困惑
リカルド戦での負傷した感覚器をロングアイランドの北端のエリア、モントークにあるバートリー専用の診療所で治療してもらったキリチェックは急いで徒歩で隠し本部の執務室に居るはずのアンソニーの下に向かう
何とかマーティとソフィアを確保して成果は出したが、内心では不甲斐無さで身悶えしていた。
スタンを取り逃がし、リカルドにはしてやられ、そして本格的な戦闘部隊を本拠から呼ばれる……戦力外と言われてもおかしくない
(幾ら若が聖者の如くお優しい方でもこうも不甲斐ない俺では御傍に置いては貰えない)
悲愴という名の絵画のような雰囲気を背中に漂わせながら悲痛な表情でキリチェックは車に乗り、一路、ロングアイランドの北部海岸部に車を走らせる
ロングアイランドは南部海岸と北部海岸エリアは全米屈指の富豪が住まう地帯が点在しており、最も高価な地価エリアとしても知られる。
アンソニーがカート・クレメンタインから購入した白亜の
キリチェックはそこには向かわず、最寄りのエリアであるザックハーバーのヨットハーバーに車を進ませると港に面した77と書かれたガレージ付きの小高い坂の瀟洒な2階建ての家にゲートを開けて駐車場に止める
キリチェックはそのままでチェック機構が作動するのを待つ
それは追跡者が居ないかどうかをスキャンするシステムで後方200メートルに追跡がないのを確認すると駐車場がリフトとなり地下数百メーターまで車を運ぶとより深い深淵へと続く螺旋状の道へつながっていた
無言でキリチェックは車をその深淵へと走らせる。
しばらくの後、直進の道は坂道と変わり、いくつもの分岐路を経て広めの駐車場へと変わる。
そこにはアンソニーの愛車、ファントムやフェラーリ、キャデラック・エスカレイド等が置かれていた。
その空いている場所へ車を止めるとキリチェックは中央にあるライトで点灯された通路に入っていく
しばらく行くと広大な面積の部屋で作業員達が表の邸宅から運び込まれた採血ユニット化された人間達を設置し、栄養と採血を供給できるように接続作業を行っていた。
その隣の部屋では例のジェイク・ダンカン率いる研究チームが忙しそうに研究に勤しんでいた
そして様々な部屋の前を通り過ぎると執務室と書かれた部屋の前で立ち止まり、ノックする
「入り給え」
アンソニーの声で許可が出るとキリチェックはゆっくりと部屋に入る
「やぁ、お帰り、容体はどうだった?」
マホガニー材の執務机で事務仕事をするアンソニーが顔を上げ、笑顔で尋ねてくる
「ありがとうございます。ご心配をかけ申し訳ありません。業務に支障はございません」
実際は生活には支障はない。だが能力を行使すればかなりの苦痛があった。
それでもこの危機に御傍で身体を張らねばという悲壮な決意がキリチェックを突き動かしていた
知ってか知らずかアンソニーはいつもの優し気な笑顔で立ち上がる
「それは良かった。では早速エスコートを頼むよ」
「畏まりました。どちらへ?」
「例の断罪隊のいるエリアに」
その行き先を聞き、キリチェックは身をこわばらせるが、その動きを察してアンソニーが笑う
「ダメかい? 万が一の時は守って貰おうと思ったのだが?」
「いえ、若の身の安全は一命をもってしてもお守りします」
半分安堵、半分危機感を抱きながらキリチェックは外出の準備をする
「秘書を呼んでおいてくれ、ルートは任せる」
「畏まりました。それではしばらくお待ちを」
そう言うとキリチェックは急いで隣の秘書室に向かうといつもの専属秘書が椅子に座り、パソコンを操作していた。扉をノックして気付かせると早口で要件を告げる
「ミズ、若が外出なされる。同行を頼むよ」
「あら、ドラガン? どこに行くの?」
慌てた風もなく席を立ちコートを取りながら秘書が尋ねる
「断罪隊のところです。配備先はわかりますか?」
「多分、ブルックリンエリアだと思うわ。道中確認する」
「よろしくお願いします」
ケリーバックを持つ秘書を伴い再び執務室に入る
「若、いつでもどうぞ」
「うむ、では行こう」
タブレットとスウェットにロングカーディガン姿のアンソニーをエスコートしつつキリチェックは何時ものようにそつなく
「では、ブルックリンに配備されてるらしいのでサッグハーバーの第2ルートを使い移動します」
後部座席のアンソニーと秘書に告げると分岐を通り別のルートに出てリフトに停車する
「あ、そうだ断罪隊のデータ見せてくれないか?」
秘書に頼むとタブレットの方にデータが送られる
「猛将マッキンタイア率いる断罪隊の使用要件ねぇ……」
そこにはこう書かれてあった
責任者に告ぐ
懲罰大隊である断罪隊の中核メンバーは元教会員の直系眷族で構成され、非常に高い戦力を持つ。
それ故に敵の最も攻勢が強い場所に配備し、最前線で交戦させる。
武器も拳銃とナイフ、近接武器のみとし決してライフル、手榴弾、ロケット砲などは鹵獲した場合を除き、装備厳禁である。
それは反乱防止の面もあるが、自決防止と彼らのもう一つの目的、教会本部にある記録とその内容の公開する為に侵攻するのを防止するためだ。くれぐれも装備させないように
最後に本家の軍事責任者である長兄カインの署名が入っていた
「教会本部の記録? 何か知ってる?」
アンソニーはもう一つの目的が気になり、秘書に尋ねるが首を振るだけで期待した返答はなかった
リフトが止まり、一瞬間が置いて駐車場の扉が開き、高級そうな家のガレージから発進し車の往来がないのを確認して勢いよく道路に飛び出す
周囲も高級住宅街だ、キャデラックなどそう珍しくもない。大通りを経由し、南北を縦断するモントックハイウェイに出てブルックリンエリアに向けて高速で走る
道中、秘書が調べた所、断罪隊は最初に到着した海兵隊用ターミナルに停泊している船に待機したままだった
キリチェックは車をそこに向かわせると船の周囲には援護用の部隊が待機していた
「「全隊、アンソニー卿に敬礼!」」
待機していた兵士達が車から降りるアンソニーに気が付くと一斉に敬礼をする
「ご苦労様、楽にしてくれていいよ」
そう隊長らしき男に指示するとキリチェックと秘書を伴い船内に入っていく
船内に入ると厳つい体格の監視役の兵士が敬礼して出迎える
「ご苦労様、船長か責任者に会いたいのだが?」
「は、取り次ぎますので少々お待ちを」
船内のインターフォンで上司に取り次ぐと直ちに艦橋へ通するように指示が出た
兵士に案内され艦橋に通されると椅子に座った艦長らしき人物が立ち上がり、握手を求めてきた
「これはアンソニー様、お初にお目にかかる。当輸送艦、ヴァシュタール艦長ルブランと申します」
輸送艦の艦長や乗組員としてはヤケに物々しさを感じる佇まいのルブラン達を見て物怖じせずに何時ものように笑顔でアンソニーは握手をする
「やぁ、話はシャーロット軍団長から聞いてるよ。凄い部隊だって?」
「はは、連中は凄くありませんよ。とっととくたばればいいのに御真祖とカイン総司令の御命令で貴重な処女の血を最速で回せとありまして、それで生き延びている始末です」
吐き捨てるようにルブランが呟くとアンソニーは笑みを絶やさないで告げた
「その連中に会わせて貰えないか?」
「はは、御冗談を」
「いや、真面目な話だよ。私は必ず前線に立つ兵士達にはどんな形にしても一度は会うことにしている」
そのセリフを聞き困惑した顔でルブランがキリチェック達に助けを求めるが、求めた相手が悪かった
「若の御随意のままに……」
キリチェックはそうと答え、案内するように近くに居た兵士に告げる
困惑する兵士がルブランの顔を見る……諦めたように肩を竦めて許可する
万が一の為、ルブランも兵を率いて付き添いカーゴルームの一つに向かう
扉を開けるとコンテナを改装した牢獄が折り重なるように置かれ、その闇の中ではっきりとそれとわかる病的に白い顔色の男達が各々の牢の中でこちらを見ていた……憎悪と嫌悪を湛えた目で
ルブランはその一角にある牢の前に立つと声を掛ける
「マッキンタイア、起きろ」
そこには据え付けられた鉄棒で片腕で机を持ちワンアームプルアップ、片手懸垂を行う男が居た
天然のパーマが軽くかかった黒髪に顎髭に余分な肉が削ぎ取られた傷だらけな肉体、鋭い眼光に薄い唇、昔も今もイイ男の範疇に入る分類の顔立ちが懸垂を止め、机を静かに置く
「艦長直々に何用ですかな?」
ヤレヤレと言わんばかりの表情に蔑んだ目線でルブランに対峙する
「貴様達に会いたいと依頼があってな……どうぞ」
渋い顔でルブランが横に避けるとアンソニーはつかつかと歩み寄り格子の間に手を伸ばすとごく自然に手を握る
「やぁ、マッキンタイア志教、はじめまして、アンソニー・バートリーだ」
その内容を理解すると同時にマッキンタイアの瞳に憎悪に似た闘志が燃え盛る
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