手口

「きぃさまぁぁぁ!! 」


 アンソニー真祖の孫と分かったマッキンタイアが憤怒の表情で握った手に力を込めて引っぱろうとした瞬間にアンソニーは手を放し、手首を掴み捻り上げて関節を極める


「「なっ?!」」


 後ろのキリチェック達や周囲の牢に居た部隊の部下達が一瞬の出来事で目を剥いて驚く


「マッキンタイア志教、お怒りはごもっとも、少し落ち着いて私の話を聞いてくれまいか?」


 笑顔のアンソニーは手を離すとスッと後方に下がり、手首を押さえるマッキンタイアを見つめる


 怒号の末突っかかって来ると踏んでキリチェックが身構えるがその場でアンソニーに向き合い冷静な声で突き放す


「問答無用だ……好きにすればいい」


「そうか……ルブラン君、申し訳ないが少し席を外してくれないか?」


 後ろに控える警護を率いるルブラン達に向かい依頼をする


「え? ですが……」


「ああ、大丈夫、私にはドラガンが傍にいるから」


 笑顔で答えるアンソニーにキリチェックは少し安堵すると同時に全身に緊張が走る。


 眷属級の歴戦の戦士相手にアンソニーを必ず守り抜かなければならないのだから……


「では部屋の外で待機しておりますから何にかありましたら必ず!」


 渋々ルブラン達がカーゴルームから引き上げていく


 ドアが閉められるのを確認した後、アンソニーは笑顔を絶やさずに話しかける


「志教、邪魔者は去った、後ろに控えるのは私の腹心だけだ。話をしてもよろしいか?」


「貴様、何用だ……」


 憤怒の表情はそのままでマッキンタイアは話を聞く体制にはなった。


「まず、貴殿ら断罪隊を私の直属の部下にしたいのだが、契約に必要な条件は何か言っていただこう」


 キリチェックが目を剥いて驚く中、秘書は苦笑してやり取りを聞いている


「真祖の首」


「それだけか?」


「死ぬ自由」


「事が成ったらいつでもどうぞ」


 ありきたりな答えだと言いたげにアンソニーは切り返すと次々にマッキンタイアは言い放つが悉く切り返して来る


 しかしネタが尽きたとみたアンソニーは直球な質問をぶつける


「教会の記録を求めているそうだが、何故だい?」


 それを口にするとマッキンタイアの憤怒の表情に険しさが幾分刻まれる


「アンソニー卿よ、それを聞くということは何を知っている?」


「志教、何も知らないから尋ねているんだよ……」


 笑顔が真顔になり尋ねるとマッキンタイアは深くため息をつき、机に座り、足を椅子に置き語り出した


「あれはまだ20世紀初頭の頃だった……」


 時は1910年、後の第一次世界大戦の前哨戦ともいえる第一次バルカン戦争前夜、教会は本拠をイタリア・フィレンツェに置いていた頃、


 25年前のヴラド公ドラキュラ侵攻後の設立されたイングランド支部にて若き貴族マッキンタイアは最年少記録である25歳で志教に抜擢され、近いうちに設立されるアメリカ支部の幹部として赴任する予定だった


 理解のある上司や優秀な部下に恵まれ、最愛の人と伴侶にもなり順風満帆だった。


 しかし東欧で吸血鬼の活動が活発になり、現地へ向かった調査隊や討伐隊が行方不明、もしくは壊滅する事態が多発した。


 そこで兵力不足となった教会本部の意向で各支部の優秀な人材や部隊を現地に派兵して調査や討伐に従事させる一大作戦を実行する事になり、選抜されたマッキンタイアとその部下達も現地に飛ぶことになった。


 戦争前夜ということで治安の悪化や政府の非協力な対応もあり捜査は暗礁に乗り上げることが多かったが、先発の調査隊や討伐隊が残した手掛かり、証拠、記録や他の部隊との連携の結果、とある記録が抹消された深い森の中央にある小さな古城に目を付けた


「そこで我々は駐屯する小さな村で本部に主力部隊の出動を依頼し、周辺に展開していた味方を呼んだ……だが」


 周辺の味方は呼びかけに答え、次々に村に集結してくれたが肝心の主力は姿を見せず、仕方なしに明日の朝、踏み込みを決意したその晩……


 村人は消え去り、村の周囲には無数の赤い目の兵士達がマッキンタイア達に攻撃を仕掛けてきた。


 応戦したものの次々に倒れ、捕らえられる……そこで目にした相手は今まで懇意にしていた村人達も含めた兵士達だった


 救出部隊は一向に来ず、ある月夜の晩に近くの野原に連れ出される


「ああ、とうとう最後の時か……と皆思ったよ……けどそこから煉獄が待っていたわけだ」


 縛られた状態でマッキンタイア達が見たものは森の中から不自然に白い靄とともに赤い髪を優雅に結い上げた貴婦人が従者に伴われて現れた


 時代錯誤ともいえる豪華で煌びやかなドレスを着た40代前後の美女がゆっくりとこちらに向かってくる


 その異様に透明感のある白い肌にマッキンタイア達は全身の血が凍る感覚に襲われた


 そして扇子を顔に掲げ汚らわしいものを極力見ないようにしていたため、顔はあまり見えていなかったがとても温和とは言えない鋭い眼つきに生来の傲慢な勝気さが表に出ていた


 そこに従者が耳打ちをした後、ピタッとマッキンタイア達の前で動きが止まる


 すると警護の兵士がマッキンタイア達に目隠しをして首を突き出すように頭を下げ差す


 万事休すと腹を括った瞬間、その襟首に何者かが咬みついた。


 次々に上がる悲鳴とその後の沈黙にその場にいた教会員達は処刑されていくんだと思ったが、目隠しを外され全員が生きていると知った


 その後、警護の兵士より告げられる


「今宵から貴様らは我々の同族となった、御真祖様に感謝して精勤に励むように」


 その瞬間、自分の身に何が起こったのかを悟り、もう国や家族のもとに帰れないことを知った


 そしてその後、当時の次期強皇の枢騎卿と各支部に散らばるシンパや部下は自分達のライバルや敵対派閥を一掃するため、大規模な掃討作戦を立案しそこにを結集させて吸血鬼陣営に始末させる計画を知った


 そして吸血鬼陣営に従属する人間の協力者から、自分達を嵌めた枢騎卿が強皇となり、各支部の長がそのシンパで占められた事を聞いた


 そして出陣の時点でマッキンタイアの妻は実は妊娠しており伴侶の戦死の報を聞き体調を崩し、子供共々身罷った事を知り気の狂わんばかりに泣き叫んだ


 そして眷属になってしまった仲間たちを説得、糾合し懲罰大隊として活動したいと要望した


 あっけないほど即承認され、その晩には訓練がてらに戦場へ出ていった


「思えば敵の中枢や主力になるべき人材を捕まえ、ほぼ強制的に味方にして後は敵が敵意目的を作ってくれる……貴様のおばあ様は実に巧い手を使ったよ」


 マッキンタイアは腕を組みながらしみじみ語った


「それで記録とは?」


 それがどうしたと言わんばかりにアンソニーはお目当ての話を急かす


「そうだった……強皇は我々の存在を知り、教会の正義と教義を捨てて吸血鬼に成り下がったと喧伝してかつての友、親族、上司や部下が刺客として我々の前に送り込んだ」


 迫る刺客を退け、その屍を乗り越え、敵のシンパを失脚や戦死に追い込みついには強皇も失脚させたが、最後にはマッキンタイア達の裏切り者の汚名だけが残った。


「教会の当時の記録に強皇やその配下の詳細な通信記録や内容が残っており、自分達の正義と売られた事実を公表する事で証明して名誉の回復をしたいのだ」


「なるほど……それで兄様は禁止にしたのか……良いよ。シカゴに教会の本拠があるそうだからこの大戦が終わったら襲撃ついでに探すと良い。おばあ様や兄様を倒してもいい。事が成ったその後に逝ってくれても全然かまわない。それまでは私の配下として戦ってくれないかね? 勿論、ルブランや他の兵士には内密の契約だ」


 目的を知ったアンソニーは何時ものように笑顔で提案をしてマッキンタイアが格子の間から手を伸ばし握手を求める


「取引成立だ」


 アンソニーはその手を握り返すと周囲の断罪隊隊員も雄たけびを上げて同調していった……







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