冶ガンスミスに定期的に診て貰わないと精度が狂うって言ってましたよ」

「フランクの同僚も何でンなめんどくさい銃、なんで使ってんだ?」


銃の解説をきいたトラビスが素朴な疑問を口にする。


「思い入れのある銃か何らかの目的の為の銃か? 門外漢の私には判りかねますね」


余り銃には詳しくないウォルコットが頭を掻いて推理を諦める。


「同僚の理由は人気刑事ドラママイアミなんちゃら主人公ソニーが愛用してた型で、認知度が高いのとカッコいいからだそうですよ」


オルトンの同僚の理由に2人は力が抜けた。ずっこけた


「それでも射撃精度が市販の銃で屈指ですからね。同僚あいつは射撃下手でしたがあの銃を持つと並み以上でした。その銃を持つ理由、高い戦闘技術の納得できる理由が聞けるまではね。要監視は私もウォルさんに同意です」


 要監視理由の説明を受けたトラビスが納得する。


「ほーん……実は盗品で人気の銃が理由なら全方向でお前ら全員弄る所だが、それなら良くみてみよう」

「オルトンの指摘は責任者として同意です。でも、個人的に彼らは好意に値する若者達ですよ。何だかんだ言ってはちゃんと仕事をこなしている。危険な事でもきっちり身体も張る。今時中々出来ないですよ」


避難所の責任者としてウォルコットは疑問点があるものの個人的には評価する。


「今後の彼らの頑張り次第で此処の展望も明るい……のかな?」


オルトンが苦笑交じりに締めた。


――――――――――――


 同時刻、アニーは学校の台所で鍋と死闘を繰り広げていた。

専用コンロに置かれた特大の鍋の前に立つ。

特大の木箆きべらで豆が多いチリビーンズを掻き混ぜ始めた。


「ほらほらアニー、しっかり底から掻き混ぜないと焦げ付くよ!」


 本土の公立ポートマニッシュ高校で名物給食おばさんだった黒人アフロアメリカンのマニエルおばさんが後方から一喝する。


「はい!」


 その声に応えて必死に掻き混ぜるエプロン姿で三角巾を被ったアニーに微笑む。

そしておばさんはパンの焼き上がりをオーブンの窓から確認した。

窓を開け、でかい鉄板を年季の入った愛用のミトンで引き出す。

思わずよいしょぉと声を掛けたくなるような動作で切り板の上へ豪快に置く。

特有の長いウェービィな髪とでっぷりとした体格をエプロンで包んだ女傑はパンを優しく金枠から外し冷ましていく。


 マニエルは気風とジョークの効いた言い回しで生徒たちを支え、また愛されていた。

毎年、卒業生が感謝の品を贈呈する母校の母は此処でも健在だ。


 その職歴からウォルコットとオルトンから食堂運営を依頼された。

ウォルコットが提供する残り少ない食材でやりくりする。

【出来るだけ皆が美味しくてお腹が一杯になる食事を出す】

その一念でおばさんは頑張りはじめた。

苦難に立ち向かうおばさんと避難民を支えるべく、卒業生と在校生がここに来て一致団結した。

四方に手を回し、食材集めやお手伝いをかって出る。

ウォルコットやトラビスが苦慮する地元や避難民の枠を軽く飛び越えてみせたのだ。


「おばさん! こんな感じでどぅ?」


 アニーが振り向き、おばさんに味見を頼む。

差し出された木箆に付いたトマトソースを小指で掬い舐める。


「うん、いい味ね。これならいつ出しても良いねぇ」


おばさんはウィンクと笑顔で親指を立てた。


「そう? 私の腕もすこし上がったかな?」

「歳相応に~ってところだねぇ」

「もぅ」


 厳しい状況にもめげることなく2人は笑いあった。

昨日、バスから回収してきた物資にはトマトの缶とブイヨンが2ケース入っていた。

勿論、肉は入っていない。

だが、トマトはケチャップさえも欠乏中である。

それが出せるのは僥倖であり、貧相な料理でもチリビーンズとパンはおかわり間違いなしの一品だ。


 これがパンの代わりにナチョスかトルティーアでも良い。

熱々のチリビーンズの上にチェダーチーズが載れば確実に大満足だろう。

しかし状況はこれで精一杯だ。

その匂いを嗅ぎつけたローデスやマーティは既に食堂前のドアを封鎖していた。

2人は先頭で行列を仕切っていたのだ。


「おい?! そこのワケェの! 最後尾に並びな! 横入りは無しだぜ!」


 ローデスは先日の喧嘩で青タンを右目の周りにつけていた。

しかしパトロール隊長に大好物出現をマーティの御注進で知ってしまった。

テンションが変に高い状態で太鼓腹揺らしながら注意する。


「はーい、皆さん2列に並んで並んで~」


その横で紙を丸めた即席の拡声器を使いマーティ元凶が叫ぶ。

その声が厨房まで聞えるとも知らずに……。


「またあのバカ……」


 拡声器のマーティの声が耳に入る。

アニーは匙を止め、即座に柳眉を逆立てた。


「あはは、噂の悪戯小僧マーティ・ザ・キッドね?」

「え? なんですかそれ?」


また何かやらかしたか?

動揺すキョドるアニーを尻目にマニエルおばさんは面白がって話し出した。


「避難所で子供の食べ物を盗んだり、女性にチョッカイ掛ける不逞の輩に見つけては動画サイトばりの悪戯を仕掛けて懲らしめてるのよ。またそれが可笑しいのよ」


そういってオバさんはこみ上げる笑いを堪え切れず笑い出した。


 弱きを助け、アホは痛快かつ豪快におちょくる。

その発想豊かな手法いたずらは避難所でも持ちきりの話題である。

皆、退屈と不安になっている所を吹き飛ばす格好のネタだ。

後から聞いた話だが、おばさんもマーティの大ファンであった。


 仮に悪戯の被害者が仕返しをたくらんでいても心ある市民達おばさんやローデスが守ってくれる。

姉は自衛団の幹部のアニーお嬢だ。

早々手を出す馬鹿は居ない。

……怒りに震える姉以外は……。


(あの馬鹿……ぶっ飛ばす!)


アニーは聞えてくる笑い声をBGMに愛想笑いに秘められた心配と怒り本音を隠す。内心、怒りに震えつつも木箆片手に鍋に向かうのだった。


――――――――


  ただ、避難所にとって明るい話題ばかりでもなかった。

その同時刻、そのポートランドから100キロほど南下した所にポーツマスと言う大都市がある。

その沖合いにアップルドア島とスター島の2つの島が存在する。

島の小規模な避難所には現れた。


 元々ポーツマスには海軍の造船所と空軍基地がある。

しかしZの侵入を許して壊滅し、一部の避難民と残存兵士がそこに避難している。


 今日の夕暮れ時、スター島の浜辺に1隻の海兵隊の揚陸艇が上陸した。

その一団は兵士の格好はしていたが何処と無く違和感を覚えた。

それは全員の装備がまちまちなのと色の濃いサングラスを着用する。

また母艦である揚陸艦の姿は無かった。


 その中の若い兵士が駆けつけた避難民を呼ぶ。

救助に来たので直ぐに女子供を船に乗せる様に要請してきた。

近くに居た十数名の女子供が船に乗せられた。


「後でまた来る」


残った男達にそう言い残して船は出て行った。

危険な本土に向かって……。


 異変に気が付いた残存兵達がモーターボートで追跡した。

しかし揚陸艇はZが大量に蠢くポーツマス市内に上陸してしまう。

揚陸艇に群がるZに対し、事もあろうか兵士達が艇外に出て来る。

それも各自装備した斧、剣、バットで難なく駆除する。

速やかに始末して、止めてあった大型バスで被害者を連れ去っていった。


 捜索依頼と注意喚起にアップルドアの村長たちが船でポートランドにやって来た。

直ちにウォルコットは無線で近隣の島々に注意喚起の警告を発信する。

不審な一団を見かけたら直ちに隠れるようにと伝える。

そしてトラビス達を探して食堂に来たのだった。

夜警の当番とZの誘導を終えた自衛団の面々に知らされた。


「誠に申し訳ない。何とか御助力をお願いしたい」


 厳つい顔と体格のアップルドアの村長が光沢のある頭を下げる。

禿頭で口髭を蓄えた如何にも漁師上がりな親父さんだった。

その隣で兵士と言うほど似つかわしくないぐらい華奢な軍服の男も頭を下げる。

丸眼鏡をかけてはいるが眼光は鋭い残存兵士達の長、マックバーン中尉だ。


 それを受けてジョシュ達は久しぶりのチリビーンズに向かうのを止める。

特に知らせを聞いたトラビスは怒りで満面を朱に染めていた。

その怒りに気圧されて青くなった顔のマックバーンに尋ねる。


「中尉、どこの部隊かわかるのかい?」

「いや、目撃者は海兵隊の装備と言っていたが、全員まちまちで所属どころか本当の部隊かどうかも不明だ」


 マックバーンたちはマニエルおばさんから暖かいコーヒーを貰い、礼を言う。


「俺は海兵隊上がりだ。そして海兵隊員であった事に誇りを持っている。それが汚されたのはどうにも我慢がならん。協力は惜しまんから何でも言ってくれ」

「了解した。協力に感謝する」


怒り心頭のトラビス赤鬼の矛先は自分たちでない事が確実になった。

村長とマックバーンは少し安堵したようだった。


「しっかし……バットや斧は兎も角、剣は無いだろぉ? 大概ショッピングモールのナイフショップで売っている奴? 使えば普通に折れるだろー?」


 その横で話を聞いていたダンが苦笑して指摘してきた。

アメリカのショッピングモールには普通にナイフショップやガンショップがある。

その商品としてクロム鋼やステンレスで製造された模造刀がごく普通に売っている。

しかしあくまでアクセサリーの類で実用性など皆無だ。


「報告ですと剣を使ってた奴はいとも容易く頭部を真っ二つにして首刎ねてたそうですよ」


マックバーンが華奢な身体を小さくして報告した。

一笑に付されると思っていたらしい。


「近接したℤの動きより速く先に斬ったのか?」


噴出したダンの隣で食後のコーヒーを飲んでいたジョシュが真顔で聞き返す。


「いえ、Z共はその相手には何の反応も見せずにただ避難民だけに向かって行ったそうですよ。おかしいですよね? ねっ?」



困惑の表情でマックバーンが答える。

その顔は信じてもらえないと思っているのがよく分かった。


「バカな! 目の前に居たら即飛び掛ってくるぜ」


コーヒーを噴出しそうになりながらダンが訝しがるマックバーンに突っ込む。


「ですよね。……難なく駆除出来てるんですよ。なんの被害もなく……一体何なんだ!アイツら」


マックバーンが泣きそうな顔で同意しながらぼやき始めた。


「なぁ、ジョシュ、何かわかるのかい?」


 ジョシュは黙って興味深そうに聴いていた。

その雰囲気を察したオルトンが聞き質す。


「いや、なんでもないよ。飛び掛るより速いのかと思っただけ」


「そうか? その一団の心当たりがあるんじゃないかと思ったのだが?」

オルトンが直球気味の質問をぶつける。ジョシュは戸惑いを見せながら疑問を口にする。


「んー、心当たりは無いですけど色々判んないんですよね」


「わからないとは?」


「まず最大の疑問、Zがなぜ反応しなかったのか? これが一番デカイ! なんらかの阻害するモノ、例えばℤに化ける臭いがあるのか? とかね。……それと拉致が単なる労働力もしくは他の目的なら男性をなぜ捕獲しなかったのか? そういうところが解せない。しかもまだ幾つかの疑問がありますよ」


 ジョシュがまた変に理知的に話し出す。

それを聞いたマックバーンの表情が少し明るくなる。

同じく疑問や興味をもったトラビスが話に乗ってくる。


「確かにZに襲われないのは疑問だ。奴らに視覚はあるのだろう?」


「ガモフ先生曰くかなり怪しいそうですよ。実験で血糊のついた人形に飛び掛ったらしいです」


 オルトンが昼間、船でウォルコットから聞いた話をする。


「ふむ。……匂いに反応するのか?」

「匂いは床に香水ぶちまけても的確に飛びついたそうなので驚異的かも……」


キャスコ湾のゴーグス砦実験エリアは今頃物凄い臭いになっている。

これもウォルコットが困った顔で教えてくれた。


「匂いねぇ……」


色々なヒントを得てジョシュが考え込む。


(自分が知っている知識では【連中は匂いに特徴は無かった】筈だ。それに何故Zが【連中】を襲わない? )


 手持ちの情報が少なすぎて推論さえジョシュは出せないでいた。

そこをパシッとシュテフィンに肩を叩かれて気がつく。


「おいジョシュ、何寝てンだよ!」

「あ、ああ、わりぃ考え事してた」

「下手な考え♪ 大概失敗♪ って言うだろ?」


ジョシュは韻も踏んでいないラップ調でシュテフィン弄られる。


「何だ? その寿限無は?」


笑ってスルーし、席を立とうとした。


 その時、オルトンが隙を見計らい頼んできた。


「ジョシュ、脇にぶら下げてる銃を見せてくれないか?」


 オルトンの頼みにジョシュは一瞬だけ逡巡した。

だが、諦めて脇のホルスターから銃を抜いて手渡した。


「やはりこれはS&WのM945……」


銃を渡されたオルトンが銃口を外に向けながら節々を確認する。銀色に輝くスチール製の銃身が映える。銃身の前後に刻まれたうろこ状のセレーション滑り止めが印象的な銃だった。


「ありがとう、凄い良い銃だな……自分で買ったのかい?」

優しく丁寧にオルトンはジョシュに返す。


「いえ、自分の師匠と言うべき兄貴分から譲って貰いました。それでカスタムして貰ってます」


「おい、オレにも見せてくれ」

 銃が趣味でもあるトラビスが興味深々で寄ってくる。

ジョシュが仕方ないと手渡す。

新しい玩具を貸してもらったような目で観察する。


「スゲェな……カスタマイズも申し分ない」

「そんなに凄い銃なんですか?」


銃にはあまり知識のないシュテフィンがオルトンに解説を求める。

そこで簡単に説明をしだした。


 銃の名前はS&Wスミス&ウェッソン M945。

コルト社のコルトガバメントをS&W社の職人集団パフォーマンスセンターがコピーと改良を加え開発、完成させた。

かなり高価かつ高精度、カスタマイズ次第でかなり耐久性、精度に差が出る。


「お金と整備技術も無いので耐久性とメンテの手間が掛からない様にしてあるぜ」


苦笑しながらジョシュが付け加える。

それをトラビスが笑顔で突っ込む。


「何言ってやがる。コイツ1丁売ったらワルサーPPKなら4丁、ガバメントなら10丁買えるじゃねぇか」

「兄貴分の形見みたいなものですし、カスタマイズもお高くてお金が無いんです!」


そこに後片付けと明日の仕込みを終えたアニーが厨房から出てきた。

しょうもない自慢で胸を張るジョシュ達の前に立ちお客そっちのけで騒ぐのをたしめる。


「揃いも揃ってあんた達何してンの? お客さん呆れてるじゃない?!」


 たむろって被害報告を聴いているはずが銃のお披露目会になっていた。

騒ぐ団員たちに苦言する。


「おう、アニー、お疲れ!」


団員達が誤魔化す為、口々に労いの声を掛ける。

だが、ジョシュがホルスターにM945を仕舞おうとする所をアニーが目ざとく見つける。


「ちょ、ちょいまって! S&WのM945じゃない!」


 お前もかとジョシュが仕舞いかけたM945を渡す。

銃を握り、感触とデザインを鑑賞しながらイイナーイイナーを連呼した。


「ジョシュ、これちょうだい!」

「だめ」


即座に強請ねだるアニーに即答で断るジョシュに追撃が来る。


「ちょうだ~い」

「却下」

「チューしてあげるから」

「要らん! 駄目、返せ」


最終手段も一蹴されてアニーが文句を垂れる。


「ケチ」

「馬鹿か? お前」


 未練たらたらでアニーはしぶしぶ銃を渡す。

だがその細腕と目は全く諦めていない。

その手から強引に奪い取り、ホルスターにM945を仕舞う。

……コイツアニーは要注意だなと認識したジョシュだった。


――――――――――――――――――


  その夜……皆が寝静まった深夜、月がポーツマス近くのルート95の真上に来る。

月光が照らす道路上で彼等は仲間達を待っていた。

ハイウェイの路肩には大型の長距離バスが駐車している。

車内には異常と状況を察した今回の収穫物10数名が息を殺して様子を窺う。

それとお守り役監視らしき男女が2名、運転手が乗っていた。


 外には4名、バスの周囲を警戒していた。

かなりの時間が経過したらしい。

周囲には暇つぶしがてらに駆除した無数のZが頭を無くして転がっていた。


 しかし、その内の1人が退屈に我慢しきれずに声を上げた。


「なぁ、JPジェイピー?! まだ来ないのかよ?」


 背の低いゴツイ体格をしたヒスパニック系の男が隣の長身の男に声を掛けた。

JPと呼ばれた男はヒスパニックを見ながらたしなめる。


「じきに来る。ホセ、何度も言わせるな」


 長身の男の姿がガスの影から動き、月明かりに照らし出される。

癖のある長髪を頭の後ろで結んでいた。

高くすらっとした鼻梁に真夜中でもサングラスを掛けていた。

薄い唇からは冷酷さと鋼の意思が滲みだす。

そのままでも周囲の人間達の興味を集める美しさと色気が醸し出される。

しかし、男の手には拒絶する様に銃身が冷たい光を放つAR-15が握られていた。


 そのホセと呼ばれた男は全くの逆だった。

ゴツイ身体は鍛え上げられた野性が詰まっている。

その野性が獰猛な魔獣の匂いを周囲に振りまいていた。

刈り込まれた短髪で強情そうな太い眉を器用に両方別々に動かす。

ぎょろっとしたどんぐりまなこに似合う大きな口で下品な笑みを浮かべた。


「りょ、了解でぇ~あります」


口をへの字にしながら敬礼してふざけて応える。

その態度にJPは眉一つ動かさずに廻りの警戒に入った。


 暫くするとエンジン音が遠くから聞えてくる。

市内の方からミニバンに先導されたトラック2台が姿を現した。


「おー、やっと来たか」


やれやれと言った感じでホセがぼやく。

ミニバンがバスの横に居るJP達の前に止まった。

同時に助手席から坊主頭の無表情でのっぺりとした面長の男が降り立つ。

身の丈は190センチを超えるその体躯に覇気がみなぎる。

身体に余分な肉は全く無い研ぎ澄まされた努力の業物だった。

JPはその男に短く尋ねた。


「クリス、首尾は?」

「クリア」


 クリスと呼ばれた男は同じように短く、素っ気無く答えた。

答えを聞いたJPは他のメンバーに指示する。


「撤収! コロニーに帰るぞ」


そう宣言して周囲を警戒しながらバスに向かう。


「ヘイヘイ、まーたこっからバス旅行か……」


ホセはまたボヤキながらバスに殿しんがりで乗り込む。

クリスはそのままミニバンの助手席に乗ると運転手の兵隊姿の男に短く命じる。


「出せ」


合図と共にミニバンを先頭にバス、トラックの一団は出発した。

一気にスピードを上げ、一路ルート95を南下していく。


 バスの中では守り役の若い男女、アンナとエディからジュースやお菓子、缶詰が振舞われる。

だが、みな何処へ連れて行かれるのか不安がっていた。

若い母親は座って幼い子供をようやく寝かしつける。

そして、前でソーダのボトルをがぶ飲みしていたホセに小声で訊いてきた。


「ねぇ、おじさん、私達を何処へ連れて行くの?」

「ん? 俺達の集落さ、なぁに心配要らんよ? かなり大規模な施設になってて物資も豊富だから安心しな」


釣られてホセも小声で話す。


「そこどこ?」

「そりゃお前、ニ……」

「ホセ!」


 黙って聞いていたJPがホセに向かい黙れと言わんばかりに釘を刺す。

とたんに頭掻きながらバツが悪そうにホセが謝る。


「ゲッ、ちと安全保障の問題で言えんのだ。すまんな」

「「なんで?! 他の人に聞いても全然答えてくれないじゃない!」」


 母親の声が段々大きくなり、そして皆の視線はJPの方を向く。

JPは状況の悪化を察してか、飲みかけの何かのパックを置いてため息をつく。

そしてサングラスを外しスッと立ち上がる。


 サングラスを外したその瞳が外に出た。

……切れ長で意志の強そうなダークブラウンの三白眼が母親たちをジッと射竦いすくめる。


 その顔立ち、身体、所作、相手が美形モデルか人気俳優でも確実に負ける。

野性味溢れる力尽くの魅力に母親や女性達の顔がたちまちとろけだす。

その瞳が徐々に紅を帯びだしてきたことも気づかずに……。


 JPは前の母親だけでなく全員に聞えるように優しく力強く話し出した。


「お静かに、我々の集落が秘密なのは強盗団、不逞の輩から避難民の皆さんを守る為です」

「あ、貴方達はZ相手でもめちゃくちゃ強いじゃない」


陸地に上がった時、次々に湧いてくるZに近接武器を使う。

スタイリッシュな動作で瞬く間に一掃した強さはまさにヒーロー映画の世界だった。

その違和感という現実が母親の心に最後の抵抗させる。


「私達でも銃火器装備の軍団で襲ってこられたらひとたまりもありません。私どもは皆さんを信用しております。ですが一応規則ですのでご容赦ください」


 JPの言葉全てに気圧されたのか黙って肯く避難民だった。

状況を確認してJPは踵を返す。

そのまま自分の席に座りサングラスを掛け直した。


 他の席に座るアンナ・エディ・ホセ達はにやにやとお互い顔を見合わせていた。

特に優男でリーゼントの若者エディは隣の席のホセに向かい小声で話す。


「ねぇ、ホセ、今のはJPの能力? イケメンパワー?」

「両方だろ。だがな能力アレがありゃ俺でも年中モテ期でヒモ生活出来るぜ。……羨ましい」


下卑た笑いでそうホセは答える。

溜息をつきながらエディは首を振った。


「JPは うち等外郭特務部隊の中でも一番強いからなぁ? ハゲゲーハークリスより上じゃね?」


エディは憧れと誇らしさで胸を張るとホセが同意した。


「そりゃ、そうだろ。JPは正統派系吸血鬼ヴァンパイアだしなぁ」

「ホセ、黙れ」


 JPがホセの口を塞ごうとするも、制止を気にせずホセは気にせずに喋りだした。


「だーじょうぶだって、まだ暫くは能力で全員トロけてラリってるさ。それでよぉ? 俺みたいなもてない吸精鬼インキュバスなんざ苦しいぜ~? 能力が肉体系統全振りでに困る。捕食能力高い奴は心底羨ましいぜ」

「僕、雄弁能力だけど弱いからナンパが中々……」


ホセに釣られたエディのぼやきに被せる様にアンナが会話に食いつき出した。


「アタシなんか魅了だけど、ぜーんぜん意中の男達は振り向いてくんないもん」

「おめぇ見たいなイケてる女が? 全員ゲイじゃねぇの? よぉし、今度俺がなぐさ……」


調子に乗ったホセがセクハラを始める。

その途中、怒りの匂いを醸し出しながらJPが一喝する。


「いい加減黙れ、お前ら! 帰って呑み屋バーでやれ、いいな?」

「「あいよアエイト」」


 一同、首をすくめながら即座に返答を返す。

リーダーを怒らす後が怖い。


 JPは運転手の唯一無口なトーマスに頼むぞ? と声を掛ける。

隣の席に座ってバス前方を向きながら勝手な事を……そう心の中で呟いた。


 正統派吸血鬼ヴァンパイアと聞こえは良いかもしれない。

だが、度重なる人との交配により特殊な能力はかなり薄まった。

全ては衰え、人から血や体液の提供を受けなければ1ヶ月程度で老衰になる。

人類の哀れな突然変異種が我々最下層なのだと認識する。


 この状況、Zが世界に氾濫している現状では人間が滅べば次に滅ぶのは吸血鬼だ。

…………溜息をつきJPは白みかかった東の空を見つめた。






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