怪訝

 夕暮れ時マイケルが三人を夕食に招待しようとゲストハウスを尋ねる。そこには……


 顔は引っかき傷とそこらじゅうボコボコに腫れて、髪の毛はグジャクジャ、手には噛み跡だらけになったシュテフィンとジョシュが消毒剤とガーゼだらけになって佇んでいた


「2人ともどうしたの?! まさかZに?!」


 マイケルは顔面蒼白になり、もしやの絶望感に震えながら2人に事の顛末を尋ねる


「Zじゃねーっす、吸血鬼でもねーす。……奴はアダマ〇チウムでも埋め込んでンのか……」


「俺らをバットでボコボコにしばく激怒のド豆……鬼か……」


 燃え尽きそうな姿で二人が黄昏を迎えているとマイケルの後ろで誰かが立つ……


「あ、お疲れ様です。マイケルさん、どうかされました?」


 声に振り向いたマイケルの前にはアニーがどことなくすっきりした顔で立っていた


 その途端、ビクッと黄昏れていた二人が反応する


「いや、この二人がそこら中怪我してるからどうしたのかと……」


「車内掃除してたら荷物の箱落としたのよねぇ? ?」


「ウン……」


「アア……」


 アニーの声に反して、室内の二人が元気なく小声で答える


 マイケルは二人に向き直ると笑顔で安心したように話し掛けた


「そうか~、それは大変だったね。今晩、うちの近所のペニー・モネお婆さんが夕食用意してくれるからハロルドさんやみんなで食べようかと誘いに来たんだ」


『あ、有難う』


 二人は一度、チラッとマイケルとその後ろに居る存在を見る


 ”判ってるだろうな? 小僧共”


 その小柄な身体から威圧のオーラを醸し出している般若のような顔でメンチを切るアニーを見る


 冷や汗垂らしながらジョシュ達は目を合わさずに……


 ”マイケル‼ 後ろ! 後ろ!”


 全力で内心叫ぶ


 マイケルが振り返ると全開で出してた般若の威圧のオーラが瞬時に明るい大人しめのオーラに変わり、笑顔のアニーがコロコロと笑う


「おー、それじゃ、ちょっとしたら迎えに来るから着替えて待っててくれ」


「はぁい、ジョシュ達もさっさと着替えてね。じゃ、後で3人でお伺いします」


 二人は目を合わさずに内心訴える


 ”マーイケール! 置いてかないでー! 殺されるー”


 ”マイケル! 気づけよ! コイツの目の奥笑ってねぇよ!”


「うん、それでは後でね」


 ジョシュとシュテフィンのなんちゃってテレパシーによる懇願と突っ込みはそんな能力持ち合わせないマイケルには一切通じてなかった。手を上げてその場を去ってゆく


 そして手を振り見送るアニーをドアの内側に残して閉じた……


 その途端、振り向き、般若モードで威圧オーラ全開になると、怯える2人を再度、完全制圧に掛かろうとするアニーの後ろでドアがまた開きマイケルが笑顔で突っ込む


「3人とも喧嘩も程ほどにね。アニー、上着にが着いてるよ」


 ”ゲッ! とっくにばれてる!”


 バツの悪そうなアニーを置いてマイケルは悪戯っぽくウインクしてその場を立ち去った



 暫くの後、私服に着替えた三人は迎えに来たマイケルに連れられて、素朴でシンプルなパステル調の平屋の家に招かれた


 伝統的なアメリカンスタイルの平屋、見るべき人が見ると細部や素材に実直でよい意味でアメリカらしくないクオリティの高い技巧や素材が使われていた


 暖かな光が漏れる格子窓と家の前には椅子、手入れの行き届いたガーデニングと周囲の緑が家屋の外観と調和し一体化した素敵な家、それは居並ぶ高級住宅の中で異彩を放っていた


「あー、このお家、可愛くてすごい素敵……こんな家に将来暮らしたい」


 家を見るなり、乙女になったアニーは目を輝かせてそういった


「ここのオーナーであるペニー・モネさんは隣町にあるミスカトリック大学の学長夫人で学長である旦那さんと此処で暮らしてきたんだよ。この家は旦那さんのこだわりが詰まった力作でもあるんだ」


「へぇ、他の家屋はヨーロッパスタイルな煉瓦調や現代的なスタイリッシュな家が多いのに……ここは伝統的でほっこりしますね」


 家屋の前に立ち止まりマイケルは解説を始めるとそれにシュテフィンが大学院生らしい観察力を生かした指摘と感想を述べる


 そうすると家のドアが開き、困り顔のレイアが顔を出す


「話し声が聞こえると思ったら……早く入ってきて! ゼニカルさんがお腹減らしてツマミ食い始めちゃうわよ」


「ああ、ゴメン今行くよ」


 レイアに急かされたマイケルは苦笑しながらドアを開けて入る


「いらっしゃい、ようこそ、我が家に」


 奥のほうから白髪のショートヘアに小さな輪郭、クリっとした青い瞳に整った鼻梁と優しい笑みを湛えた口、白シャツに赤のロングタイトスカート、黒のロングカーディガン羽織った、可愛らしくも気品のある老婦人が奥から出てきた


「皆さん、此方の方はこの家にお住まいのペニー・モネさん、ペニー・モネお婆さん、こちらの三人は……」


 マイケルが紹介を始めると途中でペニーモネは話の腰を強引に圧し折ると


「貴女がアニーさんね? それでこの子がジョシュ君、此方がシュテフィン君ね? 私がペニー・モネよ。先程からゼニーが五月蝿くてね」


 ペニー・モネは見かけに寄らず活動的で笑いながら3人に挨拶をして握手を始める


 そこに奥から、だみ声のゼニカルの呼ぶ声が聞こえる


「おーい、おまえら早く来い! 拷問に合ってる身になれや」


「まぁ、ゼニーったら、はしたない」


「そういうがよ~、ペニー、先程からワインと旨そうな料理お預け喰らってるんだぜ?」


「もう少し我慢なさいよ、ゼニー、もうゲストはお見えになったのだから」


 長年の間柄が培う絶妙の掛け合いがそこにはあった。他愛もない代わりに何故かほっこりするやり取りに全員が和やかになる


 食卓には温野菜の人参にマッシュポテトとグレービーソース、焼いた分厚いハムとパンが置いてあった


 如何にも伝統的トラデッショナルなアメリカの食卓がそこにあった


「うは……なんか感謝祭に御呼ばれした感じ」


 食卓に並べられた料理を見てアニーは感激に震えた。これでパンプキンパイに七面鳥のローストがあれば完璧だ


「あー、この前、塀の裏の庭に逃げてきた七面鳥に居たから捕まえようと思ったら、マイキーが止めやがんの!」


「ああ、あれですね。捕まえるのは問題ないですが、その周りにZが3体居たの知らなかったでしょ!?」


「そんなもん、マイキーがやっつけて、皆でローストありつけりゃオールオッケーじゃん!」


 悪戯小僧のノリで行動を起こしてマイケルに窘められるゼニカルに


(マーティが居たら絶対波長が合いそう……)


 アニーは内心苦笑しながらやり取りに微笑む


 そこに遅ればせながらハロルドがワイン片手にやって来た


「チリ産の赤ワインです、いい味なんで持ってきましたよ」


「ハロルド、でかしたぞ! ささ、皆席に着け、ペニーも、皆で楽しくやろう」


 ゼニカルが破顔し、長方形のテーブルに皆が席に着く


「皆、席についたわね?」


「おぅ、じゃ、早いとこ祈りの言葉を始めてくれ」


 ゼニカルが祈りの言葉アメリカの戴きますを家主のペニー・モネにせがむ


「もう……」


 そう困った顔をした後、それでは皆さんちょっと待ってといった後、両手を組むと……



よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます

 ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください

 私たちの主、イエス・キリストによって。アーメン』


 ペニー・モネはカトリックの食前の感謝の言葉を祈るとさあ戴きましょうと呼びかけた


 素朴だが実に旨い、マニエルおばさんの味が母の味なら、ペニー・モネお婆さんの味はおばぁちゃんの味だった。懐かしくて暖かい。ガサツなジョシュが綺麗にマナーを護りながらも食べてる程だった


「さて、可愛い娘が2人組の男性と旅してるのはどんな事情か教えてくださる?」


 全方位に弄りまくるゼニカルにワインを頼みむとペニー・モネがアニー達に身の上話を振る


「えと……たいした話ではないのですが……」


 先日の襲撃で弟をに拉致られた事、2人は志願兵だという事を話した


「まぁ、なんて事‼ ゼニー‼ 何とかならないの?!」


 悲しみと義憤に駆られたペニー・モネお婆さんは向かいでワインを旨そうに呷るゼニカルに食って掛かる


 いきなり食って掛かられたゼニカルはワインを噴出しそうになりながら諭すように話した


「ペニー、うちらとしては出来るだけの事をしてやりたいが、安全な宿と情報を提供するぐらいしか策は無いよ。俺らとしてはもう2人ほど護衛付けても……とは思うが、この後の強盗や拉致の防衛の面もある。こうして思えば君らの避難所ポートランドもかなりの苦肉の策だったんだろうな……」


 ゼニカルはそう言葉を結ぶと、力になって上げられない自分達と未だ遭った事の無いウォルコット達の無念さと無事で帰って来てとの願いが同じだという事に気づく


 そのいつものやんちゃな悪戯爺さんのゼニカルが本来の町長街の指導者の顔で問題処理に当るところにマイケルが助け舟アイディアを出す


「あー、ハロルドさん、銃鍛冶でしたよね? 彼らの銃を診てやって貰えませんか?」


「お安い御用ですよ。優秀なアシスタントも来てますしね」


 ワインを飲んでご機嫌なハロルドはアニーアシスタントをみて二つ返事で返した


「エ?! バイト料、出るの?」


「自分の銃だろがっ! 州大会3位の実力者の力をこの凄腕鍛冶が存分に引き出させてあげやう」


「腕は普通だけどね。とにかく任した」


 ゴチャゴチャ言いながらも提案が通るとマイケルはその後、ジョシュ達に向かい提案してきた


「明日、街に品物を拾いに行くけど、欲しい物あるかい?」


「常温で長期保存出来る食料かな……銃火器もアップデートしたいし……」 


 マイケルの提案に暫く考えた後、ジョシュは懸念材料の弾薬口径の互換性の件を思い出す


「うーん、銃火器は詳しくないからなぁ……」


 その答えにマイケルは本当に困った顔をした。その姿を見たジョシュは笑顔で答える


「あー、大丈夫ですよ。囮使ってZ誘導すれば三人で出来ますし……」


「え? Zって誘導できるの?」


 今までシュテフィンの他愛の無い話をしていたレイアが食いつく


「うちらが検証して実践してるのでほぼ間違いはないでしょう」


 話し相手を取られたシュテフィンが自慢げに会話に混ざる。例の音と国歌で誘導した話をしてゼニカルやマイケル達が驚いてうちでも出来るか? という話しで場が盛り上がる


「とりあえず、明日、会議の後に皆で実験して見ますか? 今後の活動の鍵にもなりますし」


「そうだね。皆で安全に大量に回収出来たら食料や物資は心配がなくなる。マイキーも楽になるしね」


 ジョシュの提案にレイアも即座に賛同する。マイケルは助けるつもりの提案が助けられる事になってしまって苦笑しつつ


「有り難いな……皆で力を合わせて困難に立ち向かう。素晴らしい。私は参加できて嬉しいよ」


 そこにゼニカルとペニーが苦言を呈す


「マイキー、そう一人で背負い込むなって、気楽に皆で背負えば楽なんだから」


「マイケル、頑張る貴方は素敵だけど、そう際限なく自分を追い込むのは良くないわ」


 二人の義理のに叱られてマイケルは苦笑して……


「判りました。善処します!」


 そう断言するも妻レイアにトドメを刺される


「そのセリフは大概スルーしますよ! うちの人、ジムでも私にトレーニングプログラムを組ませるんだけど、物凄いハードな設定に変えるほどストイック大好きドMだからね」


「え?! レイアさんスポーツジムのプログラム組めるんですか?」


 興味を持ったアニーが喰いつき気味に尋ねる


「ええ、街のスポーツジムでインストラクターやってたの、マイキーとはそこで知り合ったのよ」


「レイ、お願いだからそれ以上は内緒にしてくんない? 色々と恥かしい過去が暴露されそうだからさ」


 レイアの暴露話を必死に止めるマイケルに皆笑っていた



 だが、トレーニングプログラムの話を聞いて老年の二人はこの青年が持つ強迫観念を心配していた



 自分の出自を否定し、人間の善性を信じて人間社会に受け入れて貰おうと必死に奉仕するその観念を……



 楽しい食事の時間が終わりレイアとアニー、ペニー・モネが後片付けにはいる



 ゼニカルを中心として仮にここへ立て篭もった場合に必要な対策と方針、逃げ出すのであればその対策を協議し始めた。外部から来た人間、ジョシュ達やマニアであるハロルドが持つ知識や経験は貴重な意見だからだ


「ふーむ、立て篭もった場合は水と食料の確保と生産は必須か……」


 ワインを一口、口に含むと楽しそうにゼニカルはジョシュ達が語るポートランドでの出来事を聞いて分析と考えをめぐらす。その姿は孫達とのやり取りを楽しむ祖父そのものの風景だった


「前回の作戦である程度の燃料と食料・薬剤は確保できたと助役ウォルコットさんが仰ってました。そこから近隣の地図で場所を特定し、手漕ぎボートでの偵察で商店やタンクローリー、ガススタンドを調査し、Zを誘導させて安全に物資を確保するとも……」


 出発前にジョシュ達はウォルコット達の計画立案に参加していた。本格的な冬が来る前にある程度の備蓄と次に備える。それはゼニカル達も憂慮する所であった


「こういう陸地に立て篭もった場合、強盗団の襲撃やZの襲来を常に警戒しないといけませんし、何かの災害や事故で出入り口や塀が破壊された場合は防御力が落ち、そこからの侵入でシェルターが崩壊するシチュエーションはありがちな展開です」


 そこにハロルドの映画での知識が披露される。ゼニカルはその意見にも前向きに傾聴する。何故なら想定できる展開は起こりうる展開でもある。世の中に絶対的な事などにないのだから…… 自然に意見が交わされ議論が推進されて熟成していく、政治家、指導者としてのゼニカルの手腕と力量が大いに発揮されていた


「移動するのは拒否する住人も出るだろうしなぁ……少なくとも今は家でベットで寝られるし、食料もそこそこある。避難所ではテント生活だしな……」


 その一方、渋い顔でマイケルが会議にて今後の方針について紛糾するだろうと予想する。住人同士の意見が衝突するのが忍びないのだろう


「そうか……、まぁ、気にすんな、どうにでもなるさ」


 ゼニカルがにこりと笑いながら呟き、そう言った懸念も予め想定して対応できる策を練る事が大事なのだとマイケルやジョシュ達に説く


「もし、想定外の事が起こったら?」


「対応出来たらする、出来なきゃ笑ってごまかすさ」


 その答えに”はい? ”という表情を見せる一同にゼニカルは笑ってウィンクした



 後片付けが終わると笑顔のペニー・モネがお開きを宣言する


「これ以上ゼニーに飲ませちゃうと、マイケルが背負ってベットに寝かさないと行けなくなるからねぇ」


「うるさいわぃ、ワシゃまだイケるわい」


 まるで老夫婦のやり取りを聞いているようで全員が笑顔で見守る


「それでは、お婆さん、ゼニカルさんは僕らでお送りしますよ」


「いつも悪いわねぇ、マイケル」


 笑顔のマイケル夫妻ががゼニカルとハロルドを急かす


「それではペニー・モネお婆さん、ご馳走様でした。僕らもお暇します」


 ジョシュがペニー・モネに握手をしながら感謝の言葉を述べる


「いえいえ、状況が普通なら良い素材揃えて腕によりをかけれたんだけど、ごめんなさいね」


 ペニー・モネは逆に申し訳なさそうに大した物が出せ無い事をわびた。



「ぜーんぜん、缶詰いつもの食事とは雲泥の差です。本当に有難う御座いました」


「本当に美味しかった。有難う御座いました」


 三人は最大限の感謝をしてその場を辞してマイケル達の後を追う。そしてペニー・モネに見送られながら玄関を出ると


 前に居たマイケル夫妻とゼニカルとハロルド、そして家の前の道路に一人の男が立っていた


「やぁ、マイケルご夫妻にゼニカル町長、お帰りですか?」


 ジム帰りと言った風の細身の若い男は上下白いジャージにスニーカー、首にはタオルを引っ掛け、今時のケミストルマッシュの髪型に逆三角形の顔立ちに細い目、少し出っ歯気味のへらっと笑みを湛えた薄い唇……良く言えば軽妙さ、悪く言えばチャラさが滲み出たその姿はある意味、イイ男でもあり、見方によれば何処にでもいそうな凡庸な顔だった。


  ただ、一瞬、マイケルを見下したような目線をする事にシュテフィンは気がついた


 その姿を見た途端にゼニカルとペニー・モネの雰囲気が変わる。明らかにそこにあるは嫌悪感だった


「やぁ、ポール、ゲストの皆さんと食事会だったんだよ。君はジム帰りかい?」


 屈託のない笑顔でマイケルが話しかける。後ろのレイアも笑顔でポールと呼ばれた男を見ていた


「ああ、虚弱な身体で皆にこれ以上迷惑はかけられないからねぇ……」


「そうか、頑張ってくれよ! 頼りにしてるから」


「ああ、ありがと、任せてくれ。もっと頑張って見せるよ」


 マイケルの激励とポールの感謝の会話を聞いてシュテフィンは違和感を最後の言葉に感じた


(虚弱の割になんだろう? この立ち振る舞いは……)


「後ろの子達は?」


 ポールが興味深そうに尋ねてくる


「今日、メイン州から来たゲスト達だよ……」


 マイケルがジョシュ達を紹介しようとした矢先にゼニカルが癇癪を起こしだす


「マイキー、ワシは先行くぞ! ずーっと突っ立っとると疲れる!」


 そういうとポールの横を通り抜けさっさと行ってしまう


「悪いね、ポール、また明日な、お休み!」


「ああ、マイケル、レイア、また明日!」


 マイケル夫妻はゼニカルを追いかけ、ポールはその後姿を一瞥すると飄々と自分の家に向かって歩いて行った。そしてハロルドはその場に呆然と置いてきぼりをされていた


「いきなり、ゼニカルさんが怒ったように見えたけど……」


 バツの悪そうなハロルドがジョシュ達に合流し、ゼニカルがとった行動にアニーが困惑したように呟くと後ろに見送る為に居たペニー・モネが不機嫌そうに教えてくれた


「あの男、ポール・ジゴワットは此処の住人で不動産のセールスマンなんだけど口が巧くて女癖が悪いって評判なの。気をつけてね」


「え?! そうなの? あの人?」


 アニーは”アレの何処がいいの?”と言わんばかりの顔でペニー・モネに尋ねる。お婆さんはその顔を見てクスッと笑い


「ええ、前に裁判かけられたり、親御さんや相手の旦那さんが殴り込みに来たりして大変だったんだけど……あのネズミ男、何もなかったの様にのうのうと暮らしているわ。どんな神経してるんでしょう!」


『プッ!ネズミ男……』


 その表現が見事にその外見にフィットし過ぎて4人が噴出す


「その不誠実な言動や皆が力を合わせて此処を護ってるのに虚弱だからと言って何も協力しない。マイケルはああ言って応援してるけど……ゼニーも私もあの男は嫌い、だいっ嫌い!」


 そう吐き棄てるようにペニー・モネが嫌悪感を剥き出しにする。アニーもシュテフィンも意外な一面を見て驚く


 そんな中、温和な老婦人のペニー・モネやゼニカルにここまで嫌われても差して気にせず飄々としているあの男、どんだけクズなんだろうと渋い顔をしてジョシュは呆れた


 4人はペニーと別れてゲストハウスに戻るとジョシュ達の部屋に集まり、先に居たハロルドに此処の人間関係について尋ねた


 椅子に腰掛けると溜息をつき、噂話は嫌いなんだが、と前置きして眉間に皺を寄せハロルドは知りえた情報を提示する


「此処の住人達は基本、高収入の職業の人達が多い。例えばマイケルは売れっ子の工業デザイナーだし、ゼニカルさんは知ってると思うが元町長だし、例のは東海岸屈指の不動産の売上げの個人でのセールス記録持ちだそうだ。だから裁判で有責の慰謝料請求されても余裕で払えるわけだ」


「そんな人達が何故此処に立て篭もったの? 一目散で逃げそうなのに?」


 アニーが不思議そうに尋ねる。事実、ポートランド周辺の富裕層はカナダか自家用ヨット、離れ小島群島エリアの別荘へ退避してしまっていた


「動ける奴はとっくに逃げたよ、動かない人は此処を終の棲家にするつもりの人が多いからさ、逃げる先もないからね」


 ハロルドのしかめっ面が深くなる。シュテフィンは昼、囲まれた時、若い男はマイケルを含め5人程度だった事に気がついた


「死んでいくのなら我が家でゆっくりと……そんな中高年が多い。逃げなかった若い夫婦の住人であるマイケルやネズミなんかは珍しい方なのさ。まぁ、マイケルの場合はそんな人達を放って置けなかったんだろうと思うがね」


 ハロルドはこの数日間で周囲の人々をふれ合い、協力していくうちに彼らの持つ憂いと願いを目にしていた


「うーん、どうしたらいいんだろう。このまま居てもジリ貧だし……」


 膝を抱えながらアニーは考え込む。生き残るために皆で力を合わせて本土に打って出ようとしていたポートランドとは違っていたのだ


「鍵はマイケルさんだな……あの人次第の動向で皆考えるさ」


 一人、黙って話を聞いていたジョシュは窓辺に凭れて誰もいない夜の住宅地を見て呟く


「ん?どういう事だい?」


  シュテフィンがいつものふざけた口調で無く、真面目な顔で聞いてくる


「此処の物資はマイケルさん一人で回収し、マイケルさんがZを駆逐して成り立ってる。ウチで言えばウォルコットさんが計画を考えて、避難所を動かしてる。その人が居なくなったら? ウチにはまだ旦那や班長、ガモフ先生達が居るけど……」


「数日のうちに……全滅しちゃう」


 ジョシュの言葉を先取りしたが、アニーは言うのが憚られるように呟く


「そう言うこった。マイケルさんがポートランドに皆で移動を提案すると半数以上が動くだろう。コレはゼニカル爺さんが言っても動かない。こういう場合、あの人はマイケルさんのだからだ、実力行使が出来る訳じゃない。出来ればもっと賛同者が居ると良いけどなぁ……特に例のネズミが反対意見ならもっと良いがな」


 ポールの評判の悪さが予想以上と推測してジョシュはそう想定論を展開してみる。するとベットに腰掛け、ウォルコットのように頭を掻きながら頭の中に浮かんだ疑問をシュテフィンが口にする


「ネズミって……何で逃げなかったんだろ? 速攻で逃げてそうなキャラじゃない?」


「此処は沈みかけた船か……言い得て妙だな、確かにネズミだけに即座に逃げてるかもな」


 慌てて逃げ出そうとするポールの姿を予想してジョシュはニヤリと笑う


「虚弱でも車を使えば逃げれるわけだし、何か目的があるのか……?」


  シュテフィンがポールの立ち振る舞い、その話す言葉のが特に気になっていた。皆がマイケルに対して強く依存する中、何故?……


「マイケルさんに弱味なんて……あ、アレか!」


 アニーが本当の正体を思い出して、あ、ヤバイと思い、言うのを止めた


「ん? 吸血鬼って事か? そんなもん皆知ってるぜ?」


 ハロルドが事も無げに言ってアニーを茫然とさせる。


 ハロルドも参加した最初の住人集会の時、ポールに何故、Zに襲われ無いのか? 怪力や動きの速さを指摘されて告白したそうだ


 その時、皆が驚いたが、大量のZを相手にコミュニティを守って必死に戦い抜き、今まで暮らした数年来の信頼と実績、住宅地の重鎮であるゼニカルやペニー・モネの後ろ盾も有り、一人以外の住人達の賛同で不問になった


「まぁ、指摘したのがあのネズミだから余計に皆マイケルを庇ったのだろうな……けどなぁ……アイツ知ってたんではなかろうか? 元々口が巧いらしいけど、何か確信があったような気がする」


 その時の事を一つ一つ思い出しながら、ハロルドは気になっていた事を口にする


「ステが気になるのは俺も引っ掛かるな……アイツ、きっちり調べた方がいいな、何かあると思う」


  最初からポールに違和感を覚えていたシュテフィンが疑惑の目を向ける事でジョシュさえもポールに興味を持った














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