調略

 満腹になった二人は何気ない会話を交えつつ、食後のコーヒーで寛ぎながらスマホのメッセージでやり取りを行う。


「よし、御馳走様!」


 アニーがチップをコーヒーマグの下に置き、ジョシュはレジに向かい勘定をして外に出る。すると予想通り、ルブラン達も勘定しろとリズを呼ぶ。


 ジョシュ達はそのまま裏路地に入り込みゆっくりと歩く。


「ちょっと待て! うちの若いのが世話になったねぇ」


 その背中に手下の内の屈強そうな二人を連れたルブランが声をかけて来た。残りは先ほどKOした若手の介抱に残してきたのだろうか……


「あー、大したこたーないから……それとも世話してほしいのかい? 俺の介護報酬はクソ高いぞ」


 そう言い終える前に一人が振り被って殴り掛かって来た。構えも左手のガードもなく大振りな動作の素人丸出しなのが良く分かった。間合いを測り手の届く範囲に入った瞬間に顎に一閃右フックをヒットさせ、身体を捻りこんだ左前蹴りで足が止まり棒立ちになった鳩尾に蹴り込んで吹っ飛ばす。


「はい、お次」


 倒れた相手に一定以上の手応えを感じた後、ピシッと左手をガードして右手は胸の前に構えて、右手は前で軽く膝を曲げつま先で立つ、次の相手がそれなりの強さで唯一の辛うじて脅威になりえそうな相手だった。


 短髪に刈り上げた頭歯並びが良さげな顎より太そうな頸と比例して分厚い逆三角形の身体で両手を左右に開き、右手のみ前に出す。


(こいつレスラーグラップラーか……組まれる前にヤル)


 ジョシュはそう見切ると突進してくる相手に対し、一歩下がってから一気に連打に入る。


 再び鳩尾に行くと見せかけ、相手が待ってましたと言わんばかりにガードが下がった瞬間にこめかみに上段蹴りを叩き込み怯ませる。


 だが、大概の打撃のショックは頸の強化された筋肉が吸収してしまう……本命は膝、膝裏にインパクト抜群の下段蹴りを見舞い、膝をつかせると頭を掴み再度こめかみに膝蹴りをぶち込んで倒す。


 一人になったルブランが逃走に入ろうと後ずさるとアニーが腰からM945を抜き構える。


「はい、動かない」


 銃口に気付き、手を上げて汗をたらしたルブランに対してジョシュがニコリと笑った後、


「オッサン、何もしていないカップルに罵声を浴びせた上に絡んでくるとは……俺の介護報酬はクソ高いと言わなかったっけ?」


 脅しつけを恐喝と勘違いしだして自分の正体を明かしてマウントを取ろうとする。


「な、何だ、カツアゲか? 私を誰と思っている! バートリー本拠直衛軍、カイン・バートリー直下、第1輸送艦隊所属、輸送艦ヴァシュタール艦長、モリス・ルブランだッ!」


(こいつ意外とちょろい?)


 その頭の悪い開き直りにジョシュは得意の直球勝負を仕掛ける。


「え? そんなエライお方が……アンソニーにいじめられて帰れないんでしょ?」


「なっ……なにぃ?!」


 噂は本当だったらしくビビって真っ青だった顔が怒りで一気に赤くなり出した。


「町の噂になってるぜ? あそこの輸送艦、アンソニーに荷物兵隊盗られて本国に帰れなくなったって……」


「う、五月蠅い! 我々は戦略的に仕方なく此処に滞在しておるのだ!」


 赤くなったり青くなったり忙しいルブランに対しジョシュはおちょくり始める


「戦略ぅ? 一介の輸送艦風情が影響を及ぼせるのならなーんで此処で呑んだくれてんのかなぁ? あの断罪隊や攻撃部隊はスタッテン島に奪還しに行ってんのに……そういや、その断罪隊もシェルターアイランドの宿舎に居るし……何してんの? 艦長アンタ


「な……なんで」


「専らの噂だよぉ? 断罪隊がめっちゃ活躍して宿舎は高級住宅街のオサレなホテル住まいって……」


 実際の噂にはなってはいないが、はったりでもないネタを交えてルブランの感情を煽る。


「ち、ちくしょう……寄ってたかってバカにしやがって……」


「一度覗いてこればぁ? 物資の集積所になってるシェルターアイランドの学校の近くだから……」


「誰が行くかぁ!」


「だよねぇ、今まで蔑んできた兵士達が上等な宿でバリバリ活躍して、自分達はバーでしょぼくれて呑んだくれ…‥やっぱ集積所の物資ガメて勝手に帰国するぐらいの気概もねぇ負け犬に絡んでも仕方ねぇか……帰ろっか?」


 ある程度煽ってルブランが悔しさで顔が引き攣り、御付きの兵士達も回復しだしたのを確認し、速やかにダメ押しをしてアニーに声をかけその場を立ち去る。


「まてぇ!」


「俺たちゃ負け犬なんざ待たねぇよ。 今度来るときはニュースのぬしになってきてくれ」


 そう言うとアニーに目配せして走り出した。


「くそがぁぁぁ! 今に見てろ!」


 ルブランの激高が辺りに響く、その叫びを耳にしジョシュに呼ばれて来たエディとアンナが車で待機していた。


 御付きの兵士を起こすとルブランは船に戻るのか、のろのろと歩みを港の母艦ヴァシュタールに向ける。そこに耳に聞き惚れるような声色トーンとイントネーションで噂話が聞こえて来た……


「ちょっーと、ザックぅ、それマージーなの? アンソニーの集積所の物資ちょろまかすって?!」


「ああ、マギー、おめぇが夕方、守衛に酒を差し入れしーの、そいで頃合いを見ておれっちがガスで眠らせて置いてーのぉ、適当な物資頂いて船で乗り付けて運び出せば余裕だぜぇ? ここの集積所の物資をいただいて攻撃を受ける前に他所の街に逃げ出せばいいんだしぃ、よぉぉぉくここで計画錬っておかなきゃなぁ? 」


 車の中の男女……偽名を使いエディとアンナがその持てる能力とテクニックを使いワザと聞こえるように訛りを交えて囁く……その言葉には甘く心に響くがあり、立ち止まり気付かれないように盗み聞きするルブラン達の傷つけられた矜持に闘争心の火が点き始めた。そして頷きながらやる気と活気が身体に漲り出した。


 ……ダイナーでジョシュがリズの情報を得た際、即興でこの計画を思いつきホセにメッセージで提案して承認、即座にフォローと詰め作業として連中の頭にアイディアを埋め込ませる適役の二人を派遣してもらうった。勿論、JPはルブランの周囲とヴァシュタールに動向を探らせるスパイを仕込むことをジョナに依頼しておいた。


 案の定、絡んできた連中を自分達が動機付けで叩きのめした挙句に罵倒してプライドを傷つけ、エディ達に計画の詳細なアイディアを能力を使いルブラン達に計画を埋め込ませる。これでルブラン達が動けば無関係なジョナ達はアンソニーに睨まれることなく従来の業務と称して監視や連絡役として各地に配置できる。あわよくば物資の横取りも可能だ。


 話を聞き終えたルブラン達はうんうんと頷き、ぎらついた眼で船に向かって足取り軽く歩いて行った……周囲に素知らぬ顔で聞き耳立てている男が居るのも知らずに……

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