邂逅
暗闇の中、病室のベットでクリスは目を覚ました。ベッドに寝ているが、ここは自室ではなかった。
横にある大きい窓にはブラインドが下ろされていた。外からの光で安静を妨げない配慮だろう。ベッド脇には点滴スタンドとバイタルモニターが設置してあった。それらが作動する電子音だけが静寂な空間にリズムを生み出す。傍らのベッドテーブルにはクリスのものである腕時計とスマホが置いてあった。
クリスは違和感を感じ、顔を下に向ける。固定された右腕の静脈には点滴のチューブが刺さっていた。自由な左腕の中指には
(ん? 俺は? 何がどうした?)
頭の中で最後の記憶を必死に思い出す。ポートランドの上陸作戦で……それから?
その途端に顔半分が
「ぐぁっ! なんら? こっこは? おりはいったひ?」
普通に喋ろうとすると口が動かない。呟くのが精一杯でった。じゃまな顔のガーゼを取ろうとして左手を動かしセンサーが外れた。
そしてガーゼを剥がした途端に電撃痛が走る。クリスが呻くと同時に夜勤の女性看護士が飛んできた。
「目が覚めたんですね。至急、担当医を呼びますから大人しくしてくださいね」
てきぱきと点滴やセンサーをチェックする。データや機材に異常が無い事を確認してスマホで担当医を呼ぶ。
「俺は何故此処に?」
右手の拘束を解かれたクリスは硬く固まった口や顎の筋肉をほぐした。
「作戦中に銀の弾丸で撃たれたそうですよ。5ミリばかりこめかみと耳を削られたんです。拒絶反応がひどくて創傷処置が大変だったそうですよ」
看護士からそう聞いたクリスは記憶を鮮明に取り戻した。
”そうだ、俺は教会員がいると気づき、撤退命令を出した後に撃たれたんだ……”
最後の行動が記憶に戻ると共に、クリスは部隊のその後が無性に気になった。アレから撤退したのだろうか? それともまだ戦闘中だろうか? アンリ様は? 聞きたい事がぐるぐると頭の中を痺れと電撃痛を放ちながら回る。
そこに手術着のアンダーウェアを来た若手医師が病室に入ってきた。
「クリスさーん、調子は如何ですか?」
爽やかな笑顔で若手医師がモニターをクリスの顔で診察を始めた。
「電撃痛と痺れが顔半分を覆っているよ。それで戦況は? アンリ様は?」
「え……?」
いきなり質問されて事態が飲み込めない医師の手を掴む。
「此処は何処だ!? 部隊はどうなったかと聞いている!それと私の上司、アンリ様は?!」
医師は看護士と顔を見合わせて、少し逡巡する。その後に此処の場所とその後の顛末を伝えた。
「なに?! 部隊が全滅、
クリスは自分が搬送された後、最悪の展開が起こっていたことに愕然とする。
「アンリ卿は許可もなく大部隊を動かし、教会を刺激した罪で裁かれました。その部下であった貴方に責任はない。気を病むことなく、傷が癒えるまでは此処で安静にしたまえ」
医師に念を押されるようにベッドのクリスは養生を通達される。しかしその眼に徐々に意志がみなぎる。
「…………わかったよ先生。兎も角、傷がかなり痛むから鎮痛剤のキツイの打ってくれ。俺は仕事柄、薬剤に対し耐性訓練を受けているから通常の物ではまず効かんよ」
重苦しい雰囲気のままぎらつくクリスは目を天井に向け、そう告げた。
「え?でも、これでも中の上級の鎮痛剤を基準値一杯に…………」
看護士から渡されたタブレットの処方箋を読んで医師が抗弁を始めた。しかしクリスは一蹴する。
「効かないと言っているだろう? 大人しくしているんだ。キツイのを基準値まで出してくれ」
「これ以上は、もう癌の鎮痛用で……」
それでも医師が抵抗する。だが、この程度の講釈では
「それでいい、しばらくこの痛みを忘れたいんだ」
「判りました。くれぐれも大人しくしてくださいね」
若手医師は驚いて顔をマジマジと見る看護士に投与を指示した。手早くタブレットで処方箋を出す。
「ありがとさん、これで暫く眠れるよ」
そう礼を言い、医師と看護士が出て行くのを見送る。おもむろに机の上のスマホを取り、今の時刻を見る。現在21時15分。
周囲を見渡し、部下達にメッセージで呼びかけた。
そして、点滴スタンドを杖がわりに立ち上がる。痛む頭を押さえながら歩き出す。自分の服や装備一式が部屋の片隅にあるロッカーに入っていた。そして窓からここがゲート近くの救急病院だとわかった。
そこでスマホが鳴り、通話状態にすると小声で話す。
「クリス様、ご無事で!?」
子飼いの部下の一人が連絡を入れて来た。
「無事では無いがな……現在治療中だ。メッセージでやりとりしよう」
「了解です」
此方に誰かが来る気配を察したクリスは電話を切った。ベットに素早く入って素知らぬ振りで外を見る。
中年の男性看護士が処方された薬剤をカートに入れて持って来た。
「痛みは如何ですか? クリスさん」
「まだ全然取れませんね。薬剤の耐性訓練が恨めしいですよ」
そう自然に笑い掛けながら看護士の作業手順を観察する。
「先程、先生から処方されたお薬を注入しますからかなり楽になりますよ」
「それは助かる。それと点滴が刺さったままで寝るのはどうにも気になってね。何分で終わる?」
看護士は調節器を見て即答する。
「後、1時間程ですね」
「んー、も少し早くならない? とっとと寝たいんだ」
「仕方ない……10分だけ早くしましょう。終わったら外しに来ますね」
そう言って調節器を操作して少しだけ早める。
「ありがとう、助かるよ」
笑顔でクリスは感謝する。そして内心詫びた。
(だましてすまんな……これで時間を稼げる……)
看護士は笑顔でまた来ますと言い、カートを押して出て行った。彼が別の部屋に入ったのを確認する。すかさず先程の同じ手順で調節器を操作してもう10分早く設定する。スマホを操作し、部下にメッセージを送る。
”今、動ける奴は何人居る?”
即座に返信が来た。
”5名程度です”
”武器と車、血液パックを用意してゲート前に集まってくれ。報復に行く”
クリスはそう部下に指示して脱出の手順を考える。
”了解です。30分程下さい”
”任せた。俺も50分で合流する”
そう返信し仮眠を取る。
きっかり40分後、体調は万全とは程遠く頭は少しぼやけていた。だが痛みはかなりマシだ。空になった点滴針を外し、服を着替え速やかに装備を整える。隙をうかがって病棟を抜け出す。
頭に稲妻のように放散する電撃痛はクリスをまた
「クリス様、全員揃いました」
クリスの前に子飼いの部下5人の兵士が立つ。全員、身体の何処かしらに包帯が巻かれ血が滲んでいた。その部下を前にしてクリスは簡潔に作戦内容を告げる。
「うむ、我々だけであの避難所に夜陰に紛れて潜入し、全滅させる。生け捕り等は考えるな。行くぞ」
用意された2台の車に分乗し、クリス達はゲートを抜けて出発した。
その頃、マーカスは南部域にある海軍武器庫でホセと武器の搬入作業していた。その最中にクリスが病院から脱走したと連絡が入った。
「はぁ? あのハゲが脱走? 支払い? んなもんアンリの所に付けとけよ。俺は
マイクにそう怒鳴りながらM240H型機関銃の入った木箱をフォークリフトで持ち上げる。役職上はクリスが上だ。困惑しながらマーカスが対応する。
「はぁ? 没収されて回収できん? ならハゲの電話番号おせーたるからそっち回してね? 以上だ」
電話を切るとショートメッセージでクリスのデータを病院へ送る。そこにホセが興味津々で尋ねてくる。
「お? マーカス、あの
「ああ、支払い踏み倒して逃げたらしい。データ送っておいたから督促に動くだろ」
俺には関係が無いと投遣りに言い放つ。弾薬が入った木箱をカーゴトラックの奥に下ろすとマーカスは無関心を装う。無表情にフォークリフトを操り倉庫に戻っていく。だが、マーカスにはその後の足取りが判っていた。
「ポートランドに向かったんだろうが……通常の装備では返り討ちだぜ?」
すぐに木箱を荷台に固定したホセが質問をしがてら後をついてくる。その素早さにマーカスは目を剥いた。
「せめて腕の良い狙撃手1名は連れていかんとな……相手方にも腕の良いのが2名ほどいる。ミニガンもある。クリス隊が一般兵で構成されているならまず勝てん」
マーカスの予想を聴いてホセは納得する。素知らぬ顔でM240H用の装備品、オプションを探して指示を出す。
「そこの2箱だ。お前さんが止めても行くんだろうしな……おハゲは武骨で良い奴だったが、上司と参謀に恵まれなかったな」
「過去形で語るなよ。まだ生きてるだろうから……」
同じ様に切ない顔でマーカスが木箱をリフトで持ち上げる。そこで2人は顔を見合わせながら苦笑する。
「まぁ、状況が悪ければ撤退してくるだろう」
クリスは武人気質だがそんなにバカではない。状況が悪ければ撤退するだろうとホセは予測した。
「そうあってほしいもんだよ。
マーカスの言葉を聴いて、ああコイツ良い奴だな。と心底思うホセだった。
一方、JP達は陸軍の倉庫の最新武器庫で途方にくれていた。搬送用フォークリフトが無かっただけでなく。エディが最新鋭の特殊装備を見つけたのだ。
「JPどうします? これ搬入しますか?」
エリックが無表情だが何処と無く意地悪そうに尋ねる。
「あははは、これ、おんもしぇー」
それをよそにエディが興奮と歓喜で笑う状況に挟まれる。いつもの仏頂面はさらに不機嫌になりながら指示を出す。
「エリック、トーマスや他の皆を呼んで武器を運ぶぞ。エディ! 遊んでないで武器を搬入しろ!」
エリックはトーマス、アンナを呼びに行く。叱られたエディは遊ぶのをやめ、倉庫へフォークリフトを探しに入った。
JPはエディが遊んでいたものを見つめながら溜息をついた。それは黒いホバーバイクであった。
前後に2つ、計4つの回転翼をもつクワッドコプタータイプで一人乗り用シートが付いていた。
総推力は400kg、最大高度は10m、時間は50分、奇襲・上陸作戦用らしい……。エディがフォークリフトに代わりに見つけて来たものだ。当然代わりにはならない。
「JP、呼びました? って何これ?」
他の倉庫へ探しに行って来たアンナ、トーマス、モーリーが呆然と機体を見る。
「見て分かんない?ホバーバイクだよ! 面白いんだよ! コレ!」
奥からやっと見つけたフォークリフトに乗ってきたエディは興奮気味に説明する。
「いや、見りゃ分かる。何でこんなもん此処に有るのか? と思ってな……」
ドライバー担当のモーリーは釈然としない胸中でそう呟いた。
「多分、強襲用だと思うけど……んなもん使いこなせる訳が無い」
マニュアルの諸元表を見ていたエリックがバッサリ切り捨てる。当然JPには一切興味が無かった。
「エディと俺はH&K HK416アサルトライフルとMP7短機関銃を、モーリーとエリックはM26 MASSにレミントンM870ショットガン、トーマスとアンナはFGM-148 ジャベリンとM72E10ランチャーを
「「
全員が気合の入った声で答える。
「とりあえず各自2セットは別のカーゴトラックに積んでくれ。それが俺達の
『マジかー!?』
搬入と運転担当のモーリーとエディの悲鳴が被る様に倉庫に響いていく。
そしてその叫びを無視してJPは倉庫の奥に入っていく。お目当ての武器は存在した。
LRAD(Long Range Acoustic Device)俗に言う音響兵器だ。
直径80センチ、重量は30kg、前後椀型か四角形、あるいは六角形の薄型スピーカーを付けていた。有効範囲270m以内にある対象の脳に損傷と攻撃の意欲を無くさせる。本来は暴徒鎮圧や制圧用に使用される代物だ。しかしこの状況下では教会員を対象とする。そしてZを呼び寄せては襲わせる効果もある。身体的にダメージを与え続けて戦闘に不利な環境にする為の防衛兵器としては申し分がない。
JPは満足気に踵を返し、エディ達に追加オーダーを告げる。
「追加でコレも持っていくぞ。全部だ」
『
皆の怒号がJPを包んだ。
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