目標

 キリチェックとキャロルは空振りに終わった襲撃とロンドンでのゼラルゼス本部での反乱鎮圧を自宅にいるアンソニーに報告していた


「申し訳ございません。若、相手に先手を打たれました。」


 申し訳ない気持ちで執務机で執務を取るアンソニーに報告しながらこの1時間に起こった結果を反芻する


 襲撃で病院スタッフに問い質すと実に数分前に車が急発進で出て行ったと言われて気が付く


 グレゴリーの腕なら誰にも……自分にさえも気取られずに一般車両に紛れ込むなんて造作も無くやってのける……そして自分達反乱者の姿を確認した後、優雅に別のセーフハウスに向かっただろう


 そして本部襲撃は爆弾設置したものの土壇場で一網打尽にされてしまった……


「あー、気にしない気にしない。そんなときもあるもんさ。とりあえず着替えて楽になりなよ」


 そう笑顔で気さくに労を労い、キリチェック達を下がらせると別の事を考えていた


(こいつ等より先にジル・トレーシーをモノにした方が良かったか……オーナーであるスタン・フロストも初回で何か勘付いたらしく即座に離れたようだし……)


 あくまで独り、無言で考える。昔からの習慣だった。思考が決して漏れない様に……上っ面で善人であるように……


 幼少の頃から名門とは言え弱小貴族の家に育ち、眷族になり長命になっても大国や超大国に翻弄され、一族や眷族、同族間の抗争で培った性格と技術はアンソニーが上り詰める為の武器の一つだ


「さて、仕事に入ろう」


 独り言を呟くと察したように複数の作業員を連れて私服らしいキリチェック達が現れる


「今日も入られますか?」


「無論だよ」


 高級そうな赤く分厚いガウンをアンソニーの身を包ませるとキリチェックは作業員に振り向き


「では君達はいつものように機材を搬出して移設してくれたまえ」


「はい、直ちに」


 そう返事をすると先を進むアンソニーについて行く


 一行は部屋の片隅にあるローマ皇帝の胸像の前に立つと目線を合わせると胸像の目から緑の光が溢れ、網膜認証を行った


 すると隣の壁が下がり、側面にエレベーターが姿を現す


 全員がそれに乗ると数秒で地下に到着する


 そこには広大な空間の中にパイプやコードに繋がれた無数のガラス細工の棺型のケースに女性や子供達が全裸で入れられ立てかけられていた


 こめかみや指にはセンサーを取り付けられ、ケース横には氏名と人間や種族がメモに書き込まれていた


「では5ユニット単位で後方の作業エレベーターで運び出してくれ」


「はい」


 キリチェックの号令で作業員達が一斉に動き出す。すでに何回か作業しており、手慣れた感じでコードとコンソールに入力を行っていた


「進展具合は如何だい?」


 作業を横目で確認しつつアンソニーが後ろのキリチェックに尋ねる。


「40%の進展具合だと専任秘書から伺っております。」


「もう少し急いで欲しいな、時間が余りなさそうだ」


 ニコニコとした表情とは裏腹にアンソニーの口調は忙しなかった。


「畏まりました。増員して事に当たります。」


「うむ、そうして、本社から何人か要請すれば来る。本部東欧からの部隊は?」


「現在、輸送船二隻で数万人が此方に向かっております。ギリギリで参戦となります」


「当分は現地の兵力で賄うか……」


 最近、遠距離での物資回収部隊から不審な武装集団や移動する機甲部隊を見たと報告があり、近いうち大侵攻が始まると予測されていた


 アンソニーはそう呟くと最奥に居た複数の白衣を着た男達に声を掛ける。


「やぁ、ジェイク、進展は有ったかい?」


 ジェイクと呼ばれた中年男が中央でコンソールを操作しながら振り向く


「おぉ、若、お帰りなさい。やっと先程アンリの牧場の分別が終わった所ですよ。実に素晴らしい内容でした」


「ほぅ? 何が素晴らしいんだい?」


 ニコニコとした表情だがその言葉には微妙な苛立ちがあったが、自前の遺伝子研究所から派遣されてきたジェイク・ダンカン博士のチームは興味本位で動き、仕事は遅かったが、確実な成果は出していた


「劣性遺伝子が優秀で健康なグループが多い! あのアンリに飼われてたら単なる採血袋扱いでした。………」


「もちろんそれだけでは無いだろう?」


「はい、サンプルでしたが、優良な例の素養を持つ少年を見つけました。どうやら脱走したらしく、本人が居ないのがアンリ直下の牧場らしい杜撰さでして………」


 ジェイクは頭を掻きながら呆れ返る


「ふむ、ドラガン、3つ目の標的だ、ついでに探して活かして連れて来てくれ。Zなら要らない」


 その少年のデータをモニターに写して見せながらアンソニーが後ろで待機するキリチェックに指令を下す


 そのデータにはマーティン・オオクニ・ネルソンと記載してあった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その目標であるマーティはアンナの指導の下、短期間で棒術をモノにしつつあった


 アンナやマルティネス達が繰り出す棒やボールをギリギリで避け、弾きながら不規則に揺れ動く的を的確に突き、払い、蹴り倒しながら進む。最後は連続3段突きから膝の逆蹴り、払い振り下ろしの連続動作を滑らかに決める


 それを3往復して、一息つかせる


「お疲れ~」


 ソフィアがタオルと冷たい水のボトルを持って駆け寄ってくる


「ありがとう、ふーっ、うんまい!」


 一気にボトルを空けるとマーティはタオルでまた噴き出してきた汗を拭く


 その二人を見ながらアンナとエリクソンが腕を組みながら目を細めるとボール拾いを終えたマルティネスが籠を持ってくる


「二人の姿がそんなに眩しいかい?」


「馬鹿言ってんじゃないの! とりあえずZの対応は出来そうだなって思っただけ」


「あ、そうなんだ」


 にやつくマルティネスにエリクソンソフィアの父親が絡む


「ドミニクぅ、お前、俺に喧嘩売ってないか?」


「いーえっ、ボスに売るわけないっしょ?」


「コントは他所で稽古していただけないですか? マーティ! しばらく休憩してて!」


『はーい』


 時計を見て定時連絡の時間が近いとわかると即座に引っ込む上司と部下コンビとマーティ達を置き去りにしてアンナは地上階の工事現場の事務所まで上がってくる


 時間きっかりで衛星電話が鳴ると即座に通話のボタンを押し電話に出る


「もしもし、アンナか?」


「Yo! ホセ、そっちはどう?」


 余裕のある声でアンナは尋ねるが、ホセが苦笑交じりで答える


「モーリーがやられた。 エリックもトーマスも負傷したが今は復帰した。JP達は無事だが疲労困憊であることは間違いない」


「ゼラルゼスとやりあってそれだけで済んだの? モーリーは残念だけど……実質的な大勝利じゃない!」


 その戦果にアンナは驚くが、ホセに内情を教えられ苦笑せざるを終えなかった


「とんでもねぇレベルの狙撃手や兵士にモーリーやこちらの兵隊多数獲られて、施設は大破状態だぜ? これが任務なら失敗と言われても反論できないさ」


「そういわれたらね……ところでこちらにはいつ帰ってくるの? 教会の動きは?」


 矢継ぎ早にされる質問にホセは慌てなさんなと窘めると順にわかりやすく答えていく答えた


「まず、教会だが今かなりの数の兵隊集めているそうだ……すでに先遣隊はNY近辺そちらに展開しているだろうとJPも俺も予想した」


「う……マジで? ここも出なきゃならないか……」


 この二人の予想は大概あたる、そうなれば外部からの侵入口となる地下鉄は防衛線になりうる……つまり兵隊がここに配備されてくる


「それについてなんだが……お前さんたち、ゼラルゼスに合流しろや」


「はぁ?! 敵でしょ? それに味方にしても高額の報酬とるって話……」


呆れるようにアンナが聞き返すが、ホセは無視して話を進める


「向こうの運営が味方してくれるらしくてな、一先ひとまずブース一味を預かって貰う話にした」


「一先ずって?」


「まずお前さんにはブースのデータを奪取してこちらに送ってほしい」


「んー、もうっ! 了解」


「そのうえで連中のセーフハウスで脱出に備えてくれ、俺らが攻防戦のどさくさで救出に向かう」


「では、合流地点を教えて」


「よしきた、スマホみろや」


 ホセはスマホで避難船の窓口のPCのアドレスとセーフハウスの場所と合言葉を送った


「あ、そうそう、マーティってガキまだ一緒か? あいつのねぇちゃんアニーがそこに居るぞ」


「えっ?! そうなの? 足手纏いは多いと困るのよね……」


 受話器の向こうでクスッとホセが笑うと


「即戦力級だ、早撃ちと狙撃の腕は大会で優勝できる腕だ。実績キルマークもポートランドやここボストンでもある」


「なら良いか……それじゃ、データ獲ってくるわ。またね」


「先に預けとけ、あのチームと一緒なら猟犬キリチェックが出てきても対抗できる」


了解アエイト


 いつもの合言葉を聞きながらもホセは一抹の不安を感じていた










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