喧嘩
罵声を上げて憂さを晴らすルブラン達に向かってジョシュがスタスタと歩き出す。既に臨戦態勢で向かって行く。
「コラ、そこのクズ共! 俺の食堂で昼間っからビール飲んでクダ捲いてんじゃねぇよ! おう? アンちゃん達、いらっしゃい」
厨房からコック帽代わりに赤いバンダナをし、ヤギのような顎鬚を生やした中東人らしきオヤジが顔を出して一喝すると、視界に入ったジョシュ達に挨拶をする。ドツキ倒そうとする毒気を抜かれた形のジョシュは呆気にとられるものの手を上げて挨拶して離れたテーブルにアニーと共に座る。
騒ぎが収まったのを見計らい厨房から小太りの白人の中年女が出てくる。
「いらっしゃい、何にする? と言っても大したもの出来ないけどね」
メニューを渡し、メモを取る用意をして尋ねるその制服の胸のあたりにはギャリーズとロゴが入り、バッチには” リズ ”と彫られていた。
「今日のランチは何ですか?」
アニーが尋ねるとニコリと笑いリズが答える。
「ギャリーズ特製バーガーとポテトフライ、それとコーンスープ、15ドルよ」
「じゃ、それ貰う」
「俺も」
アニーのオーダーにジョシュも同じものを頼めば、リズがテンポよく次のオーダーを尋ねる。
「飲み物は?」
「コーヒーで」
「1ドルだけどセルフで頼むね。あそこに湯があるからそれでインスタントコーヒー作って飲んでね」
「あいよ」
「五月蠅くてごめんねぇ、なんでもアンソニー様に預かりの兵隊を盗られて国に帰れないらしいよ」
リズはオーダーのメモを取りながら小声で謝る、それにピンときたジョシュが世間話風に聞き出しに入る。
「へぇ、そういやここらにも兵隊多いよね? それとは違うの?」
そう聞かれると噂話が好きらしく、周囲を見渡した後
「何でも東欧のアンソニー様のお兄様の部隊らしいけど、アンソニー様が気に入ったらしく根こそぎ、自分の防衛基地に持ってかれて、手ぶらで帰れば叱責が待っているから帰れないらしいのよ……そんで昼間はうちや他所のダイナーで呑んでは夜はパブかバーで吞んだくれてるそうだよ」
小声でジョシュ達に教えるとオーダーを伝えに厨房に入って行った。すると今度はアニーが周囲を確認し話し出した。
「ねぇ、ジョシュ」
「なんだ?」
「さっきの話って……」
「ああ、多分、この前の
そう言うとジョシュは立ち上がり教えて貰った場所でコーヒーマグにインスタントコーヒーを淹れてプレートに入れて持って来る。
「ありがと」
「お安い御用だよ」
マグを渡してジョシュは自分のコーヒーを飲むとそこに香ばしい匂いをさせながらリズが2つのプレートを持って来た。
「はい、おまちどうさん」
「ありがと、うわ、おいしそっ!」
光沢のある狐色に白ゴマが絶妙な量を載せた分厚いバンズ、それに負けない厚みの粗挽きパティに見るからに濃厚なチェダーチーズが溶けて食欲を刺激する。瑞々しいレタスが挟み込まれ、輪切りで軽く火を通したオニオンに自家製のセミドライトマトが肉汁を吸い瑞々しく光沢を出す。その横に黄金色に輝くポテトは揚げたてらしく湯気が立っていた。
アニーは目を輝かせながらフォークを突き刺し、ナイフで切り分けて頬張る。パティに付けられた粗挽きの白と黒胡椒等の香辛料と岩塩が肉汁の旨味を最大限に引き出した上に野菜の甘味と混ざり合いチーズの芳醇ともいえるコクに合流しリズムとハーモニーをバンズに刻み込むように沁みている……
『『んまいっっ!』』
ジョシュとアニー、期せずして刮目し、目が合い声が同時に上がる……教授の手製のピッツァも別世界の食べ物だったが、これは死ぬ手前まで常食しても飽きることのないソウルフードになるものだった。
その声にリズも厨房で皿を洗い出す中東人もニヤリと笑うが、ルブラン達には刺激が強過ぎたらしく、一番若手らしい男が泥酔して濁った目をジョシュ達に向ける。
揚げたてのポテトを齧りその絶妙の塩加減と外はカリっとして中はホクホク感に舌鼓を打つ幸せそうなアニーを見ながらジョシュは背後に近づく若手の男に振り向きざまに警告を発する。
「おい、俺は飯の途中を邪魔されるのが一番腹が立つんだよ。それも美味けりゃ旨い程な……後で外に出てきっちり勝負してやっから、今は邪魔すんな……?」
それでも近づいて来るので仕方なしにジョシュも立ち上がる。そこにリズが異変に気が付き、中東人を呼ぶと仲裁に入る。
「ちょいと、兄さん達! 外でやってくんない?」
「後でやると言ってるのに聞かねぇんだ……」
「この野郎、こちらがひでぇめに会ってるのに女連れでイチャイチャしながら騒ぎやがって……」
もろ八つ当たりの理由を振りかざし、男が激高し始める。だが既にジョシュの間合いに入っていた。
「しょうがねぇなぁ……」
そう一言呟くとジョシュは右手を下から上に男の顎先を掠めるように振る。濁った頭に振動が加えられ力なくその場で膝から崩れるのを慌てた振りで両手で支える。
「おいおい! 酔っぱらかってしょうがねぇなぁ……親父さん、この人そこに寝かせてやって」
厨房から飛び出して仲裁に入ろうとした中東人に顎で空いてるシートを差し、強引に寝かす。
「兄さん、えれぇ迷惑かけちまったなぁ……」
中東人は申し訳なさげに頭を掻くが、ジョシュは笑って済ませた。
「いやいや、このご時世にこんな美味いモン喰わせてもらえば大概のこたー笑って済ませるぜ」
「すまねぇな、恩に着るぜ」
「ああ、今度はツレ連れて来るよ。そん時もよろしくね」
「ああ、任せとけ」
笑顔でオヤジが胸を叩くをの見てジョシュはゆっくりとテーブルに着く。そして目を疑った。
既にバーガーは消失していたが何故かポテトは手つかずのアニーのプレートとバーガーは残っているがポテトは数本の自分のプレートを見比べる。まだそんなに食べていないはずなのに……明らかにポテトの量が減っている……
「あの……アニーさん?」
「なによぅ?」
「食べてない?」
『
ドスの効いた声の明らかな威嚇に苦笑しながらもジョシュはとりあえず、元気が出てよかったと無理やり自分を納得させつつ、次に動き出そうとするルブラン達に備えるべくプレートの上のバーガーに挑んでいった。
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